職業選択の自由~死霊に支配された王国~

新米少尉

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突入

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 翌日、イザベラ達は鉱山の街の手前まで到達していた。
 目の前に立ちはだかっていた3千のアンデッドを突破して以後はまるでアイラス軍を誘い込むかのように敵からの攻撃がピタリと止み、呆気なく進軍することができた。
 
「順調過ぎますわね・・・」
 
 進軍が順調だからといって油断するイザベラではないが、かといって足を止めるイザベラでもない。
 罠だと分かっていても前に進み、その罠もろとも完膚無きまでに敵を打ち潰すことがイザベラの本領である。
 個の聖騎士としてのイザベラならばそれでよいが、部隊長としてのイザベラに指揮される部下達はたまったものではない。
 イザベラの慎重かつ大胆、時には強引とも言える部隊運用に付き合わされては命がいくつあっても足りないのだ。
 それでもイザベラに指揮をされると不思議と上手くいき、気がつけば最小限の損害で最大限の戦果を挙げている。
 その神がかった強さに部下達は付いて来るのだ。
 その強さと成果故に聖騎士団長候補の筆頭であったイザベラだが、自らの強引さを自覚している彼女は聖騎士団長就任を頑として受け入れず、その役をアラン・グリジットに押し付・・譲り、自らは気楽な副団長に収まったのである。
 副団長の職は決して気楽ではないのだが、イザベラにとっては気楽な副団長なのだ。
 因みに、アランは聖騎士団長就任と共に非正規要員である聖務院特務兵の任は解除されているが、イザベラは未だに特務兵の任に就いており、公式には存在しないその兵団長の職にあった。

 今、イザベラ達は鉱山の街に至る最後の峠を越えようとしていた。
 この峠を下り、次にある険しい山の登り口、周囲を山々に囲まれた平地に鉱山の街はある。

「鉱山の街は未だにアンデッドの軍勢に取り囲まれています。その数は1万程度ですが・・・聞かされていた数よりもかなり少ないようです」

 レイスを偵察に出していたリズがイザベラに伝える。
 対立していたとはいえゼロとの交流を持ったせいか、聖職者でありながらリズが死霊術を駆使し、レイスを使役して偵察を行うことを受け入れているイザベラ。
 この柔軟性もイザベラの強みの一つなのだろう。

「読めませんわね。敵がアンデッドを温存するとは考えられませんし、街を陥落させないまま引くとも思えない。かといって街に籠もる残存兵力のみで敵を減らしたということもあり得ないですわね」

 思案するイザベラだが、彼女が考えているのは如何に前に進むかだけ。
 停滞や後退は彼女の選択肢にないのだ。

「しかしイザベラ、闇雲に進むも危険だ。前進するにせよあらゆる事態に備えねばなるまい」

 イザベラの前に立つヘルムントが忠告する。

「確かに、敵は神出鬼没のアンデッド、私達を誘い込んで退路を断つことも雑作もないでしょう。でも、そんな敵が数を減らしているならば罠であろうと、なかろうと、これは好機だと思いますの」
「しかし、我々も急編成の部隊だ、各隊の連携もままならぬぞ。その中での強攻策は避けるべきだ」
「連携しようとするから失敗するですの。そんなことに拘らず、それぞれの特色を生かしてあげれば良いのですわ」

 イザベラとヘルムントの会話を横で聞いているイズとリズは互いに顔を見合わせる。

(兄様、この人は本当に聖騎士なのでしょうか?)
(確かに。しかし、あのゼロ様ですら一目置いている方だ、ただ者でないことは間違いあるまい)

 そんな兄妹を余所目にイザベラとヘルムントの協議は終わり、直ちに出発して鉱山の街の解放に向かうこととなった。

 闇の中に立つゼロ。

「さすがはイザベラさん。私の想定よりも早いですね。もう少し遅ければ良かったのですが、仕方ありません。イザベラさんの予想外の行動は今に始まったわけではありませんからね。では、私もタイミングを合わせて動いてみますか」

 ゼロの目の前にひしめいていたアンデッドの殆どが何処かへと姿を消していた。

 イザベラ達は最後の峠から街を見下ろしていた。

「やはり数が少ないですわね。街の包囲が薄いですわ」

 眼下に見えるのは防壁に囲まれた鉱山の街。
 街の北側は険しい山々へと登る山道へと繋がっており、それ以外の三方向をアンデッドの軍勢が包囲していた。
 竜騎兵の偵察どおり街は結界で守られているようで攻め寄せるアンデッドを阻止しているようだが、防壁上にいる兵の数が少ない。
 リズの偵察のとおり予想よりもアンデッドが少ないが、それ以上に残存兵力が少なすぎる。

「結界も弱まっているようだ。無理もない、あれ程に強力な結界だ、結界を張る術者にも相当な負担だろう。あの様子ではあと半日も保つまい」

 ヘルムントが言うとおり残された時間は殆ど無いようだ。
 イザベラは即座に命令を下した。

「軍旗を掲げ、軍用ラッパを吹き鳴らしなさい!我等の存在を示すのです!」

 アイラス王軍の軍旗が掲げられ、ラッパ手の吹き鳴らすラッパの音色が山々に木霊して響き渡る。
 街の様子が一変した。
 防壁上の兵士が駆け回り、建物からも人々が飛び出してくる。
 イバンス王国の旗が掲げられ、兵士達も剣や槍を掲げていた。
 アンデッドもこちらに気付いたようで、その一部が向かってくる。
 イザベラはサーベルを抜いた。

「行きますわ!各隊は決められた行動に従いなさい。突入!」

 イザベラの号令に従って作戦が始まった。
 阻止結界を張る聖監察兵団を先鋒に第2騎士団と第4軍団が続き、聖騎士に守られた支援部隊が後を追う。
 部隊の先頭を駆けるのは戦乙女の如き装束のイザベラとイズ、リズの兄妹。
 殿を守るのはヘルムントだ。

 先頭を駆けるイザベラは見る見るうちに部隊との差が開く。
 
「指揮官が吶喊するなんて無茶苦茶だ!」
「ゼロ様に似てますね」

 半ば呆れながらイザベラを追うイズとリズ。

「あのおバカネクロマンサーと一緒にしないでくださいまし!」

 振り返ることなく叫んだイザベラ。
 そんなイザベラに向かってくるアンデッドはゾンビの集団、兵士や平民のなれの果てだ。
 
「炎を撒きます!気をつけて!」

 リズが火の精霊サラマンダーの力を乗せた矢をイザベラの駆ける先に打ち込む。
 アンデッドの先頭集団が炎に巻かれた。
 それでも他のアンデッドに乱れが生じないのは死霊故のことだろう。
 続けてイズが大地の精霊ノームの力を借りて大地を隆起させ、炎に包まれたアンデッド達を押し潰した。
 そこに生じた僅かな隙間にイザベラ、イズ、リズが斬り込む。
 迫り来るゾンビに通常の剣や槍は通じない。
 倒すには頭部を破壊するか、焼き払ったり、全身を完全に粉砕するしかない。
 イズとリズは的確にゾンビの頭を破壊していくが、イザベラはそんな常識はお構いなしにサーベルを振るう。
 イザベラに斬られたアンデッドはその斬り口から青白い炎を吹き出して崩れ落ちる。
 イザベラ自身の力と彼女のサーベルの力だ。
 そして、イザベラ達に続いて阻止結界を前面に展開した聖監察兵団が続き、後続が突入してゆく。
 全軍が一丸となっているようだが、そうではない。
 イザベラの言ったとおり、各部隊は連携しているのではなく、イザベラが指示した隊列順を守っているだけで各隊指揮官の判断で突撃しているだけだ。
 その結果、聖監察兵団が阻止結界でアンデッドの軍勢を押し開き、後に続く第2騎士団と第4軍団がこじ開ける。
 更に聖騎士に護衛された支援部隊が続く。
 かなり強引な作戦であり、その勢いは長くは続かないが、鉱山の街まで保てばいいのだ。

 鉱山の街もイザベラ達の突撃に合わせて街の入口に残存兵力を集中していた。
 イザベラ達に呼応して打って出る程の力は残されていないようだが、イザベラ達が突破してくるのを援護しようと待ち受けている。

「足を止めてはなりませんの!一気に突破なさい!」

 先頭に立つイザベラが叫ぶ中、アイラス王国軍はアンデッドの軍勢を突破した。
 後は街に駆け込むだけ、と思ったその時、街の周囲の地中からスケルトンの軍勢が這い出してきてイザベラ達の行く手を阻む。
 その数は数千、全てが剣や槍、盾を持つ軍団で盾を一線に揃え、その隙間から槍を向けてイザベラ達の突撃を受け止める構えだ。
 
 数倍にも及ぶ統率された軍団に無闇に突撃することはできない。
 イザベラの足が止まった。

「少しは知恵が回るのかしら?でも、その程度では私は倒せませんのよ」

 イザベラは不敵に笑う。

(私『達』とは言わないのですね・・・)
(これではイザベラさんの部下は大変なのだろうな・・・)

 そんなイザベラをイズとリズが呆れ顔で見ていた。
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