職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

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冥府の中で

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 レオン達が魔王の城を出た時、城の外には不思議な光景が広がっていた。
 城を取り囲む数万の連合軍が魔王に勝利した歓喜と、戦って倒れた者達への祈りに包まれている。
 それでも、レオン達が姿を見せると一斉に歓喜の声が上がった。
 
「魔王を倒した8人の英雄」
「中位冒険者ながら真の英雄レオン」

との声だけでなく

「泣き虫英雄と新米聖女」

と称える声すらあった。

「凄いな・・・。魔王を倒したのは俺達だけの力じゃないのに。ここにいる皆の力じゃないか。そして、ゼロさんがどこかで手助けしていてくれていた筈だ」

 皆の注目を浴びて足が竦んでいるレオン、よく見ればその身体は小刻みに震えている。
 とてもではないが、たった今魔王を倒した英雄には見えない。
 そんなレオンの背中をルシアが思い切り叩いた。

「グッ!」

 華奢な身体とはいえ武闘僧侶であるルシアに叩かれて息が詰まるレオンだが、そんなレオンをルシアは満面の笑みで見た。

「しっかりしなさいよ!貴方は英雄になりたかったんでしょう?その夢が叶ったんじゃない。確かに私達は経験不足で実力も足りない。でも、イザベラさんやアランさん、ゼロさんや多くの人達に助けられ、支えられてここまで来たんじゃない。皆に支えられて強くなる、そんなちょっと頼りない英雄もアリだと思うわよ」

 ルシアの言葉にカイルとマッキも頷く。

「確かに、これから追いつくのは容易ではないよ。中途半端な力で英雄になっちゃったんだからね」
「これから英雄に相応しい実力をつけていかなければならないのよ。英雄の名を先取りしちゃったんだから、返済するのが大変だよ」

 皆に囲まれて笑うレオンの姿の横ではセイラが勝利への感謝と散っていった者達への追悼の祈りを捧げていた。
 そんなセイラの傍らに立つアイリア。

(あの時にゼロさんに助けられた何も出来なかった私達が、まさか私達がこんな高みに来てしまうなんてね。ライル、私達は貴方の思いを受け継いで今でも前に進んでいるわよ、・・・)

 命を落とした若者に思いを馳せていた。
 祈りを捧げているセイラも同じ気持ちだろう、そんなことは言葉を交わさずとも分かっている。
 そんな若者達の姿を微笑みながら見ていたイザベラとアラン。

「ほらお前達。感慨に浸るのもいいが、ここにいる皆に手でも振ってやれ。皆が魔王を倒したお前達を称えているのだから」
「そうですのよ。それも英雄や聖女の役目。あのおバカネクロマンサーが何をしでかしたのかは後で本人に聞けばいいだけですのよ」

 2人に促されてレオンとセイラ、その仲間達が軍勢に向かって手を振ると津波のような歓声が響き渡った。

 ゼロは自分の手の平すらも見ることのできない暗闇の中にいた。
 冥府の底に落ちた筈だが、自分が地面に立っている感覚もなく、水に浮いているかのような奇妙な浮遊感に包まれている。
 そこは何もない文字通り無の世界だった。

「本当に君も落ちてきたんだね」

 闇の中から少年の声が聞こえてくる。
 変貌する前のゴッセルの声だ。

「僕を倒すために1人で無茶をして、やっぱり馬鹿だったね。しかも、僕を倒したって誰からも褒めてもらえないよ?もう1人の僕を倒した英雄の方は違うだろうけどね」
「大きなお世話ですよ。私は自分の仕事を全うしただけです。他人の評価など私にはどうでもいいことです」
「でもさ、君は仕事を全うして落ちてきたここがどんな場所だか知っているの?君の仕事ってそれに見合うことなの?」
「冥府の底であることは知っています。ただ、私もここに来るのは初めてですから、どんな場所なのかは知りません」

 ゼロの答えに闇の中から呆れたような溜め息が聞こえた。

「知らないなら教えてあげるよ。ここは何もない虚無の世界。ここに落ちると永遠に闇の中を漂うことになる世界なんだよ。死者が落ちればいずれは自我を失い、消滅するだろうけど、生きたまま落ちると死ぬことも許されないまま、百年でも千年でもこのまま漂い続けるだけなんだよ」
「そうでしたか。まあ、それを知っていても私は同じ選択をしましたよ。私は私の仕事を成し遂げるためには手段を選びませんし、その結果として得られる報酬以外の見返りは望んでいません。ただ、今回は軍の仕事と縁を切りたいとの願望もありましたね」
「君の言っていることはさっぱり分からないや。・・もう・・いいや。僕も・・眠くなってきたし・・・また何百年か・眠・・」

 闇の中にゴッセルの声が消えた。

「馬鹿ですか・・聞き飽きた言葉です」

 それからゼロは闇の中に1人残された。
 眠ってしまったゴッセルと違い、睡眠欲も食欲もなく、孤独の中でひたすらに、時間すらも忘れて漂い続けた。

 ゼロとゴッセルが冥府の門に落ち、レナ達も立ち去って誰もいなくなった筈の地下墳墓の最深部に立つ2つの人影がある。

「冥府の門を開いた挙げ句に自らも落ちるとは。彼奴め、やはりまだまだ未熟者だったか・・・」
「相変わらず弟子には厳しいの。ただ、そう厳しいことを申すな。ゼロはゴッセルに安らぎを与えてやってほしいとの妾の頼みを聞いてくれたのだ」

 死霊術師フェイレスと魔王プリシラだ。

「そうは言ってもな。彼奴、ゼロは子供の頃からあの調子だ。どんな事情があったのかは知らぬが、森の中でたった1人で息絶えていた幼子を戯れに反魂蘇生術で蘇らせたのがゼロだ。ゼロには森の中をさまよっていたところを拾ったと伝えてあるがな。ただ、余程の恐怖を味わったのか、ゼロは感情というものを忘れてしまっていた。何より、一度強烈な死の恐怖を味わったせいか、死への恐怖というものが全く無くなっていた。だから我は死霊術をゼロに教えた。生と死を極める死霊術を学べば何かを取り戻せるかもしれないと思ってな」
「其方らしい不器用なやり方よの」
「仕方あるまい、我とて子供を育てた経験など無かったのだ。ただ、ゼロは我の死霊術を吸収し、我や死霊達と共に生きて様々なことを学び、その結果、感情はともかく人の心の一端は取り戻すことができた。だからこそ人の世界で生きるべきだと考えてゼロを手放したのだ」

 フェイレスの言葉にプリシラは頷く。

「そしてゼロは人々に囲まれてここまで成長したというわけか。其方にしてみれば自慢の弟子というところだな」
「その自慢の弟子がこの体たらくだ。情けない」

 呆れたように話すフェイレスにどこか嬉しそうなプリシラ。

「そうは言ってもこのまま捨て置くのは可哀想だというものだ」
「しかし、我は冥府の門を開くことは出来てもゼロを連れ戻すことはできん」

 プリシラは笑う。

「だからこそ妾がいる。其方が開いた門の中に妾が入り、ゼロを探しに行くよ」
「しかし、冥府の底は針の先程の狭さであり、天よりも広い無の世界だ。如何に其方とはいえおいそれとゼロを見つけることはできぬぞ。数分か、数年か、数百年か、どれほどの時を要するか見当もつかぬ」
「確かに、連れ帰ってみたらゼロの仲間達は誰も生きていなかった、なんてこともあろう。それはそれで悲しき現実かもしれん。ただ、妾はゼロが無の世界に落ちたままということが我慢ならんのだ。フフッ、妾もゼロの紡いだ縁の中の1人ということだな」
「魔王にそこまで言わせるとは、我が弟子もたいしたものだ」

 薄い笑みを浮かべたフェイレスはどこか嬉しそうだった。
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