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竜騎兵隊長の決断

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 上空から戦いを指揮していた竜騎兵隊長のケルムは決断した。
 30騎で編成されていた彼の部隊も今や半数の15騎にまで減らされている。
 竜騎兵としては考えられない程の損害だ。
 その間に彼等は数百の敵を屠っているが、その全てがネクロマンサーに操られたアンデッドであり、実際には敵に損害を与えていない。
 これ以上戦っても自分達に勝ち目はないだろう。
 ケルムは部隊の指揮に使用する竜笛を吹き鳴らし、部下達に戦闘停止を命令した。
 竜笛を聞いた竜騎兵達は即座に反応して剣やランスを下に向けて後退した。

 その動きを見たゼロも直ちにアンデッドの動きを止め、他の皆にも後退を指示した。

「戦闘停止です。下がってください」

 オックス達は竜騎兵から目を離すことなく訝しげな様子を浮かべながらも後退してきた。
 ただし、武器を下ろした竜騎兵とは対照的に彼等は武器を構えたまま、何時でも戦闘再開できる構えだ。
 リリス、イリーナ、リズの3人も狙いを付けてはいないものの、弓に矢を番えたままである。
 ゼロの背後に立つレナが耳打ちしてくる。

「これはどういうこと?」
「分かりません。ただ、これ以上戦うつもりはなさそうです」

 ゼロが上空を見上げると、上空にいた竜騎兵も次々と地上に降りてきて武器を下げた。

「出方を見てみますか」

 その様子を見たゼロは整列している竜騎兵に向かって歩き出す。

「待てゼロ。罠かも知れんぞ!」
「そうよゼロ、止めなさい」

 オックスやレナが止めるのも聞かずにゼロは竜騎兵に近付いてゆく。

「大丈夫です。それに彼等の話しも聞いてみる必要がありますからね」

 その様子を見たレナが呆れ顔でゼロについて行き、竜騎兵の前に立ったゼロの背後に控える。
 ケルムもワイバーンから降りてゼロの前に立つ。
 ケルムは竜人特有の細身長身であり、ゼロの前に立つと頭一つ分背が高いのでゼロはケルムを見上げる形になる。
 ゼロも人間の男性の標準よりはやや背が高い方ではあるが、ケルムの身長は2メートル近くはあるだろう。
 竜人とはその名のとおり竜を始祖とした者達であり、固い鱗と頭部の一対の角が特徴だ。
 その風貌からよくリザードマンと混同されるが、リザードマンは爬虫類の蜥蜴をから変異した魔物であるのに対して竜人は高度な知能を持つ亜人である。
 ケルムはゼロに向かって剣を掲げて軍隊式の敬礼をした。
 ゼロも応えて頭を下げて礼をする。
 ゼロが相手に礼節を示したので背後に控えるレナもローブの裾を摘まんでカーテシーで応えた。

「私は魔王軍、辺境警戒隊隊長のケルムと申す。貴殿の名を伺っても宜しいか?」

 ケルムの問いにゼロは頷いた。

「私はゼロと申します。アイラス王国軍の非正規部隊ゼロ連隊の連隊長です。貴方の用向きをお伺いします」
「貴殿等の勇猛なる戦いに敬意を表す。我々は負けを認めて降伏をする意志がある」

 ゼロとレナは顔を見合わせた。

「私達にしてみればありがたいのですが、正直言って魔王軍たる貴方が降伏という選択をすることが意外です」

 ゼロの問いにケルムが片目を瞑って笑った(ように見えた)

「魔王軍とて色々な考えを持つ者がいる。全てが最後の一兵まで命を無駄にするような戦いをするわけではない。我々もこれ以上戦っても全滅は免れないと判断した。そして、このまま我々が全滅するまで戦っても貴方達8人の中で1人か2人しか道連れにはできないだろう。その上で私はこれ以上部下を失わない選択をした」
「もしも、この場で撤退、兵を引いてくれるならば・・・」
「それは無い。我々には全滅するまで戦うか、降伏して貴方達に捕らえられるしか選択肢は無いのだ。我々は精鋭と呼ばれる竜騎兵だ、半数もの損害を受け、その上撤退でもしようものならば粛清の対象とされてどのみち我々に未来はない」

 ゼロは頷いた。

「分かりました。貴方達の降伏を受け入れます。貴方達の身体、生命、名誉は私が保証します。・・・でも、貴方はただ無条件で降伏するつもりはなさそうですね?」

 ケルムは片目を瞑った。
 竜人の表情というのは人間には分かり辛いが、どうやら片目を瞑るのは笑顔に類するようだ。

「察しが良くてありがたい。これは私個人の矜持の問題なのだが、降伏するならば武勇に優れた相手に降りたい。そこで、降伏する前にゼロ殿と一騎打ちを所望したいのだ」
「降伏の条件が私との一騎打ちですか?」

 そこでゼロの背後に控えていたレナが2人の間に割って入った。

「ケルム殿、申し訳ありません。その一騎打ち、私はゼロの副官として承認できません。彼は連隊を預かる連隊長ではあります。しかし、戦いを見ていてお分かりだと思いますが、彼の本職はネクロマンサーなのです。竜騎兵を纏める隊長の貴方との一騎打ちでは分が悪すぎます。降伏の条件としては受け入れられません」

 レナの様子にケルムは片目を瞑ってゼロを見た。

「上官思いの良い部下をお持ちのようだ」

 ケルムの言葉にゼロは肩を竦めた。

「お話ししたとおり私達は非正規部隊でして、私や彼女を含めて隊員8人は全員が冒険者です。部隊運用上必要なので役職を割り振っていますが、軍人ではないので部下というものではありません。それこそ彼女はどちらかといえば私の上か、んグッ」

 ゼロの脇腹をレナが杖で突いた。
 その様子を見てケルムが片目を瞑る。

「そうは言っても、私自身先の戦いでゼロ殿が実際に剣を抜いて戦っているのを見たわけではないが、こうして目の前にいる佇まいからもゼロ殿が相当な手練れであることは分かる。こうして敵の指揮官を目の前にしてもゼロ殿からは殺気も闘気も微塵にも感じられない。むしろ、その無の気配が恐ろしい程だ。かつて戦った東方の島国の戦闘集団のサムライのようだ」
「買いかぶり過ぎですよ」
「そうは思わん。ただ、確かにゼロ殿がネクロマンサーであることを考慮して死霊術を使ってもよい。まあ、百も千もアンデッドを呼ばれては勝負にならんから。そうだな・・ゼロ殿と虎の子のアンデッド2体でどうだ?相当強力なアンデッドもいるだろう?私の我が儘で申し訳ないが、この条件で勝負を受けていただきたい」

 ゼロは不敵に笑った。

「いいのですか?私は勝つためには手段を選びませんよ?正々堂々の一騎打ちを期待しているならばご期待には沿えませんよ?」
「望むところ!これは御前試合ではなく戦場での勝負である。戦場での戦いは勝つことこそが本懐だ。私もゼロ殿を倒すためにあらゆる手を使う」

 ゼロは頷いた。

「お受けしましょう」
「ちょっと待てゼロ!」

 黙ってやり取りを聞いていたオックスが声を上げた。

「お前が一騎打ちで負けたら状況はひっくり返る。ここに残る竜騎兵にだって太刀打ちできん!一騎打ちならば副連隊長の俺が引き受ける。俺で足りないならば俺とライズの2人ならば不足は無いはずだ」

 オックスの背後ではライズも剣を肩に担いで頷いていてやる気満々の様子だ。
 しかし、ケルムは首を振った。

「確かに貴官等の実力も相当なものだ。貴官等と剣を交えることも戦士として魅力的なのだが、私はゼロ殿と剣を交えたいのだ。なに、心配するな。確かに本気の戦いだ、どちらかが命を落とすことがあるかもしれん。ただ、仮に私が勝っても我々の降伏の意志はかわらない。どのみち我々に帰る場所は無いのだ」

 ゼロは前に出てオックスに振り返った。

「大丈夫ですオックスさん。これは私の役割です。負けるつもりもありませんよ。ただ、万が一の場合は皆を連れて取り決めのとおりにしてください」

 そしてケルムの前に立って剣を抜いた。

「かたじけない」

 剣を抜いたゼロを見てケルムも剣を掲げて敬礼をして構えた。
 双方が見守る中で2人は剣を構えて対峙した。
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