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御前会議

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 御前会議の場は沈黙に包まれていた。
 前線から届いた報告に皆が言葉を失っている。

 東の砦に王国軍主力を配備して山道を抜けてくる魔王軍に対して包囲戦を展開する、万全の構えであった筈だった。
 しかし、想定を超える避難民の数。
 そして初戦の敗退とそれに伴う深刻なまでの損害。
 今後の戦略を検討するための会議の場には悲壮感すら漂っている。

「・・・前線の状況はどうなっている?」

 内務大臣の質問に軍務次官が答える。

「第1騎士団と第2軍団は損害を受けながらも砦まで後退、健在の聖騎士団、国境警備隊、冒険者と共に籠城の構えです。初戦で対峙した魔王軍は5千ですが、その後も山道を抜けて増え続け、1万以上に膨れ上がっています」

 軍務次官の報告に出席者は一様に頭を抱えた。

「最早砦の戦力だけでは挽回することは困難だ。それどころか砦が落ちるのも時間の問題ではないか?」
「増援を派遣するべきでは?」

 増援を提案する意見に宮廷大臣が首を振る。

「これ以上の増援は無理だ。温存しているのは近衛騎士団、第3軍団と聖務院聖監察兵団だけだ。これら戦力まで送り込むと王都の守りが無くなる」
「ならば、各貴族が有する騎士隊を結集しては?」

 王国内の有力貴族には所領の守りのために私有兵である騎士隊を有している貴族も多い。
 ただし、騎士隊の維持には多くの予算が掛かるため、騎士隊を保有する貴族も必要最小限しか保有していない。
 多くても2、3百程度で、大半は百にも満たない数だ。
 それらを結集しても3千にも満たないだろう。

「それは無理だ。少数の騎士隊を結集して数だけ揃えても連携ができなければその数に見合う運用は望めない。むしろ、王国軍が東の砦や王都の守りに集められている現在、領内の守りが手薄になっているのだ。騎士隊の徴集は容赦していただきたい」

 会議に出席している有力貴族が異論を唱える。
 その意見にはアイラス国王も頷いている。

「ならば、いっそのこと砦を放棄して王都の守りを固めてはどうだ?」
「それこそ無理がある!砦を放棄しては敵を勢いづかせてしまう。それに、東の砦から王都までどれだけの都市や町、村があると思うのだ。それらが無防備になってしまう」
「更に砦には連邦国からの避難民も多く保護されている。砦の放棄は無理だ」

 様々な意見が飛び交う中、これまで黙っていた軍務大臣が口を開いた。

「軍務を預かる者として、私も砦の放棄はするべきではないと考える。砦は現有戦力で持ちこたえてもらい、他の手を打つべきだ」
「大臣は何か策があるのか?」

 軍務大臣の言葉を聞いてアイラス国王が問いかけた。
 御前会議では国王は意見を述べない、最早そのような慣例に捕らわれている場合ではないのだ。

「はい。古来より魔王の討伐は軍隊では成し得ませんでした。数万、数十万の兵で攻めようとも軍隊が魔王を倒したことはありません。魔王を倒すことが出来るのは勇者や英雄と呼ばれた者達です。幸いにしてわが国には勇者や英雄と評される冒険者が幾人かおります。彼等を送り込んで魔王を討伐するのです」
「しかし、魔王のいる帝国首都は連邦国の更に東だ。そこまでの道のりは魔王軍の支配下にある。如何に勇者といえ、少数で向かうのは無理があるぞ」

 慎重論を唱えたのは内務大臣だ。
 勇者、英雄と呼ばれる白金や金等級の冒険者は内務省の管理下にある冒険者ギルドに所属しているからだ。

「その懸念は尤もです。そこで魔王軍の脅威に曝されている周辺国にも連携を頼み、各国の勇者や英雄に魔王の討伐に向かってもらうのです。更に、その際には彼等を援護するために魔王軍に対して各国が魔王軍に対して一斉に攻勢を仕掛けるのです」

 軍務大臣の案に対して内務次官が懸念を述べた。

「私も軍務大臣の案の他に打開策はないと思います。しかし、勇者を派遣するとして、魔王軍の往来が激しい山道を通らせるのですか?不可能とは思いませんが、かなりの危険が伴います」
「それについては北の山越えも選択肢の1つだ。雪深い山越えだが、経験豊富な勇者達ならば出来るはずだ」

 軍務大臣の説明に皆が頷いたが、その時、内務大臣が思い出したかのように口を開いた。

「北といえば!北の砦はどうなっている?北からも魔王軍の一部が侵入してきた筈だ!」
「魔王軍3千が北の山を越え、砦の守備隊と衝突したところまでは報告を受けている」
「3千だと?砦の守りは守備隊と囚人部隊合わせても百数十しかいない筈だ!」

 室内にざわめきが走った。

「それについてだが、砦は落ちていないと見てよい。砦の町の西にある町には魔王軍が現れていない。砦の兵がどうなったかは分からないが・・・」

 軍務大臣の言葉に再び沈黙が流れる中、1人の出席者が立ち上がった。
 年若い少女、セシル・エルフォード。
 会議に出席していた有力貴族の1人だ。

「私も北の砦は落ちていないものと考えます。実を申し上げますと、北の砦には我がエルフォード騎士隊を百名程送り込んでいます」

 会議場が再びざわめいた。

「何を勝手に!」
「国内の足並みを乱すような行為ですぞ!」

 セシルに非難が集まるが、セシルはその非難を跳ね返す程によく通る声で一喝した。

「お黙りください!貴族が保有する騎士隊の運用は各家の判断に委ねられているはずです。その運用目的が国を守るためのものであるならばなおのことです。何も非難されるいわれはありません。それに我がエルフォード家は恩人の窮地を放っておくようなことはできません!当家は国のため、恩人たるゼロ様のために騎士隊を派遣したのです!」

 非難を口にしていた者達もセシルの迫力に言葉を失った。
 そんな中でアイラス国王が口を開いた。

「エルフォード卿、いや、セシル。余は貴女の判断を尊重する。国を守るべく騎士隊を派遣してくれたことに礼を言わせてくれ。その上で教えて欲しい。貴女の言う恩人のゼロとは誰のことだ?」

 セシルに問う国王の言葉に軍務省と内務省の幹部が背筋を凍らせる。

「あら、陛下は北の砦にたった1人で送られた冒険者をご存知ないのですか?」

 セシルが諸侯を睨みつけながら話す。

「北の砦に囚人部隊が送られたことは知っている。余が承認したことだ。しかし、冒険者、しかもたった1人の冒険者が送られたとは聞いていない。これはどういうことだ?」

 事情を知る者は会議場を見渡す国王と目を合わせることができない。

「風の都市の冒険者ギルドから黒等級の冒険者ゼロ様が北の砦に送られました。ゼロ様は我がエルフォード家の恩人です」
「黒等級の冒険者?何故そのことが余に知らされていない!」
「ゼロ様のことを陛下のお耳に入れるべきでないと判断した皆さんのお気持ちも理解できます」
「どういうことだ?」

 その時、セシルを止めようと軍務次官や幹部が立ち上がったが、それよりも早くセシルが口を開く。

「ゼロ様は比類無き能力を有する誇り高き死霊術師、ネクロマンサーです。ゼロ様の力を持ってすれば数百、数千の死霊の軍勢を揃えることができます。そのゼロ様の力を利用しようと陛下にも内緒で北の砦にゼロ様を送り込んだのでしょう。おそらく、汚れた死霊術師とのことで陛下のお耳には入れられなかったのだと存じます」

 セシルの説明を聞いた国王は会議場を見渡しながら怒りを露わにした。

「余を思う皆の気持ちはありがたく思う。しかし!此度の北の砦の件、囚人部隊を送り込み、国境警備隊をも捨て駒にする計画を承認したのは余だ!多くの犠牲を出そうともその責を負うのは余だ!なのに、なぜたった1人で国を、国民を守るために旅立った冒険者のことを余に知らせない!確かに死霊術は忌み嫌われる背徳だということも理解できる。それでもだ!国と国民を守るべく死地に向かったそのネクロマンサーも同じ民ではないか!もしもそのゼロなる者が戦いに倒れたとして、そのことが余に知らされなければ余は余の責任を果たすことができない!以後はこのようなことが無いようにせよ!」

 王の言葉に事情を知っていた者達は直立して頭を垂れた。
 その後の会議では軍務大臣の案が採用され、他国に連携を要請すると共に王国の冒険者ギルドに所属する白金等級と金等級の勇者、英雄の5人が魔王討伐のため北の山を越えて東に向かうこととなった。
 また、勇者の魔王討伐に合わせて北の砦の現状確認のため、王都に残っていた聖務院特務兵が派遣されることになった。

 その後、勇者達は雪深い山に向かい東の帝国を目指して旅立った。
 そして北の砦の情報を持ち帰った特務兵ヘルムントの報告により北の砦が健在であることが確認された。
 警備隊は多大なる損害を出しながらも魔王軍3千を見事に撃退していた。
 残存兵力は国境警備隊が40程、エルフォード騎士隊は損害なし。
 そして囚人部隊の残存は僅かに15名。
 隊長のリンツを始め、他の隊員は最後の衝突の際に魔王軍に突撃して以降は行方不明、風の都市の冒険者ゼロの安否も不明だった。
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