125 / 196
捨て駒部隊
しおりを挟む
早朝、風の都市にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
冒険者召集の合図である。
風の都市の冒険者ギルドは参集した冒険者達でごった返していた。
そんな彼等の前にギルド長が立つ。
「諸君、王国政府からの通達を伝える。耳敏い者の中には既に知っている者もいるだろうが、東の連邦国が魔王の軍勢に攻め滅ぼされた。魔王軍は遠からずこの国に攻め込んでくるだろう。本日国家非常事態が宣言された。これから読み上げる者は冒険者ギルドの規則と契約に基づいて国の防衛の任に就いてもらう」
冒険者を派遣するにしても各都市の冒険者ギルドに所属する冒険者全員を差し出すわけにはいかない。
魔王軍が迫ろうと、国内には別の問題が山積しており、それらの対処に当たる冒険者も必要なのだ。
そんな中で風の都市の冒険者ギルドからは青等級以上の冒険者50人が派遣されることになった。
冒険者達が緊張に包まれる中でギルド長が派遣される冒険者のリストを読み上げる。
読み上げられた冒険者の中にはレナ、イズとリズの双子、セイラとアイリア、レオン達のパーティーも含まれていたが、その中にゼロの名は含まれていなかった。
それどころか集まった冒険者の中にゼロの姿が無い。
レナは正面に並んでいる職員の中にいたシーナを見た。
その視線に気が付いたシーナは顔を青ざめながらレナから視線を逸らす。
レナはギルド長の前に歩み出た。
「ギルド長。派遣要員にゼロが含まれていません。それどころかゼロの姿がありませんが、どういうことですか?」
詰め寄るレナの横では双子のエルフもギルド長達を睨んでいる。
「・・・彼は別の任務のために昨日の夜の間に出発した」
「なっ!何故ですか?私はゼロとパーティーを組んでいるのですよ?」
「私達もゼロ様に従わさせていただいていました!」
レナ達は更に詰め寄った。
「すまない。これは国王陛下直々の命令だ。ゼロは彼にしかできない任務を与えられたんだ」
「一体何の任務で何処に行ったのですか?」
「それには答えられないし、君達には別の使命がある。これは契約に基づいて拒否できない命令だ」
ギルド長は苦渋の表情で絞り出すように告げた。
ギルド長の人となりからも彼が本心から命令を口にしているのではないことが分かる。
ギルド長はギルド長で辛い役割を担っているのだ。
そのことを理解しているレナはそれ以上何も言うことができなかった。
レナ達は直ちに十数台の馬車に乗り込んで風の都市を出発することになった。
その準備の最中、レナはシーナにゼロの行方を問い質した。
「シーナさん、貴女は何かを知っていますね?ゼロはどこに行ったのですか?」
問われるシーナの表情は青ざめたままだ。
「・・・ゼロさんは、別の場所の防衛に向かいました・・・」
それについては分かっている。
しかし、その表情からゼロがただならぬ状況に放り込まれたことも容易に予想できた。
「・・・相当危険な場所に行ったのですね?」
「はい」
シーナは目を背けてそれ以上は何も言わなかった、いや、言えなかった。
その様子を見たレナはシーナに背を向ける。
「分かりました。これ以上聞いても貴女を困らせるだけでしょう。私は私に与えられた任務を全うし、その後は私の好きにさせてもらいます」
そう言うと、振り返ることなく東に向かう馬車に乗り込んだ。
それを見送るシーナは彼女にとって大切なものがその手から零れ落ちるような感情に襲われた。
想い人を死地に送り、たった今、友情が壊れてしまった。
シーナはこの時初めてギルド職員になったことを後悔した。
その頃、ゼロは東の山脈の北方に向かっていた。
通常ならば風の都市から目的地までは徒歩で10日以上かかる遠方だが、ゼロは早馬車で先を急いでいた。
途中の都市や街で馬を交換しながら昼夜休みなく走る早馬車ならば目的地までは3日で到着する。
風の都市の冒険者でゼロだけが山脈の北の防衛の命令を受けていたのであった。
レナ達が召集される前の夜遅く、自宅にいたゼロはシーナとギルド長の訪問を受けた。
そこでギルド長より国王からの命令を伝えられ、それを受諾したゼロは夜中の間に出立することになったのだ。
ゼロが受けた命令は東の山脈の北方の守り。
他に北に向かう部隊と共に北の守りを固め、守りぬくことで、生還が困難な任務であることも包み隠さずに伝えられた。
ゼロに命令を伝えたギルド長は早馬車の手配のために一足先にギルドに戻り、ゼロの家には出発の準備をするゼロとシーナの2人きりになった。
「お茶も出さずにすみませんね」
軽口を叩きながら準備を進めるゼロを見つめていたシーナは意を決したように口を開いた。
「ゼロさん!逃げてください」
「はい?」
「ギルド長も言ったように、これから貴方が向かう場所は他の冒険者さん達が向かう場所とはまるで違います。そこは生還を望むことができない死地です!私は貴方を失いたくありません!・・・お願いです、私と一緒に逃げてくれませんか?」
必死に訴えるシーナの目を真っ直ぐに見たゼロは首を振った。
「それはできません。私が北の守りに向かわなければ多くの人々がより一層の危険に曝されるのです。私は私の責任から逃げるつもりはありません」
「でも死んでしまうかもしれないんですよ?私はゼロさんが死ぬなんて耐えられません!」
ゼロは縋りついてくるシーナの肩に手を置いた。
「私は普通の人と死生観が違うのでしょうね。死ぬかもしれないという状況でも死の恐怖を感じないのです。ただ、だからといって私は生きることを放棄するつもりはありませんよ。生きて帰ってくるとは約束できませんが、精一杯足掻いてみせますよ」
そう言って笑ったゼロはシーナから離れて家の外に向かって歩き出す。
扉に向かうゼロに駆け寄ったシーナはそのゼロの背中を抱きしめた。
このままゼロを行かせたくなかったのだ。
「行かないでください、なんて我が儘はもう言いません。それに、ゼロさんは生きて帰ってくるなんて約束もしてくれませんよね?でも私は待っています。ゼロさんが帰ってくるのをずっと待っています」
シーナの言葉にゼロは何も応えられず、後ろから抱きしめるシーナの細い腕からそっと逃れることしかできなかった。
「行ってきます」
シーナから離れたゼロは振り返ることなくシーナに一言だけ告げた。
そうして準備を終えたゼロはギルド長とシーナにだけ見送られて密かに旅立ったのである。
旅立ってから3日目の夕刻、ゼロは目的地の砦の町に到着した。
そこで守りに就いていたのは2個中隊規模の部隊だった。
元々配備されていた国境警備隊が1個中隊。
そして、装備もバラバラの荒んだ雰囲気の男達が50名程、明らかに急編成された寄せ集めの部隊だ。
到着したゼロを見た寄せ集めの部隊の中で一際凶悪な人相の大男がゼロに近づいてきた。
「お前が噂のネクロマンサーか?俺はこの部隊を任されたリンツってもんだ」
そう言ってゼロにその手を差し出してきた。
ゼロはその手を握る。
「風の都市のギルドから来ましたゼロです。よろしくお願いします」
リンツと名乗った男は凶悪な顔に似つかわしくない笑みを浮かべた。
「互いに難儀な仕事に当てられたもんだが、よろしくな!ようこそ、捨て駒部隊へ!」
冒険者召集の合図である。
風の都市の冒険者ギルドは参集した冒険者達でごった返していた。
そんな彼等の前にギルド長が立つ。
「諸君、王国政府からの通達を伝える。耳敏い者の中には既に知っている者もいるだろうが、東の連邦国が魔王の軍勢に攻め滅ぼされた。魔王軍は遠からずこの国に攻め込んでくるだろう。本日国家非常事態が宣言された。これから読み上げる者は冒険者ギルドの規則と契約に基づいて国の防衛の任に就いてもらう」
冒険者を派遣するにしても各都市の冒険者ギルドに所属する冒険者全員を差し出すわけにはいかない。
魔王軍が迫ろうと、国内には別の問題が山積しており、それらの対処に当たる冒険者も必要なのだ。
そんな中で風の都市の冒険者ギルドからは青等級以上の冒険者50人が派遣されることになった。
冒険者達が緊張に包まれる中でギルド長が派遣される冒険者のリストを読み上げる。
読み上げられた冒険者の中にはレナ、イズとリズの双子、セイラとアイリア、レオン達のパーティーも含まれていたが、その中にゼロの名は含まれていなかった。
それどころか集まった冒険者の中にゼロの姿が無い。
レナは正面に並んでいる職員の中にいたシーナを見た。
その視線に気が付いたシーナは顔を青ざめながらレナから視線を逸らす。
レナはギルド長の前に歩み出た。
「ギルド長。派遣要員にゼロが含まれていません。それどころかゼロの姿がありませんが、どういうことですか?」
詰め寄るレナの横では双子のエルフもギルド長達を睨んでいる。
「・・・彼は別の任務のために昨日の夜の間に出発した」
「なっ!何故ですか?私はゼロとパーティーを組んでいるのですよ?」
「私達もゼロ様に従わさせていただいていました!」
レナ達は更に詰め寄った。
「すまない。これは国王陛下直々の命令だ。ゼロは彼にしかできない任務を与えられたんだ」
「一体何の任務で何処に行ったのですか?」
「それには答えられないし、君達には別の使命がある。これは契約に基づいて拒否できない命令だ」
ギルド長は苦渋の表情で絞り出すように告げた。
ギルド長の人となりからも彼が本心から命令を口にしているのではないことが分かる。
ギルド長はギルド長で辛い役割を担っているのだ。
そのことを理解しているレナはそれ以上何も言うことができなかった。
レナ達は直ちに十数台の馬車に乗り込んで風の都市を出発することになった。
その準備の最中、レナはシーナにゼロの行方を問い質した。
「シーナさん、貴女は何かを知っていますね?ゼロはどこに行ったのですか?」
問われるシーナの表情は青ざめたままだ。
「・・・ゼロさんは、別の場所の防衛に向かいました・・・」
それについては分かっている。
しかし、その表情からゼロがただならぬ状況に放り込まれたことも容易に予想できた。
「・・・相当危険な場所に行ったのですね?」
「はい」
シーナは目を背けてそれ以上は何も言わなかった、いや、言えなかった。
その様子を見たレナはシーナに背を向ける。
「分かりました。これ以上聞いても貴女を困らせるだけでしょう。私は私に与えられた任務を全うし、その後は私の好きにさせてもらいます」
そう言うと、振り返ることなく東に向かう馬車に乗り込んだ。
それを見送るシーナは彼女にとって大切なものがその手から零れ落ちるような感情に襲われた。
想い人を死地に送り、たった今、友情が壊れてしまった。
シーナはこの時初めてギルド職員になったことを後悔した。
その頃、ゼロは東の山脈の北方に向かっていた。
通常ならば風の都市から目的地までは徒歩で10日以上かかる遠方だが、ゼロは早馬車で先を急いでいた。
途中の都市や街で馬を交換しながら昼夜休みなく走る早馬車ならば目的地までは3日で到着する。
風の都市の冒険者でゼロだけが山脈の北の防衛の命令を受けていたのであった。
レナ達が召集される前の夜遅く、自宅にいたゼロはシーナとギルド長の訪問を受けた。
そこでギルド長より国王からの命令を伝えられ、それを受諾したゼロは夜中の間に出立することになったのだ。
ゼロが受けた命令は東の山脈の北方の守り。
他に北に向かう部隊と共に北の守りを固め、守りぬくことで、生還が困難な任務であることも包み隠さずに伝えられた。
ゼロに命令を伝えたギルド長は早馬車の手配のために一足先にギルドに戻り、ゼロの家には出発の準備をするゼロとシーナの2人きりになった。
「お茶も出さずにすみませんね」
軽口を叩きながら準備を進めるゼロを見つめていたシーナは意を決したように口を開いた。
「ゼロさん!逃げてください」
「はい?」
「ギルド長も言ったように、これから貴方が向かう場所は他の冒険者さん達が向かう場所とはまるで違います。そこは生還を望むことができない死地です!私は貴方を失いたくありません!・・・お願いです、私と一緒に逃げてくれませんか?」
必死に訴えるシーナの目を真っ直ぐに見たゼロは首を振った。
「それはできません。私が北の守りに向かわなければ多くの人々がより一層の危険に曝されるのです。私は私の責任から逃げるつもりはありません」
「でも死んでしまうかもしれないんですよ?私はゼロさんが死ぬなんて耐えられません!」
ゼロは縋りついてくるシーナの肩に手を置いた。
「私は普通の人と死生観が違うのでしょうね。死ぬかもしれないという状況でも死の恐怖を感じないのです。ただ、だからといって私は生きることを放棄するつもりはありませんよ。生きて帰ってくるとは約束できませんが、精一杯足掻いてみせますよ」
そう言って笑ったゼロはシーナから離れて家の外に向かって歩き出す。
扉に向かうゼロに駆け寄ったシーナはそのゼロの背中を抱きしめた。
このままゼロを行かせたくなかったのだ。
「行かないでください、なんて我が儘はもう言いません。それに、ゼロさんは生きて帰ってくるなんて約束もしてくれませんよね?でも私は待っています。ゼロさんが帰ってくるのをずっと待っています」
シーナの言葉にゼロは何も応えられず、後ろから抱きしめるシーナの細い腕からそっと逃れることしかできなかった。
「行ってきます」
シーナから離れたゼロは振り返ることなくシーナに一言だけ告げた。
そうして準備を終えたゼロはギルド長とシーナにだけ見送られて密かに旅立ったのである。
旅立ってから3日目の夕刻、ゼロは目的地の砦の町に到着した。
そこで守りに就いていたのは2個中隊規模の部隊だった。
元々配備されていた国境警備隊が1個中隊。
そして、装備もバラバラの荒んだ雰囲気の男達が50名程、明らかに急編成された寄せ集めの部隊だ。
到着したゼロを見た寄せ集めの部隊の中で一際凶悪な人相の大男がゼロに近づいてきた。
「お前が噂のネクロマンサーか?俺はこの部隊を任されたリンツってもんだ」
そう言ってゼロにその手を差し出してきた。
ゼロはその手を握る。
「風の都市のギルドから来ましたゼロです。よろしくお願いします」
リンツと名乗った男は凶悪な顔に似つかわしくない笑みを浮かべた。
「互いに難儀な仕事に当てられたもんだが、よろしくな!ようこそ、捨て駒部隊へ!」
0
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる