職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

文字の大きさ
上 下
123 / 196

広がりゆく戦火

しおりを挟む
「終わりました」

 人身売買組織の男達を拘束したゼロが振り返るとレナが白けた目でゼロを見ている。

「呆れた。いつの間にバンシーを潜り込ませていたの?」

 明らかに機嫌が悪い。
 例によってゼロに何も聞かされていなかったからだ。

「ちょっと待ってください。別にレナさんに隠していたわけではありませんよ。調査の初期段階からスペクター達を投入したのと同じで彼女を囮にしてみたらまんまと連中が策に嵌まってくれたんですよ」
「で?」
「バンシーにはそのまま捕らえられてもらって他の被害者を守ってもらいつつ、内部から様々な情報を送ってもらったんです」

 必死で説明するゼロの背後では被害者達が衛士達によって保護されている。
 人間とハーフエルフの女性は旅の途中で捕らわれ、獣人やシルバーエルフの子供達は貧困地域から攫ってきたらしい。
 幸いなことに組織の男達は商品には手出ししなかったため、結果として商品としての彼女達の純潔は守られたのだ。
 仮に彼女達に危機が及ぶようなことがあった場合、ゼロはバンシーに対して自分の判断で暴れてよいと許可していたが、それには至らなかったのである。

「なら、一斉摘発の時に内側からバンシーが援護すれば、そもそも逃げられるようなことにはならなかったんじゃない?」
「そうかもしれません。ただ、私の目の届かない場所で彼女自身が衛士の皆さんと連携できるかどうか確証がなかったようで、あえて動かなかったそうです。本来ならば彼女の泣き声で敵を無力化することも可能なのですが、そうしますと被害者の、特に子供達に深刻な精神障害を与えかねませんからね」

 その場での強行策は危険だと判断して行動を起こさなかったバンシーと他の被害者を押し込んだ馬車は衛士の包囲を突破し、逃走に成功したかに見えたが、実のところバンシーからの情報でその位置は筒抜けであり、直ぐにゼロが放ったジャック・オー・ランタンとスペクターに捕捉されたのだ。
 その後は極めて迅速に事が運び、1人の犠牲者を出すことなく終わったのである。
 レナはため息混じりながらも笑みを浮かべた。

「・・・まあ、いいわ。被害者も無事だったことだし納得してあげる」

 そのレナの表情を見たゼロは胸を撫で下ろした。

 その後のことであるが、捕縛された彼等は凄まじい恐怖を味わうことになる。
 王国では人身売買は重罪である、しかも彼等の背後にある取引先の情報を洩らせば自分達の命が危うい。
 幸いにして王国では拷問による取り調べが行われることは無いので何一つ口を割るつもりはなかったが、その気概は1週間と持たなかった。
 確かに衛士による取り調べで拷問は一切行われなかった。
 しかし、彼等が拘束されている監獄では昼間は普通の看守が勤務しているのに、夜になるといつの間にか看守がスケルトン等の死霊にごっそりと入れ替わっているのだ。
 牢の前を乾いた足音を立ててスケルトンが巡回する。
 夜な夜な監獄の中には女性のすすり泣く声が響く。
 いつの間にか牢の中に亡霊が佇んでいる。
 そんな毎日で精神を削られる中で、昼間は衛士が親身になって落ち着いて話しを聞く。
 男達は揃って術中に嵌まり、1週間を待たずして全員が全てを自供した。

 その後の捜査と摘発は聖務院と衛士隊、出動を要請された王国軍によって行われ、捕縛された男達の供述で幾つかの人身売買のルートが判明し、それらの殆どのルートと背後組織を潰すことに成功。
 中には貴族が取引に荷担していたルートもあったが、貴族もろとも摘発され、多くの被害者が保護された。
 しかし、そのルートの1つ、組織の主犯ですら取引先の素性が分からなかったものだけが真相を追うことができず、売られた被害者のその後の消息も分からず終いだった。

 一方、東方の連邦国と帝国との戦況はというと、大きく動いていた。
 国境を挟んで膠着状態であった両軍だったが、再び攻勢に転じた帝国軍の猛攻を連邦軍は抑えることが出来ず、国境線を食い破られてしまった。
 その後も連邦軍は戦線を維持出来ず、帝国軍に連邦領土深部への侵入を許すことになってしまった。
 加えて連邦軍の基幹となる部隊が次々と敗北し、最早帝国軍を押し戻すことも難しい状況に陥った。
 王国から援軍に向かった第2騎士団と第3軍団も王国に帰還することはなかった。

 王国軍務省は難しい選択を迫られていた。
 次々と入ってくる連邦国の戦況に関する情報から連邦軍の劣勢は明らかであり、王国から送った援軍の損失も分からない。
 更に援軍を送って連邦国を援護するのか、連邦国の敗北は免れないと踏んで自国の守りを固めるのか、意見が割れているのである。

「連邦国が敗北し、その後の標的が我が国となると守りきることは困難だ。ならば、危険を冒してでも増援を送り、連邦軍の残存兵力と協力して帝国に対峙するべきだ」
「危険すぎます!これ以上の派遣をして万が一にも失敗したらこの国を守ることができなくなります。ここは非情と見られても自国の守りを固めるべきです」

 更なる増援を主張する軍務大臣と自国の守りを第一にするべきとの軍務次官の意見がぶつかりあう。
 単純に考えれば軍務次官の意見に一理あるように見えるが、軍務大臣の考えはその意見の更に上を考えたものであった。

「次官の言うこともよく分かる。我々は自国を第一に考えればならん。これは当然だ。しかし、私の主張も劣勢に立たされている連邦国の心配をしているだけのことではない。私の意見は更に非情なものだ。連邦国を盾にし、連邦軍の残存兵力を利用して帝国軍を消耗させようとしているのだからな。その為には更なる増援が必要不可欠なのだ」

 国王が臨席する御前会議の席で軍務大臣が熱弁を振るう。

「しかし、あまりにも危険すぎます。我が国と連邦国の間には自然の防壁として険しい山脈が連なっています。連邦国から我が国に通じる道はただ1つだけです。他に山脈の北側を強行踏破する手段もありますが、雪も深く、道もないため大軍を送り込んでくることは困難です。我が国に攻め入るにはこの2つしかありません。ならば険しい山を抜け、隊列も兵站も長く伸びきり、疲労も蓄積された敵を迎え撃った方が現実的です」

 互いの意見を尊重し、更に双方の主張が尤もな意見であるため結論が出ない。
 御前会議であるが故に国王も会議の席に臨席しているが、何も言葉を発することなく会議の行く末を静かに見守っている。
 御前会議において国王は自分の意見を述べてはいけないことになっているのだ。
 国王は会議を見届けて、その結論に対して承認するか否かを判断するだけなのである。
 会議の結論の責任を大臣以下の政府役人が負い、国王を守るための決まり事である。
 その時、紛糾する会議室に軍務省情報部の役人が飛び込んできた。

「失礼申し上げます!緊急情報です。連邦国首都が陥落、残存兵力も崩壊しつつあります!更に、未確認ながら、帝国軍部隊に魔物が混ざっているとの情報があります!」

 会議室に戦慄が走った。
 しかし、この知らせも世界に絶望が満ち渡る前兆でしかなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

出戻り国家錬金術師は村でスローライフを送りたい

新川キナ
ファンタジー
主人公の少年ジンが村を出て10年。 国家錬金術師となって帰ってきた。 村の見た目は、あまり変わっていないようでも、そこに住む人々は色々と変化してて…… そんな出戻り主人公が故郷で錬金工房を開いて生活していこうと思っていた矢先。王都で付き合っていた貧乏貴族令嬢の元カノが突撃してきた。 「私に貴方の子種をちょうだい!」 「嫌です」 恋に仕事に夢にと忙しい田舎ライフを送る青年ジンの物語。 ※話を改稿しました。内容が若干変わったり、登場人物が増えたりしています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

処理中です...