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死せる者達の聖域

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 ゼロは夜の闇に閉ざされた街道を北に向かって駆け抜けた。
 ドラゴン・ゾンビにたった1人で挑むなど正気の沙汰ではなく、万に一つも勝機はない。
 しかし、ゼロは勝利を望んでいるわけではなく、目的は住民が避難を完了するまでの時間を稼ぐことだけ。
 そんなゼロにできることはたった2つ。
 1つは戦闘と後退を繰り返してドラゴン・ゾンビの進行速度を遅らせること。
 もう1つは後退を繰り返す上で徐々に進路を変えてドラゴン・ゾンビを町から遠ざけることである。
 そのため、最初の接敵地点を少しでも町から離れた場所にする必要がある。
 ゼロは休むことなく鉱山への街道を駆け上がった。
 そして、夜明け前、空が白々しくなり始めたころ、ゼロは足を止めた。
 ゼロの前の街道上に小高い山のような物があるが、当然ながら街道上にそんな小山があろうはずは無い。
 そこにいるのはドラゴン・ゾンビの巨体だっだ。
 その体は鱗が剥げ、皮膚は腐り、各所で骨が露出している。
 片方の眼球は腐り落ち、その眼窩からは腐汁を垂れ流しており、虚ろな闇が目の前のゼロを見ている。
 その姿に生物の覇者たる神々しさは微塵も無いが、その巨体と身に纏う邪気は紛うことなく死せる者の覇者であることを示していた。
 今、目の前に現れた矮小なる人間を嘲笑っているかのようだ。

「来ましたか」

 ゼロは呼吸を整えた。
 山道とはいえ休みなく駆け続けたおかげでかなりの距離を稼ぐことができた。
 ここからゼロの背後に町まで伸びる距離がゼロの貴重なアドバンテージになるのだ。
 ゼロは周囲の様子を窺う。
 周囲は死霊の気配に満ち溢れていた。
 ドラゴン・ゾンビの邪気に当てられて生ける屍と化した熊や狼等の野生動物やゴブリンやオーク等の魔物、中には人間だった者もいる。
 それら無数のゾンビがゼロを取り囲んでいる。
 ゼロはアンデッドを召喚した。
 いつものバンシー、スケルトンナイトを始めとした上位アンデッドは当然のこと、スケルトンウォリアー等の中位アンデッドやまだ力の弱い下位アンデッドまで、その数は300体にも及んだ。
 ドラゴン・ゾンビに対して物理攻撃は効果は薄い、それどころか剣や槍の間合いに接近することは不可能に近い。
 弓装備のスケルトンやレイス、ウィル・オー・ザ・ウィスプを盾装備のスケルトンが守る陣形だが、ゼロの使役するスケルトンに弓装備の個体は少なく、上位種はいない。
 そのような中で上位アンデッドの指揮の下、少数の下位アンデッドを中位アンデッドが指揮をする部隊運用だ。
 ドラゴン・ゾンビの正面は盾装備のスケルトンが何重にも並び防御を固め、その後方に弓や魔法攻撃の遠距離攻撃隊が控える。
 左右と後方は近接戦闘に特化したスケルトンを配置して周囲のゾンビに備える。
 ゼロは自らが召喚したアンデッドを見渡した。

「これから始まるのは勝ち目のない戦いです。奴に食われれば輪廻の門をくぐることや上位に進化するどころか奴に取り込まれて魂魄を縛られ、永遠に救われることのない虚無に落ちることになります。それでも私はネクロマンサーとして命じます。ドラゴン・ゾンビに立ち向かい人々が逃げるための時間を1秒でも長く稼ぐのです。全員に【生き残れ】とは言えません。もしも奴に食われたならばその時は私を呪いなさい。皆を使役するだけして望みを叶えることができなかった私をです」

 ゼロの声に彼のアンデッド達は微動だにしない。
 ただ、バンシーがゼロの前に跪き他のアンデッドを代表して口を開く。

「主様、ここに集いし者達は皆が主様に仕えることのみを望んでいます。例えあのトカゲめに食われようとも主様を呪うようなことはありません。だから主様、何の憂いもなく私達を導いてくださいませ」

 ゼロは剣を抜いた。

「ここから先は生者の存在が許されない死霊達の聖域です。この聖域で私達の他にいるのは全て敵です。もしもこの戦いに【生き残れた】ならば輪廻の門をくぐるのも上位種に進化するのも思いのままです。さあ、征きましょう!まずは開戦の烽火を上げるのです。周辺の被害を考慮する必要はありません。周囲の森ごと焼き払えっ!」

 ゼロの命令下でウィル・オー・ザ・ウィスプを中心に火炎魔法と火矢による猛攻が始まった。
 一気に魔力を使い切る程の火力に周辺を激しい炎が駆け巡り、凄まじい熱気に包まれた。
 ゼロの背後に控えるバンシーがゼロの周囲を冷気で守る。
 ドラゴン・ゾンビの周囲には炎が渦巻き、戦場全体を赤く染めた。
 今、生者を守るための死霊達の戦いが始まった。

 住民の避難誘導に当たっていたレナ達だが、思いの外順調に避難が進んでいた。
 ゼロが北に向かった後に王国軍の連隊が荷馬車を伴って到着し、病人や足腰の弱い老人、子供の避難が一気に進んだからだ。
 更にドラゴン・ゾンビに対抗するための聖騎士団と魔導部隊が編成を完了次第駆けつけるとのことだ。
 全てはいち早くドラゴン・ゾンビの存在を察知して根回しをしていた成果である。
 そうはいっても住民の町からの退去にはまだ暫くの時間がかかるだろう。

 レナは北の鉱山の方角を見た。
その時、夜は明け始め、空が白んできた北の山の麓が赤く染まった。

「始まった!」

 レナは首に提げたアミュレットを握り締めた。

「ゼロ、生きて帰ってくるのよ」
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