職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

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収束

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「任務中止、直ちに帰還せよ」

 ヘルムントと呼ばれた騎士の伝令を聞いたアランとイザベラは表情を変えることなく剣を納めてゼロ達と更に距離を取る。
 ゼロは肩の力を抜いた。

「どうやら助かったようですね」
「どういうことだ?」

 ライズは状況が分からずに戸惑いの表情を浮かべた。

「我々の任務は中止、貴様等の命を奪う必要が無くなったというだけだ」

 面倒臭そうに話すアランは既にゼロ達に対する興味が無い様子だ。
 しかし、ライズは納得できない。

「そんなに簡単に!お前達はそれでいいのかよ」
「そうはおっしゃいましても、私達、貴方達が憎くて戦っていたわけではありませんの。そこのネクロマンサーの抹殺とそれを邪魔する者を同様に始末する、との命令を受けていただけですもの。命令が解除されたならばこれ以上戦う必要はありませんわ」

 イザベラは言い残すとアラン共々踵を返して歩き出す。

「おい、待てよ!」

 後を追おうとするライズをゼロが止める。

「止めましょう。正直こちらも手詰まりだったんです。ここは相手が引いてくれたのですから助かったと思いましょう」
「チッ!勝ち逃げされたってことか。だが、ゼロの言うとおりだな。命拾いしたのは俺達か」

 ライズも仕方なく矛を収めた。
 その2人の会話を聞いたイザベラが立ち止まった。

「あら、勝ち逃げではありませんわ。確かに私達はそこのネクロマンサー共々皆さんを殺すつもりでしたし、命令が解除されなければきっとそうなっていたでしょう。でも、貴方、最後に何かをするというか、何かを呼ぼうとしていましたわよね?それが何なのかは分かりませんが、もしかしたら私かアランのどちらか、ひょっとしたら両方が討ち取られたかもしれません。まあ、今回は引き分けですわね」

 アランも頷く。

「私達相手に引き分けなのですから誇りに思ってよろしくてよ?ただ、次はありません。では、ご機嫌よう」

 イザベラの最後の表情にはゼロ達の背筋を凍らせるに十分な迫力が込められていた。
 そして2人はもう振り返ることなく立ち去っていった。
 最後まで残っていたヘルムントも馬上からゼロ達に向かって一礼し

「それでは失礼いたす。此度の件の償いは後ほど示させていただく」

とだけ言い残して去っていった。
 それを見送ったライズは深くため息をつくとその場に座り込んだ。

「これ以上の虚勢も無理だ。いや、確かにヤバい相手だった。銀等級の俺達がまるで歯が立たないなんてな」
「引き分けなんて、随分と甘い評価を頂きましたね」

 ゼロも頷いた。
 後方から支援していたイリーナやレナよりも直接剣を交えたゼロやライズの方が圧倒的な実力差を感じたのだろう。
 そんな2人の姿を見ていたレナだが、ふと思いついた疑問をゼロに投げかける。

「そういえば、ゼロ、あの女も言っていたけど、貴方最後に何をしようとしていたの?」

 ゼロは肩を竦めた。

「いや、ちょっと危険な者を召喚しようとしていたのですよ」
「危険?」
「少し前から自らを召喚しろと主張する者がいましてね。それがちょっと強すぎて私でも制御できるかどうかわからないのです」
「強すぎる?」
「まあ、上位アンデッドではあるのですが、多分バンシーやスペクター、スケルトンナイトが束で掛かっても歯が立たないと思います」
「そこまで危険なものを召喚しようとしていたの?」

 レナの声が震えていることにゼロは気付いていない。

「はい、私の制御を越えて暴走されたら手に負えませんから、最後の手段だったんです。まあ、暴走したとしても使役者の私が死んでしまえば冥界の狭間に引き戻せますから、いざとなれば自決すればいいだッ!・・・」
     バキッッ!!

 ゼロが言い終わる前に瞳に涙を浮かべたレナの拳がゼロの頬に炸裂した。

「あ~あ、ゼロ、お前はもう少し人の気持ちってのを学んだ方がいいぜ?」
「まったくだわ」

 ライズとイリーナが呆れ顔で目を回して倒れたゼロを見下ろした。

 時間が少し遡って、ゼロの移送が王都を出たころ、聖務院では3人の大司祭が目の前のテーブルに置かれた書類を前に頭を抱えていた。
 卓上に置かれていたのは各所からの抗議文だった。
 例えば
 風の都市の冒険者ギルドから王都のギルド本部を経由した抗議文
 「ゼロは潔白であり直ちに解放することを要求」
 風の都市の水道局からの抗議文
 「都市の水質向上の功労者を解放することを要求」
 風の都市のギルド提携商店からの抗議文
 「上得意の冒険者の解放を要求」
 エルフの森の2人の族長連名の抗議文
 「エルフの森の恩人の解放を要求。要求が通らなければ若いエルフが何をするか分からないとの脅しつき」
 魔導院からの督促
 「魔導研究の促進のためネクロマンサーの身柄を引き渡すことを要求」
である。
 ただ、これらは抗議だけであるから黙認しても大きな影響は無いと考えられていたし、ゼロを抹殺して時間が経てばいずれ収まるとも判断されていた。
 しかし、他の2通の文書が大司祭達が頭を抱える原因となっていた。

「これはまずいことになった。まさかドワーフまでもが」

 トルシア司祭が手にするのは風の都市を中心に組織されたドワーフ鍛冶組合の抗議文。
 その組合長はモース・グラントで組合員の多くは彼の弟子である。
 その内容はゼロの解放を求めていることに変わりはないが、その後に続く内容がより深刻だった。
 曰く
 「仮にゼロが解放されない、又はゼロが死亡した場合、組合所属の鍛冶師が作成して聖務院に納品している剣や槍、鎧について、今までは割安で納品していたものを適正価格にし、今後は一切の割引を行わない」
とのことであった。
 元々聖務院所属の聖騎士団や監察兵団、特務兵も含め、その装備品は国内の鍛冶師に注文して作成、購入していたが、その価格は通常価格よりも3割程値引きされた値段であった。
 大量注文と定期的な注文が約束されている上、聖務院への御布施の意味もありそのように取引されていた。
 そんな中でモースが代表を務める組合に対する注文は全体の4割を占めている。
 しかも、モースの組合が作る装備品は兵士達の評判がいい。
 その組合が割引を止めるとなると影響は大きい。

「まさかあのネクロマンサーがグラント師との繋がりがあったとは。グラント師の組合を敵に回すのはどうしても避けたい」
「それよりも、こちらの方が深刻だ!まさか、貴族までもが奴に肩入れするとは!」

 シーグル司祭が卓上に叩きつけた抗議文、その内容は抗議というよりも脅迫文だった。
 それは王政には関与しないが、その影響力は計り知れない大貴族、エルフォード家からの公式文書を使用しての脅しの文書だった。
 曰く
 「エルフォードの恩人たるゼロを害するならば今まで行っていた聖務院に対する寄付を一切取り止める」
との強烈な内容だった。
 エルフォード家は風の都市周辺に影響力を持つ3大貴族の1つである。
 王政には加わらない地方貴族であるが、類い希なる経済力を有し、経済面での各方面への影響力は大きい。
 当然聖務院への寄付の額も桁違いでありながらその運営には全く口出しをすることが無かったため、聖務院にとって非常に都合のよい貴族だ。

「エルフォード家からの寄付の割合はどの程度になる?」
「聖務院の全予算に占める割合は年間で6パーセントから8パーセントに及ぶ。それが打ち切られるとなるとまずい」

 トルシア司祭の問にイフエール司祭が台帳を確認しながら答えたが、そこにシーグル司祭が口を挟む。

「影響はそれだけではない。エルフォード家の影響下にあるものまで呼応すると更に増えるぞ。しかも、ドワーフの組合の件も加われば聖務院の運営が成り立たなくなるぞ」

 3人の大司祭もたかが1人のネクロマンサーを抹殺することがここまで影響するとは想像していなかった。
 内政に加わることもある聖務院は当然ながら王室からの予算配分もあるが、その額は現在の聖務院の全予算の4割程度である。
 当然配分された予算だけでは運営費用は賄えない。
 そのため不足分を捻出する必要があるが、宗教組織であるが故にその予算の大半を寄付や信徒からの御布施に頼っているため、経済的な攻撃に弱い一面があるのだ。
 そしてその問題以上に大司祭達が恐れていることがあった。

「しかし、エルフォードからの寄付の打ち切りやドワーフの組合の件が現実になれば」
「陛下の知るところになり、その責任は我々だけでは負いきれぬ。各教皇閣下にまで及びかねない」

 3人は決断を迫られた。

「これ以上は無理だ、特務兵への命令を解除すべきだ」
「「同意する」」

 こうしてゼロの抹殺命令は解除することが決定し、直ぐに伝令の特務兵が派遣されることとなり、待機状態だったヘルムントが選ばれたのである。
 加えてトルシア司祭が口を開く。

「伝令が間に合えばよいが、いずれにしても我々は責任を負う必要があるぞ。かのネクロマンサーに対して我々の退任と我々の私財から賠償を示して口を封じるしかあるまい」
「「仕方あるまい、同意する」」

 このようにしてゼロに対する不当な弾圧と抹殺指令が収束することになったのである。
 後日談であるが、交渉のためにゼロのもとに派遣された聖務院役人が示した条件についてゼロは全く興味を示さなかった。
 僅かな賠償金だけを受け取り、大司祭の罷免については

「興味ありません」

の一言だけで終わり、結局は3人の大司祭は留任することになった。
 因みにゼロは受け取った賠償金の殆どを使ってレナやライズ達他支援してくれた人達へのお礼に使うことになったのである。
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