職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

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特務兵との戦い1

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 レナは救出作戦の準備を整えた。
 普段どおりの濃い紫色のローブに魔術師の帽子、軽装の革鎧に革籠手をはめる。
 レイピアが仕込まれた杖を持つが、今回はショートソードは装備しない。
 更に救出したゼロが直ぐに戦闘に移れるようにゼロの剣を背負う。
 鎖鎌とナイフまでを持つと重くて自分の動きに支障が生じるため賢者に預けることにした。
 出所不明の怪情報によればゼロの移送は王都を出て北に向かうが、周囲に何もない開けた平原を突っ切ることになっている。
 北方の平原は街道を抜けた場所にある。
 また、王都からある程度離れていることから戦闘に陥った際にも聖務院の応援が駆けつけるまで時間もかかるうえ、周囲に人里もないことからも強力な魔法を行使するレナにしてみればうってつけの環境だ。
 それを見越しての怪情報なのだろう。
 レナが平原での戦いを避けるにしても、誘いに乗って平原で仕掛けるにしても相手にしてみれば全て想定の範囲なのであろうが、それはレナも分かっている。
 その上でレナはあえて戦いやすい平原で挑むことを選択した。
 とはいえ、ゼロの移送を捕捉する前に妨害者に先手を打たれては極めて不利になるため、聖務院の監視を振り切る必要がある。
 準備を終えたレナは夜陰に乗じて魔導院でも一部の者しか知らない経路で秘密裏に王都の外に出て北の平原に向かって走った。
 この時レナは何としてもゼロを救出するという決意に満ちており、その心は彼女が経験したことのない気持ちの高ぶりを感じていた。


 王都に住む人々が未だ活動を始める前の夜明け前、ゼロの移送が始まった。
 王都に連行した時のような周囲へのみせしめのための移送ではない。
 外部から遮断され、厳重に施錠された馬車に乗せられて聖務院の裏門から出発した。
 馬車を駆る御者の他には聖監察兵団の1個分隊4人のみを護衛に付けての移送である。
 都市の外壁門を出て北の街道を平原に向かって進む移送隊だが、その背後を追う人影が1つ、平原で待ち伏せしている筈のレナだった。
 平原で急襲してゼロを救出するという自分自身の決定すらも欺いての行動だ。
 平原に出る前の場所では聖務院の応援が駆けつけるまでの時間が短い。
 しかし、レナは聖務院の応援は来ないと睨んでいる。
 秘密裏にゼロを抹殺するためにはおおっぴらに部隊を投入することはないと賭けたのだ。

 移送隊が街道を進み、付近の民家が途切れた場所に到達する時を待ってレナは行動に移った。
 馬車の周囲に雷撃魔法を降らせると同時に移送隊の眼前に躍り出た。

「ゼロを解放しなさい!さもなくば次は魔法を直撃させます!」

 レナの魔力の高まりに合わせて彼女の周囲の空気が帯電する。
 本気で強力な魔法を放つ素振りだ。
 護衛に当たっていた聖監察兵団の兵士達がハルバートを構える。

「貴方達よりも私の魔法の方が早い。抵抗は止めなさい!」

 レナの気迫に兵士達は徐々に後ずさり、それぞれが王都に向かって駆け出した。
 それが欺瞞であることはレナも分かりきっている。
 走り去る兵士達には目もくれずにレナは馬車の御者席に座る男を見据えている。
 その男は御者席から降りて両手を上げた。

「抵抗はしない。命だけは助けてくれ」

 男の言葉を聞いてもレナは緊張を解かない。

「あからさまな演技は止めなさい。その上でもう一度警告します。馬車から離れなさい!」

 レナの警告に男は笑みを浮かべる。

「まあそうだろうな。しかし、流石だな、てっきり平原まで仕掛けてこないと思って相棒を平原に先行させてしまったよ。戻ってくるまで俺1人であんたの相手をしなければならんよ」
「ふん、そんなことに危機感を持っていないくせに。貴方1人でも対処できると思っているんでしょう」
「まあ、そういうことだ」

 男は剣を抜いた。

「その声は?止めなさい、直ぐにここから離れなさい。その男と戦ってはいけません!」

 2人の話す声を聞いたゼロが馬車の中から叫んだ。
 ゼロの声を聞いてレナは安堵の笑みを浮かべる。

「ゼロ!良かった。無事だったわね」
「いいから、逃げなさい!」

 その間に男は少しずつレナとの間合いを詰めようとする。
 レナも油断はしていない。
 即座に魔法を放つことが出来る魔力を維持して男に狙いを定める。

「相当な魔力だな。さて、剣と魔法、全く持って俺のほうが不利だな」

 そう話す男だが、その声は余裕に満ちており、男から発せられる殺気も尋常なものではない。
 レナの背筋に冷たい汗が流れる。

「さて、おっかない魔法を撃たれる前に、俺の方から行ってみるか」

 男が剣を構える。

「動くなっ!」

 レナの声を合図に男が一気に間合いを詰める。
 その勢いは人間離れした速度だ。
 レナは一撃必殺の魔法を止め、即座に小威力の火炎弾を乱れ撃って男の勢いを止めようとするが、男はヒラヒラと身を翻して攻撃を避けながらレナに切りかかってきた。
 レナはその剣戟を紙一重で避けて飛び退いた。

「ほう?避けたか。流石に1人で仕掛けてくるだけのことはあるな」
「本当に白々しい。本気でなかったくせに」
「まあな。一撃で決めてしまってはつまらないしな」

 再び間合いを取った2人は互いの隙を窺う。
 その時現場に新たな声が響きわたった。

「まったく、そんな女相手に何を遊んでいらっしゃるの?」

 その場に新たに現れたのは貴族の女性が着用するような優雅なドレス姿にサーベルを携えた女だった。

「チッ、その声は、想定よりも早い」

 レナは舌打ちする。
 その声は紛れもなく王都でレナに殺気をぶつけて牽制してきた者だ。

「貴女も貴女です。あれだけ警告したのに何故諦めませんの?ホント残念ですわ」

 レナの魔法をまるで警戒していない様子で近づいてくる女から漂う殺気に押されてレナは後ずさる。

「お初にお目にかかります、で宜しいですわね?イザベラ・リングルンドと申します。僅かな時間ですけどお見知り置きくださいませ」

 優雅な礼をしながら名乗ったイザベラと御者に扮していたアラン・グリジット、この2人が聖務院から命を受けた聖務院特務兵だった。

「さて、この女は私が引き受けます。その間にアランはネクロマンサーを始末して下さいな」

 そう言うとイザベラは前に出たが、アランは

「予定は変更だ。ネクロマンサーは後だ。その魔術師を確実に始末してからでいい。どうせ魔封じの枷をされているんだ、放っておいても構わん」

と話しながら剣を構えてレナの左方に回り込む。
 特務兵2人に囲まれたレナはジリジリと下がりながら次の手を模索するが、目の前の2人の殺気に圧倒されて打つ手を失っていた。

「まずは貴女が先。すぐに彼も後を追ってもらいますから寂しくはありませんわ。再会は天国でにしてください。・・・尤も、ネクロマンサーは天国には行けませんわね」

 コロコロと笑いながら無造作に近づいてくるイザベラにレナは恐怖を感じる。

「レディをいたぶるつもりはありませんの。変な抵抗はしないでくださいまし?」

 レナは窮地に陥った。
 自分の命を掛けてでもゼロだけは守る。
 レナが決意したその時

「止めなさい!その女性に手出しすることは許しません!」

声のトーンを落としたゼロの声が響いた。
 ゼロのその声の雰囲気にレナは聞き覚えがあった。
 都市防衛戦の時、初めてゼロの怒りを目の当たりにした時だ。
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