職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

文字の大きさ
上 下
28 / 196

エルフォードの亡霊4

しおりを挟む
 日付が変わる頃、エルフォード家の周囲には異様な空気が漂っていた。
 庭の警戒に当たっていたゼロはその空気を感じ取る。

「さて、招待状も無いのにお茶会に参加しようとする不作法者共、きっちりともてなしをさせてもらいますよ」

 ゼロが周囲を見渡すと猿の魔物である魔猿が20から30体、庭に侵入してきた。

「これだけですか、多少は手札を隠しているのでしょうが、所詮は下級悪魔ですね、ここは貴方達に任せますよ」

 ゼロは背後に控えるスケルトンウォリアーに指示を伝える。
 その場にいるのは目に傷があるスケルトンウォリアーとスケルトンが10体。
 残りは他の方面からの侵入に備えている。

「数は敵の方が多いですが、貴方達で十分対処できます。庭師の2人と共に奴等を食い止め、いや殲滅してください」

 スケルトンウォリアーは剣を抜いた。
 スケルトン隊の背後には庭師の2人が決死の表情で立っていた。
 庭師見習いの青年は剣を抜いているが、老人の方は草刈り用の大鎌を手にしている。

「ここはお願いします。私のアンデッドならば奴らに遅れを取ることは無いでしょうが、それでも突破してくる奴が居るかもしれません。決して油断されませんように」

 庭師の2人に声を掛けるとゼロは屋敷内に戻った。
 背後からは剣戟の音が聞こえ始めた。

 ゼロはエレナの寝室に向かった。
 室内にはメイドが16人の他にプレイトメイルを身に着けたマイルズが控えていた。

「ゼロ殿、先ほど知らせが参りまして、当家から衛士隊に派遣されている者5名が応援に駆け付けるそうです」
「それはありがたいですね。しかし、マイルズさん、その姿、流石に隙がありませんね」
「歳は取りましたが今でも鍛錬は欠かすことはありません」

 起きていたエレナも笑顔で答える。

「本当に懐かしいわね、騎士隊を率いていた頃から何にも変わっていない、凛々しい姿ね」

 マイルズはエレナの前に膝をついた。

「今宵はこの命を賭してエレナ様を守ってみせます」

 マイルズの宣言にエレナは首を振った。

「それはだめよ。今日天に召されるのは私だけ、貴方達の奮闘により勝利の喜びの中で旅立つのは私。貴方達ではないわ。貴方達はこれからもエルフォード家を支えてもらわなければいけません。皆も決して命を無駄にしてはいけませんよ」

 周りに居るメイド達は頷き合い、頭を垂れるマイルズの眼下の絨毯を彼の一滴の涙が濡らした。

 ゼロは寝室内の配置を決める。
 戦闘に参加できず、正直いって戦闘の邪魔にしかならないメイド達はエレナのベッドの周囲に立たせ、メイド長と主任メイドをエレナのベッドの上に座らせる。
 彼女達全員がいざとなれば自らの身を盾にしてでもエレナを守る覚悟だ。
 マイルズはベッドの直近に控え、ゼロは寝室の中央で待ち構える。

 外部の戦いの状況は伝令を担当する執事が逐一報告に走る。

「正面庭園の敵は殲滅しました。しかし、裏手などから少数の敵が屋敷内に侵入しております。応援に駆け付けた衛士がスケルトンと共に交戦中です。食堂にも敵が現れたとのことで私も食堂に向かいます!」

 報告を聞いたメイド達に動揺が走る。

「落ち着いてください!全て陽動です。奴の狙いはエレナさんだけです」

 ゼロは皆を落ち着かせる。
 やがて、屋敷内の魔物も掃討されつつある中でエレナの寝室に夢魔がその姿を現した。

 魔猿から変質したのだろうか、猿の頭に曲がりくねった角、背中には蝙蝠の翼を持っている。
 そんな奴が恐怖を駆り立てるような不気味な笑みを浮かべながらまるでサーベルのような長さの爪を鳴らしている。
 眷族が殲滅されつつ中でなお余裕がある様子だった。

 ゼロは剣を抜いた。
 背後ではマイルズも剣を構えている。

「さて、大詰めです。この部屋に立ち入ったからには二度と出ることは叶いませんよ」

 ゼロは先手を取って切りかかった。
 夢魔はゼロの斬撃を受け止めながら喉元に喰らいついてくる。
 ゼロは咄嗟に蹴り飛ばして距離を取り、夢魔が体勢を整える前に突きを繰り出すも飛び退かれて避けられた。

「流石は猿ですね、身軽なものです」

 互いに間合いを計りながら次の手を探る。
 ゼロの背後でマイルズが音も立てずに移動する気配がする。
 言葉を交わさずともゼロの援護に回ろうとしていることが分かる。
 次の瞬間、ゼロは袖口に隠し持っていたナイフを夢魔の顔面目掛けて投擲すると同時に夢魔の左方に回り込みながら足元から切り上げる。
 夢魔がゼロの投擲したナイフを叩き落とし、更に切っ先を躱わしながらゼロに切りかかろうとした刹那、夢魔の死角からマイルズが飛びかかり、その剣が夢魔を捕らえた。
 マイルズの一撃は夢魔の右腕を切り落とした。
 阿吽の呼吸の見事な連携であった。

ギャァッ!

 不気味な悲鳴を上げて転がった夢魔は逃げ出そうとして寝室の扉に向かって飛び退いたが、扉の前に現れた白い影、セレナの霊に弾き返された。
 ゼロとマイルズ、そしてセレナの霊に囲まれた夢魔は近くに飾られていた花瓶をゼロに向かって投げつけた。
 ゼロが花瓶を切り飛ばし、マイルズが思わず足を止めた隙を突かれ、夢魔が包囲をかいくぐってエレナのベッドに飛びかかった。

「しまった!」

 ゼロ達が止める暇もなくエレナを守ろうとしたメイドの1人が夢魔に捕らえられた。
 夢魔はメイドを抱え上げ、翼を広げて天井まで飛び上がる。
 捕まったメイドは苦悶の表情で涙を流した。

「皆さんは壁際に避難!壁際で耳を塞いで頭を下げて!マイルズさんとメイド長さんはエレナさんを死守してください!」

 ゼロの指示に従いベッドの周りにいたメイド達は壁際に駆け寄り耳を塞いでしゃがみ込んだ。
 メイド長はエレナを抱え込み、マイルズはベッドに飛び乗って剣を構える。
 ゼロも投げナイフを取り出して狙いを定めるが、夢魔はメイドを盾にして不敵に笑った。

「人質を取っても無駄です。彼女を解放しなさい!」

 ゼロは警告しながら投擲の隙を窺い、牽制しつつ夢魔をベッドの直上から離れさせる。
 夢魔は歯を剥き出して威嚇しながら捕らえたメイドの首を危険な程の力で締め上げた。
 捕らえられた黒い髪のメイドは声を上げることもできずに涙を流す。
 その様子を見たゼロはナイフを捨てた。

「これまでです」

 ゼロの声を合図にエレナ、マイルズ、メイド長も耳を塞ぎ、ゼロはニヤリと笑みを浮かべた。

「もう遠慮はなしです!やりなさい!」

 ゼロが宣言したその時、捕らえられたメイドが逆に夢魔の首にしがみついて泣き声を上げ始めた。

ぁぁああああぁぁあああ

 魂を凍りつかせる強烈な泣き声、バンシーの精神攻撃だった。
 事前にゼロが召喚したバンシーにメイドの制服を着させて紛れ込ませていたのである。
 精神攻撃を耳元でまともに食らった夢魔は暴れてバンシーを振りほどこうとするが、首に纏わりついたバンシーがそれを許さない。
 更にバンシーはゼロ距離で氷結魔法を放つ。
 精神攻撃に氷結魔法を食らってたまらずに落下した夢魔は待ち構えていたゼロに貫かれ、床に固定された。
 その間もバンシーは絡みついたまま氷結魔法を二重三重に重ね、夢魔を凍りつかせる。

「マイルズさん今です!」
「かたじけない!ゼロ殿!」

 ゼロの合図を待っていたマイルズは用意していた聖水を剣の刃に振りかけて夢魔に突き刺した。
 マイルズの一撃を受けた夢魔は断末魔の悲鳴を残して砕け散った。

 夢魔は消滅して勝負はついた。
 残されていた夢魔の右腕をバンシーが拾い上げる。
 殆ど魔力も残っていない残骸で、放っておいても害が無いほどだ。

「欲しければ貴女にあげますよ。力の足しになるでしょう」

 ゼロの許しを得たバンシーは嬉しそうに微笑むと夢魔の腕を抱えたままメイドの制服だけを残して姿を消した。

 完全なる勝利である。
 しかし、エレナの寝室には喜びの声は無く、ただ静寂に包まれていた。
 これからの数時間はエレナの命が尽きるのを待つ時間である。

 そんな静寂の中、エレナの前に白い影が降り立った。
 それに気付いたゼロが影に向かって魔力を送ると徐々にセレナの輪郭が現れた。
 セレナは優しい微笑みを浮かべていた。

「姉様・・・私を守ってくれていたのね」

 姉妹の再会を目の当たりにしたメイド達は静かに寝室から退出する。
 続いてゼロも退出し、最後にマイルズが2人に一礼して寝室を出た。
 寝室には姉妹2人きりになった。
 2人は言葉を交わすことは出来ないが、目を合わせただけで失われた数十年の時を取り戻すことができた。
 長いのか、短いのか分からない時間が流れたが、やがてエレナの意識が薄れてくる。

「姉様、姉様・・・もう少しでまた一緒に・・・」

 意識が混濁したエレナの額にセレナが手を翳す。
 2人の間に優しい光が灯り、2人を包んだ。
 その光が消えた時、ベッドの上には静かに眠るエレナが横たわっていた。
 セレナはその姿を消す前に枕元にあった呼び鈴を一度だけ鳴らした。

・・リンッ・・

 寝室の外に控えていたマイルズとメイド長は呼び鈴の音を聞き、一礼して寝室に立ち入った。
 ベッド上には静かに眠るエレナ、セレナの姿は既になかった。
 マイルズとメイド長はセレナが居た筈の空間に向かって深々と頭を下げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

処理中です...