21 / 196
戦いの終わり
しおりを挟む
一瞬にして阻止線は構築された。
大きな盾を持ったスケルトンが横一線に並び防御壁となり、さらに一斉に前進して敵の集団に襲いかかった。
盾の上を飛び越えようとする敵は着地点に構えるスケルトンの槍兵によって串刺しにされる。
突然の猛攻に即座に対応出来なかったコボルドと人狼は一気に押し戻された。
その混乱の最中、女性冒険者を陵辱することに夢中になっていた魔物が逃げ遅れてスケルトンに滅多刺しにされ、襲われていた冒険者はスケルトンの盾の内側に引きずり込まれた。
「敵が崩れた!今だ、捕まっていた者を救い出せ」
重戦士の合図で冒険者達が飛び出し、4人の冒険者が救出された。
4人とも、怪我は酷いが命に係わる程ではない。
精神的なダメージから回復するか否かは彼女達自身によるだろう。
「残りはコボルドが28、人狼が5」
ゆっくりと歩み寄るゼロは魔物の群れを観察した。
「ゼロさんっ!来てくれましたね」
シーナが駆け寄る。
「彼が頑張ってくれました。あと、馬も」
ゼロの背後ではゼロを連れてきたギルド職員が馬の上から転げ落ちている。
相当無理をしたようだ。
「さて、相手を押し戻してみたものの、まだまだ厳しい状況ですね」
コボルドだけなら残りの冒険者とゼロのアンデッドでどうとでもなるが、人狼が居るとなると話は別だ。
人狼5体だけでもゼロのスケルトンは瞬く間に殲滅されてしまうだろう。
スケルトンウォリアーでも歯が立たない。
それでも膠着状態になっているのは魔物達にまだ余裕があるからだろう。
隊列の後方に人間の姿の男が立っている。
厚い筋肉に包まれた肉体で余裕の笑みを浮かべながらことの成り行きを眺めている。
「指揮官は彼奴ですか。少し、気に入りませんね。獲物を何時でも仕留められるからといたぶるような行為は」
シーナとレナはゼロの声が一段低くなっていることに気が付いた。
(ゼロさん?)
(もしかして、怒っている?)
ゼロは歩みを止めず、スケルトンの防壁までたどり着く。
その時、ゼロが指揮官と見た男が歩み出てきた。
「クククッ。おいおい、折角兵達の士気高揚をしていたのに、邪魔をするんじゃねぇよ。虫けらが」
人狼の指揮官は冒険者やスケルトンなど眼中に無い様子で余裕を見せてスケルトンの阻止線の前に立つ。
「まあ、今更テメェが来たところで何も変わらねえよ。兵達にくれてやる食料やおもちゃが少し増えただけだ。まあ、新しいおもちゃを2人も連れてきてくれたんだ、特別にテメェの目の前で2人をいたぶってやるよ。せめてもの褒・・」
「・・・れ。犬っころ」
ゼロが人狼の言葉を遮り、それを聞いた人狼の笑みが消えた。
「あっ?何か言ったか?」
「黙れって言ったんですよ。犬っころ」
「何だと?人間の虫けら風情がナメた口を叩くじゃねぇか。魔王軍で無敵を誇ったこの俺様相手によ」
「虫けらと蔑む人間の真似をしている貴様が何を吠える?魔王に尻尾を振って飼い慣らされていただけでしょう。しかも大戦時には尻尾巻いて逃げ回って、今は野良犬に成り下がりましたか?」
人狼の指揮官は怒りに震えながら狼に姿を変えた。
「よほど死にたいらしいな!だったら貴様は俺が殺してやる。俺の爪と牙で引き裂いてやる。楽には死なせないぞ」
「だから、うるせぇっ!て言っているんですよ。キャンキャンキャンキャン耳障りなんですよ」
ゼロも剣を抜いて歩みを進める。
「ゼロ、待って下さい。貴方1人では・・」
ゼロを止めようとしたレナはゼロの表情を見て息を飲んだ。
(何?この恐怖感は)
ゼロは無表情であった。
視線を真っ直ぐに人狼に向けているだけ。
その口調からゼロが怒っているのは感じられる。
そうでありながら、怒りを表情に露わにしているわけでも、人狼を睨みつけるわけでもなく、ただ人狼を見ているだけ。
しかし、まるで全てを飲み込む闇のような気配を纏っている。
怒りの矛先が向けられているわけでもない筈のレナは冷や水を浴びせられたような寒気と恐怖を感じた。
「レナさん、彼奴は私が倒します。他の奴等は焼き払ってもらって結構ですのでお任せしますよ」
ゼロと人狼は真正面で対峙した。
人狼は牙を剥き、長い爪を翳してゼロを威嚇する。
「さあ、どこから引き裂いてやろうか?右腕か、それと・・グワッ!」
未だに余裕を見せていた人狼が顔面から血飛沫を吹いてのけぞった。
周りで見ていた者どころか当の人狼ですら意表を突く勢いでゼロの剣が走り、人狼の鼻先を横一線に切り裂いた。
「いつまでごちゃごちゃ言っているんですか?まさか弱い犬程よく吠えるっていうのを実践しているわけじゃないでしょうね?」
不意の一撃により激昂した人狼がゼロに飛びかかる。
ゼロの剣と人狼の牙と爪が激しく切り結んで火花を散らす。
ゼロの剣戟を人狼が躱わし、人狼の攻撃をゼロが往なす。
人狼の牙を掻い潜りゼロが足払いを繰り出せば、人狼が跳躍しながらゼロの頭上から食らいつき、それをゼロは転がりながら避ける。
一旦は距離を取るも双方が即座に次の一撃を繰り出すべく間合いを詰め、人狼の爪がゼロの肩口を切り裂き、ゼロの光熱魔法が人狼の足を貫いた。
それでもお互いに攻撃の手を緩めず、真正面からのぶつかり合いを繰り返す。
「ゼロ・・・」
背後に控えるレナは即座に援護が出来るように魔力を高めるが、2人の戦いに圧倒された冒険者と魔物の双方が動けずにことの成り行きを見守っていた。
そんな中、一瞬の隙を突いて人狼の爪がゼロを捉えた。
ゼロは剣を弾かれ、その身体は吹き飛ばされるも、即座に体勢を立て直して立ち上がる。
人狼の爪に切り裂かれたゼロの顔面からは夥しい量の血が流れていた。
「ゼロさん!」
シーナが思わず声を上げたが、ゼロはそれに応えることなく腰から鎖鎌を取り出し、右手で分銅を回し始めた。
鎖の先にある2つの分銅が不気味な風切り音を上げる。
人狼は僅かに後退して分銅の間合いから外れた。
「そんな得物で俺に対抗できると思っているのか?」
人狼はゼロが分銅を投擲するタイミングを狙ってゼロの間合いに飛び込んで一気に勝負をつけるつもりだった。
そのために鎖鎌の分銅の間合いを計り、ゼロの方から間合いに踏み込んで来るのを待つ、筈だった。
しかし、ゼロは間合いを詰めることなく分銅を投擲した。
予想外のことにほんの一瞬、反応が遅れたことが人狼の運の尽きであり、油断だった。
ゼロが投擲したのは鎖鎌の分銅ではなく、鎖鎌に連結しているように見せかけた投擲武器のボーラだったのである。
これがゼロの鎖鎌の細工だった。
鎖鎌の分銅の先にボーラを連結し、相手に誤認させてボーラを投げつける。
決して正々堂々な戦いではないが、そんなことはゼロは気にしない。
ボーラを避けられなかった人狼は2つの鉄球が繋がれた鎖に絡み取られ、動きを止めた。
その瞬間を狙いすましたゼロは人狼の間合いに飛び込み、その脳天を目掛けて鎖鎌のスパイクを叩きつけた。
「ギャンッ!」
頭部を叩き割られた人狼は悲鳴を上げながら仰け反り、その喉元にゼロが鎌を叩き込む。
これが決着の一撃だった。
頭を割られ、喉元深く鎌を食い込ませた人狼はそのまま倒れ込み、数度の痙攣を経て力尽きた。
人狼を倒したゼロは鎖鎌を手放し、落ちていた自らの剣を拾うと魔物の群れを見た。
「さて、貴方達の指揮官は死にました。次は貴方達の番ですよ。一匹たりとも見逃しませんよ」
ゼロの気迫にコボルド達は戦意を喪失したが、残された4体の人狼は牙を剥いてゼロを取り囲む。
「さあ、誰からですか?あまり時間は掛けられませんからね」
ゼロは剣を構えるが、顔面と肩口からの出血は危険な程の量に達していた。
「そこまでですっ、ゼロ!後は私達が!」
「そうだっ、後は俺達に任せろ!」
レナと冒険者達が飛び出してきて人狼に襲いかかった。
レナの火炎魔法が人狼を炎で包み、他の人狼にはそれぞれ複数の冒険者が立ち向かう。
そんな中でゼロは最後の気力を振り絞り、アンデッド達にコボルドの殲滅を指示する。
周囲は冒険者、アンデッド、人狼、コボルドが入り乱れた乱戦となった。
しかし、指揮官を失った魔物の群は統率を欠き、劣勢に陥り、程なくして殲滅された。
魔物の群れが殲滅され、生き残った冒険者達が勝利の雄叫びを上げる中、ゼロはその場から離れて倒れ込んだ。
「ゼロ!しっかりしてください!」
倒れ込むゼロをレナが受け止めた。
ゼロは荒い息で口を開いた。
「危なかったですが、なんとか勝てましたよ」
ゼロの体力と気力は限界に達し、召喚していたアンデッド達も姿を消していたが、ギリギリのところで意識だけは保っていた。
「ゼロさん、出血が酷いです。動かないで」
セイラと他の聖職者がゼロに回復の祈りを捧げるも、案の定ゼロの身体は祈りを弾いてしまう。
「ああ、すみません。相変わらず私に祈りは効かないんですよ。困ったものですね」
自虐的に笑いながらゼロは自分の手持ちの傷薬を取り出すが、手に力が入らずに取り落としてしまう。
慌ててシーナが拾い上げ、封を切って薬をゼロの傷口に振り掛けた。
「大丈夫です。自分のことは自分で分かりますが、とりあえず死にはしないでしょう」
そう言ってゼロは立ち上がった。
「さて、戦いは終わりましたが、やることは残っていますよ。犠牲者と魔物の遺体の処理と負傷者の後送。他に北の戦いの状況確認ですか」
ゼロは周囲を見回す。
「それは大丈夫だ、後のことは俺達に任せてくれ。犠牲者の遺体は収容するし、怪我人の面倒も俺達が見る。元々は俺達が不甲斐なかったことが原因だ。あんたは休んでいてくれ」
重戦士が冒険者を代表して言った。
それを聞いたシーナやレナも同意する。
「そうですよ。それに北方は大丈夫です。先程勝利の烽火が上がりました。向こうも無事に終わったようです」
「コボルドの死体は私が焼却して全て灰にします」
それを聞いたゼロは
「分かりました。それでは皆さんにお任せします」
と話し、離れた場所に移動して座り込んだ。
「少し休ませてもらいます」
戦いは終わったが、冒険者達が為すべきことはまだ残されていた。
犠牲者の収容、魔物の死体の処理、遺品や戦利品の回収と、皆が手分けして戦いの後始末を進める中、誰も気付かない間に休んでいた筈のゼロが姿を消していた。
ただそこには東に向かう血痕だけが点々と残されていた。
大きな盾を持ったスケルトンが横一線に並び防御壁となり、さらに一斉に前進して敵の集団に襲いかかった。
盾の上を飛び越えようとする敵は着地点に構えるスケルトンの槍兵によって串刺しにされる。
突然の猛攻に即座に対応出来なかったコボルドと人狼は一気に押し戻された。
その混乱の最中、女性冒険者を陵辱することに夢中になっていた魔物が逃げ遅れてスケルトンに滅多刺しにされ、襲われていた冒険者はスケルトンの盾の内側に引きずり込まれた。
「敵が崩れた!今だ、捕まっていた者を救い出せ」
重戦士の合図で冒険者達が飛び出し、4人の冒険者が救出された。
4人とも、怪我は酷いが命に係わる程ではない。
精神的なダメージから回復するか否かは彼女達自身によるだろう。
「残りはコボルドが28、人狼が5」
ゆっくりと歩み寄るゼロは魔物の群れを観察した。
「ゼロさんっ!来てくれましたね」
シーナが駆け寄る。
「彼が頑張ってくれました。あと、馬も」
ゼロの背後ではゼロを連れてきたギルド職員が馬の上から転げ落ちている。
相当無理をしたようだ。
「さて、相手を押し戻してみたものの、まだまだ厳しい状況ですね」
コボルドだけなら残りの冒険者とゼロのアンデッドでどうとでもなるが、人狼が居るとなると話は別だ。
人狼5体だけでもゼロのスケルトンは瞬く間に殲滅されてしまうだろう。
スケルトンウォリアーでも歯が立たない。
それでも膠着状態になっているのは魔物達にまだ余裕があるからだろう。
隊列の後方に人間の姿の男が立っている。
厚い筋肉に包まれた肉体で余裕の笑みを浮かべながらことの成り行きを眺めている。
「指揮官は彼奴ですか。少し、気に入りませんね。獲物を何時でも仕留められるからといたぶるような行為は」
シーナとレナはゼロの声が一段低くなっていることに気が付いた。
(ゼロさん?)
(もしかして、怒っている?)
ゼロは歩みを止めず、スケルトンの防壁までたどり着く。
その時、ゼロが指揮官と見た男が歩み出てきた。
「クククッ。おいおい、折角兵達の士気高揚をしていたのに、邪魔をするんじゃねぇよ。虫けらが」
人狼の指揮官は冒険者やスケルトンなど眼中に無い様子で余裕を見せてスケルトンの阻止線の前に立つ。
「まあ、今更テメェが来たところで何も変わらねえよ。兵達にくれてやる食料やおもちゃが少し増えただけだ。まあ、新しいおもちゃを2人も連れてきてくれたんだ、特別にテメェの目の前で2人をいたぶってやるよ。せめてもの褒・・」
「・・・れ。犬っころ」
ゼロが人狼の言葉を遮り、それを聞いた人狼の笑みが消えた。
「あっ?何か言ったか?」
「黙れって言ったんですよ。犬っころ」
「何だと?人間の虫けら風情がナメた口を叩くじゃねぇか。魔王軍で無敵を誇ったこの俺様相手によ」
「虫けらと蔑む人間の真似をしている貴様が何を吠える?魔王に尻尾を振って飼い慣らされていただけでしょう。しかも大戦時には尻尾巻いて逃げ回って、今は野良犬に成り下がりましたか?」
人狼の指揮官は怒りに震えながら狼に姿を変えた。
「よほど死にたいらしいな!だったら貴様は俺が殺してやる。俺の爪と牙で引き裂いてやる。楽には死なせないぞ」
「だから、うるせぇっ!て言っているんですよ。キャンキャンキャンキャン耳障りなんですよ」
ゼロも剣を抜いて歩みを進める。
「ゼロ、待って下さい。貴方1人では・・」
ゼロを止めようとしたレナはゼロの表情を見て息を飲んだ。
(何?この恐怖感は)
ゼロは無表情であった。
視線を真っ直ぐに人狼に向けているだけ。
その口調からゼロが怒っているのは感じられる。
そうでありながら、怒りを表情に露わにしているわけでも、人狼を睨みつけるわけでもなく、ただ人狼を見ているだけ。
しかし、まるで全てを飲み込む闇のような気配を纏っている。
怒りの矛先が向けられているわけでもない筈のレナは冷や水を浴びせられたような寒気と恐怖を感じた。
「レナさん、彼奴は私が倒します。他の奴等は焼き払ってもらって結構ですのでお任せしますよ」
ゼロと人狼は真正面で対峙した。
人狼は牙を剥き、長い爪を翳してゼロを威嚇する。
「さあ、どこから引き裂いてやろうか?右腕か、それと・・グワッ!」
未だに余裕を見せていた人狼が顔面から血飛沫を吹いてのけぞった。
周りで見ていた者どころか当の人狼ですら意表を突く勢いでゼロの剣が走り、人狼の鼻先を横一線に切り裂いた。
「いつまでごちゃごちゃ言っているんですか?まさか弱い犬程よく吠えるっていうのを実践しているわけじゃないでしょうね?」
不意の一撃により激昂した人狼がゼロに飛びかかる。
ゼロの剣と人狼の牙と爪が激しく切り結んで火花を散らす。
ゼロの剣戟を人狼が躱わし、人狼の攻撃をゼロが往なす。
人狼の牙を掻い潜りゼロが足払いを繰り出せば、人狼が跳躍しながらゼロの頭上から食らいつき、それをゼロは転がりながら避ける。
一旦は距離を取るも双方が即座に次の一撃を繰り出すべく間合いを詰め、人狼の爪がゼロの肩口を切り裂き、ゼロの光熱魔法が人狼の足を貫いた。
それでもお互いに攻撃の手を緩めず、真正面からのぶつかり合いを繰り返す。
「ゼロ・・・」
背後に控えるレナは即座に援護が出来るように魔力を高めるが、2人の戦いに圧倒された冒険者と魔物の双方が動けずにことの成り行きを見守っていた。
そんな中、一瞬の隙を突いて人狼の爪がゼロを捉えた。
ゼロは剣を弾かれ、その身体は吹き飛ばされるも、即座に体勢を立て直して立ち上がる。
人狼の爪に切り裂かれたゼロの顔面からは夥しい量の血が流れていた。
「ゼロさん!」
シーナが思わず声を上げたが、ゼロはそれに応えることなく腰から鎖鎌を取り出し、右手で分銅を回し始めた。
鎖の先にある2つの分銅が不気味な風切り音を上げる。
人狼は僅かに後退して分銅の間合いから外れた。
「そんな得物で俺に対抗できると思っているのか?」
人狼はゼロが分銅を投擲するタイミングを狙ってゼロの間合いに飛び込んで一気に勝負をつけるつもりだった。
そのために鎖鎌の分銅の間合いを計り、ゼロの方から間合いに踏み込んで来るのを待つ、筈だった。
しかし、ゼロは間合いを詰めることなく分銅を投擲した。
予想外のことにほんの一瞬、反応が遅れたことが人狼の運の尽きであり、油断だった。
ゼロが投擲したのは鎖鎌の分銅ではなく、鎖鎌に連結しているように見せかけた投擲武器のボーラだったのである。
これがゼロの鎖鎌の細工だった。
鎖鎌の分銅の先にボーラを連結し、相手に誤認させてボーラを投げつける。
決して正々堂々な戦いではないが、そんなことはゼロは気にしない。
ボーラを避けられなかった人狼は2つの鉄球が繋がれた鎖に絡み取られ、動きを止めた。
その瞬間を狙いすましたゼロは人狼の間合いに飛び込み、その脳天を目掛けて鎖鎌のスパイクを叩きつけた。
「ギャンッ!」
頭部を叩き割られた人狼は悲鳴を上げながら仰け反り、その喉元にゼロが鎌を叩き込む。
これが決着の一撃だった。
頭を割られ、喉元深く鎌を食い込ませた人狼はそのまま倒れ込み、数度の痙攣を経て力尽きた。
人狼を倒したゼロは鎖鎌を手放し、落ちていた自らの剣を拾うと魔物の群れを見た。
「さて、貴方達の指揮官は死にました。次は貴方達の番ですよ。一匹たりとも見逃しませんよ」
ゼロの気迫にコボルド達は戦意を喪失したが、残された4体の人狼は牙を剥いてゼロを取り囲む。
「さあ、誰からですか?あまり時間は掛けられませんからね」
ゼロは剣を構えるが、顔面と肩口からの出血は危険な程の量に達していた。
「そこまでですっ、ゼロ!後は私達が!」
「そうだっ、後は俺達に任せろ!」
レナと冒険者達が飛び出してきて人狼に襲いかかった。
レナの火炎魔法が人狼を炎で包み、他の人狼にはそれぞれ複数の冒険者が立ち向かう。
そんな中でゼロは最後の気力を振り絞り、アンデッド達にコボルドの殲滅を指示する。
周囲は冒険者、アンデッド、人狼、コボルドが入り乱れた乱戦となった。
しかし、指揮官を失った魔物の群は統率を欠き、劣勢に陥り、程なくして殲滅された。
魔物の群れが殲滅され、生き残った冒険者達が勝利の雄叫びを上げる中、ゼロはその場から離れて倒れ込んだ。
「ゼロ!しっかりしてください!」
倒れ込むゼロをレナが受け止めた。
ゼロは荒い息で口を開いた。
「危なかったですが、なんとか勝てましたよ」
ゼロの体力と気力は限界に達し、召喚していたアンデッド達も姿を消していたが、ギリギリのところで意識だけは保っていた。
「ゼロさん、出血が酷いです。動かないで」
セイラと他の聖職者がゼロに回復の祈りを捧げるも、案の定ゼロの身体は祈りを弾いてしまう。
「ああ、すみません。相変わらず私に祈りは効かないんですよ。困ったものですね」
自虐的に笑いながらゼロは自分の手持ちの傷薬を取り出すが、手に力が入らずに取り落としてしまう。
慌ててシーナが拾い上げ、封を切って薬をゼロの傷口に振り掛けた。
「大丈夫です。自分のことは自分で分かりますが、とりあえず死にはしないでしょう」
そう言ってゼロは立ち上がった。
「さて、戦いは終わりましたが、やることは残っていますよ。犠牲者と魔物の遺体の処理と負傷者の後送。他に北の戦いの状況確認ですか」
ゼロは周囲を見回す。
「それは大丈夫だ、後のことは俺達に任せてくれ。犠牲者の遺体は収容するし、怪我人の面倒も俺達が見る。元々は俺達が不甲斐なかったことが原因だ。あんたは休んでいてくれ」
重戦士が冒険者を代表して言った。
それを聞いたシーナやレナも同意する。
「そうですよ。それに北方は大丈夫です。先程勝利の烽火が上がりました。向こうも無事に終わったようです」
「コボルドの死体は私が焼却して全て灰にします」
それを聞いたゼロは
「分かりました。それでは皆さんにお任せします」
と話し、離れた場所に移動して座り込んだ。
「少し休ませてもらいます」
戦いは終わったが、冒険者達が為すべきことはまだ残されていた。
犠牲者の収容、魔物の死体の処理、遺品や戦利品の回収と、皆が手分けして戦いの後始末を進める中、誰も気付かない間に休んでいた筈のゼロが姿を消していた。
ただそこには東に向かう血痕だけが点々と残されていた。
0
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる