職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉

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時の流れ

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 ゼロが風の都市に来て5年の月日が流れた。
 変わったことといえば、ゼロが紫等級になったこと、ネクロマンサーとしての能力が上がり、一度に50体程度の下級アンデッドを召喚できるようになったことだった。
 因みに、上位種のアンデッドだと1体から5体が限界である。
 それ以外に変わりは無く、相変わらず単独で余りものの依頼をこなしていた。
 彼の周りに人が集まらないのも相変わらずであった。
 以前に一度だけパーティーを組んだライズとイリーナは銅等級に上がり、王都に拠点を移して行った。
 同じようにパーティーを組んだセイラとアイリアは今では茶等級で、他の若者達とパーティーを組んだことにより、彼女達の気持ちはともかく、ゼロに近づき辛くなり、ギルドで会った時に挨拶する程度で接触することは殆どなかった。

 今日もゼロは単独で依頼をこなしていた。
 森の中に住み着いたトロルの討伐依頼だったが、力の強い巨人型の魔物であるトロルは通常であれば高額の報酬が見込めるので依頼が残ることはないのだが、今回の討伐依頼は貧しい村からの依頼だったため、報酬が安く、危険に見合うだけのものではないため、ゼロ以外に引き受ける者がいなかったのである。

「スケルトンウォリアーは左右から牽制。バンシーは正面から魔法で目を狙いなさい」

 ゼロは2体のスケルトンウォリアーと1体のバンシーを召喚していた。
 スケルトンウォリアーは1体は剣を持つ右目に傷のある、いつもの個体で、もう1体は槍を構えていた。
 バンシーは長い黒髪に緑色のドレスを着た女性のアンデッドで、水や氷の魔法や精神攻撃が可能な魔力特化のアンデッドだった。
 バンシーの放った氷弾魔法を目に受けて、大きな棍棒を振り回して暴れるトロルの隙を突いてスケルトンウォリアーが足の腱を攻撃する。
 バランスを崩したところにゼロが正面から切りかかりトロルのダメージを蓄積する。

「そろそろ終わりにしますか。バンシーは精神攻撃を」

 ゼロの合図にバンシーが精神攻撃を始めた。

・・・ぁぁぁああ

 バンシーの泣き声に魔力を乗せた精神攻撃にトロルが頭を抱え込んで膝をついた。

「流石。如何に鈍いトロルと云えど体力で弱った時はバンシーの泣き声には耐えられないようですね」

 膝をついて苦しむトロルにスケルトンウォリアーが躍り掛かり、引きずり倒す。
 倒れたトロルの喉元にゼロが剣を突き立てる。

 グオォ・ゴブッゴボ・・

 トロルは自らの血に溺れながら息絶えた。

「終わりですね」

 血脂を払いながら剣を鞘に納めたゼロは背後に控えるアンデッドを振り返った。

「お疲れ様でした。戻れ」

 ゼロの言葉にスケルトンウォリアーは膝をついて姿を消し、バンシーは涙を流しながらも微笑むとドレスの裾を摘まんで軽く膝を折る、所謂カーテシーで優雅に礼をして姿を消した。
 アンデッドを見送ったゼロは空を見上げた後に自らの手を見た。

「5年が経ちましたか。でも、まだまだですね」

 ゼロは紫等級になり、使役できるアンデッドもスケルトンやレイス等の低級アンデッドからスケルトンウォリアーやバンシー、スペクター等の上位種まで幅が広がった。
 ゼロは冒険者としては中級の中でも上位にまでのし上がっていた。
 実際に風の都市の冒険者ギルドでパーティーを組まない、所謂ソロの冒険者で紫等級以上なのはゼロだけである。
 しかし、ネクロマンサーとしてはまだ道半ばであり、ゼロ自身もそのことを自覚していた。

「自ら選んだ道とはいえ、先は長そうです」

 夕日を背負いながらゼロは風の都市への帰路へとついた。


 翌朝、依頼達成の報告にギルドに現れたゼロを待っていたのは職員として経験を積み、今では後輩の育成にも当たっているシーナであった。

「ゼロさん、お話しがあります」

 彼女は更に磨きがかかった得意の営業スマイルで有無を言わさずゼロを応接室へと誘い込んだ。

「お話しとはなんですか?何時もの件ならばお断りしたはずです」

 実はゼロがシーナに応接室に連れ込まれるのは最近ではよくあることだった。

「でも、ゼロさんも紫等級になって3年が経ちます。本来ならばあと数年は等級は上がらないでしょうが、ゼロさんの実績と貢献度ならば何時昇級しても不思議ではありません。だから、今の内に登録職を変更しませんか?ゼロさんならば剣士でも、魔術師でも、それこそ魔法剣士でも通用しますよ」
「お断りします」
「そんな、でも、ゼロさんにも利点が沢山あるんですよ?」

 何時もの会話であるが、ここ最近、シーナはことあるごとにゼロに転職を薦めてくる。
 それには理由があった。
 現在のゼロは中級上位の紫等級、その上は冒険者として上級になるのだが、今のままだとゼロは黒等級になる。
 ネクロマンサーや呪術師、シーフ等はその職種故に銅等級にはならず、黒等級になり、それ以上の昇級は無くなる。
 銅等級になれば、その上の銀や金、白金への道が開けるのである。

「ゼロさん程の実力ならば金や白金を目指せるんですよ?今は国中でも10人もいない英雄や勇者になれるんですよ?これは凄く名誉なことなんですよ?」
「ありがたいのですが、私は英雄や勇者になろうとして冒険者になったわけではありません。死霊術師としての道を全うすることが私の誇りです。それに、私と共に戦ってきた彼等と決別するつもりはありません。私の人生は常に彼等とともにあるんですよ」
「でも・・・ゼロさんが誇りを持っていることは分かります。分かっているつもりです。ゼロさんがここに来てから5年、職員としてゼロさんの仕事ぶりはしっかりと見てきました。ならばこそ、ゼロさんの行く末を見てみたいのです」

 シーナの言葉にゼロは寂しそうな笑みを浮かべた。

「死霊術師の行く末ですか?シーナさんはリッチと言うのを聞いたことがありますか?」
「リッチ?アンデッドを従える最高位のアンデッドですよね?聞いたことはあります」
「そう、アンデッドを従えるアンデッドです」

 シーナは息を飲んだ。

「まさかっ、それって」
「そうです。死霊の気を纏った私達死霊術師は死してなお解放されることはありません。死者を使役するという死霊術師がその所業の報いを受けたなれの果てがリッチなんですよ」
「ならば、何故?」
「私はこれ以外に進む道を知りません。まあ、アンデッドになってしまったら人間に迷惑をかけないように消滅するまでの間をひっそりと暮らしますよ」

 そう話すとゼロは応接室から出て行った。

「ゼロさんを説得するのは無理ですね。・・・でも、みんなのために頑張っているゼロさんのそんな未来は悲しすぎませんか?」

 シーナはゼロが出て行った後の扉に向かって呟いた。

 ゼロが応接室を出ると丁度新しい依頼の張り出しの時間だったらしくギルド内は賑わっていた。
 ゼロはギルドの端にある椅子に移動して待つことにした。
 賑わう冒険者の中にセイラとアイリアの姿があった。
 他に若い剣士の青年、魔術師だろうか、ローブを纏った女性が一緒にいる。
 剣士、魔術師、レンジャー、神官というバランスの良いパーティーだった。
 ギルドの端に座るゼロの姿に気が付いたセイラがゼロに歩み寄ろうとするが、それを剣士の若者に阻まれていた。
 その後ろではアイリアが魔術師に何かを話しているが、魔術師は首を横に振るだけだった。
 ゼロは肩を竦めてセイラとアイリアに向かって軽い笑みを送った。
 折角のパーティーにゼロのことで揉め事の種を蒔くわけにはいかなかった。
 結局、この日のゼロは残されていた地下水道の魔鼠退治を受けた。
 通常であれば紫等級の冒険者が受けるような依頼ではないが、新人冒険者ですら面倒臭がって残ってしまうことが多々あり、それをゼロが消化しているのだ。
 紫等級でありながらこのような依頼をこなしていることも他の一部の冒険者から

「楽な依頼で点数稼ぎをしている」

と陰口を叩かれる要因になっていた。
 尤も、ゼロは全く気にしていなかった。
 実はゼロもこの手の依頼はアンデッドに任せて自分は一度に複数のアンデッドを使役する訓練に利用していたのだった。

「自分の修行をして小銭稼ぎが出来る。割のいいものですね」

 2体のスケルトンウォリアーにそれぞれ10体のスケルトンを指揮させる、アンデッドによる部隊運用を試みながらゼロは苦笑した。

 全ての者に等しく時は流れ、そして風の都市に厄災の時が近づいていた。
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