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鍛冶師のモース
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鍛冶屋のモース・グラントは年老いたドワーフだった。
その生涯を炎と鎚に捧げた生粋の鍛冶師である。
そんな彼も齢を重ね、体力も落ちた。
数多くいた弟子達も立派に独り立ちし、その多くが各地で名工として名を馳せている。
残された余生を1人の鍛冶師として生きようと、風の都市の裏路地でひっそりと鍛冶屋を営んでいた。
都市には彼の弟子を含めて腕の良い鍛冶師がいるため、彼の店を訪れるのは古い馴染み客か、ギルドの紹介を受けた客だけ。
気ままな生活を営んでいた。
今日もそろそろ店じまいを考えていた頃、その男が店に現れた。
「すみません、剣を見せてもらいたいのですが」
黒いローブ姿のその者は素人が一見すれば魔術師と見間違うだろう。
当然ながらモースはそうは見ない。
「どうなさった?お若いの。こんな老いぼれの鍛冶場に来なくとも、鍛冶屋ならば他にいくらでもあろうに」
「私は冒険者のゼロといいます。ギルドからの紹介で来ました」
ゼロと名乗った若者はそう言うと、紹介状を差し出すと共に自らの認識票をモースに見せた。
紹介状にはギルド長の名で「信頼のおける冒険者である」旨が記されていた。
「ネクロマンサー?死霊術師が剣を振るうのかね?」
「死霊と共に戦うといっても、乱戦ともなれば当然に前線に立つこともありますし、自らの身を守れないようでは生き残れませんよ」
「成る程の。流石にギルド長の若造が薦めるだけあるの。戦いの道理は分かっとるわけか。まあいい、前に使っていた剣があれば見せてみなさい」
ゼロは腰に差したロングソードをモースに差し出した。
そのロングソードは一目見ただけで分かる使い回しの安物で、中程で砕け折れていた。
「ふむ、しっかりと使い込んでいたの。これは、戦斧か、バスターソード辺りに叩き折られたか?」
「はい」
モースは残された剣身や柄等を検分した。
使い込んだ痕跡に違和感を感じる。
「両手を見せてみなされ」
その違和感はゼロの両の手を見て確信に変わった。
「ゼロさんや、お前さん自身がよく分かっとると思うが、直剣であるロングソードはお前さんの剣技には合っておらんよ。ロングソードは突くことと叩き切ることに特化した剣じゃ、お前さんの技は切ることに特化したもんじゃないかね?」
「そのとおりです」
ゼロは肩を竦めた。
「お前さんならば、反りの入った片刃のサーベルの方が使いやすいじゃろ?」
「それが、片手剣のサーベルは使い勝手が悪くて」
モースもその答えは予測していた。
ゼロの剣技は左手を軸にしながらも両手を駆使する特異な剣、この辺の国々で主流となる剣技とは一線を画すものだろう。
モースの記憶では遥か東の小国の戦闘集団が使う剣技に流れを組んでいたはずだ。
「お前さんが誰から剣を学んだのかは知らんが、お前さんが求めるのは片刃で適度に反りの入ったもの。サーベルよりも幅があり、柄の長いものじゃな?」
「畏れ入りました。そのとおりですが」
「まあ、そんな剣はこの国では手に入らないわな」
ゼロは頷いた。
「なので仕方なくこの剣を使ってました」
「大切に使ってたのはわかるがな、そもそもの使い方が違う。剣身が悲鳴を上げていたろうよ」
モースは在庫にあったロングソードを出して見せた。
「今まで使っていたのと同等の剣だ。今まではこの程度の剣でも何とかなったかもしれん。しかしの、戦いに生き、お前さんの技量が向上するにつれて剣が耐えきれなくなることは明らかじゃ」
「しかし、最初から打つとなると、費用が嵩みますよね」
「当然じゃ。しかし、長い目で見るとその方が安上がりだと思うがの」
ゼロは腕組みして思案する。
新しくオーダーするとなると手持ちの金では足りないだろう。
しかし、冒険者として生きるならば信頼の置ける武具は必要不可欠だ。
悩みに悩んだ末にゼロは新しい剣を打つことを選択した。
「任せておきなされ。必ず満足するものを打ち上げてみせるわい」
その後、細かい調整を済ませてからゼロは店を出ていった。
翌日ゼロがギルドに姿を現したのは昼前の時刻だった。
今日も西の村の洞窟でのことについての報告だった。
「報告を聞く前に、捕縛したシーフと魔術師が意識を取り戻しました。シーフは罪を認めて衛士の取り調べを受けています。魔術師の女性はやはり支配の腕輪の影響で精神を支配されていたそうです。ただ、その間の記憶はあるらしく、彼女も衛士の取り調べに応じているそうです。また、救出された2人からも話しを聞きましたので、ゼロさんからは報告というより事実の確認といった感じですね」
応接室でゼロの対面に座るシーナは微笑んだ。
彼女の横には今日もギルド長が座っている。
「・・・で、ゼロさんはアイリアさんを助けた後に格闘家を討ち、更にシーフを捕縛。その後、斧戦士を討ってセイラさんを救出すると共にレナさんを精神支配から解放した。で間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「はい、ありがとうございます。今回は剣士のライルさんは救えませんでしたが、アイリアさんとセイラさんを救出できました。ゼロさんが行ってくれなければ彼女達も助からなかったでしょう」
「いえ、受けた依頼を全うすべく最善を尽くしたまでです。結果的に彼を救えなかったことが悔やまれます」
説明するゼロにシーナとギルド長は苦笑した。
「ところで、少し疑問があるのですが、お聞きしても宜しいですか?」
シーナが真面目な表情で問い掛けてきた。
ギルド長も真剣な表情だ。
「気を悪くしないでいただきたいのですが。ゼロさんは今回の依頼でシーフは捕縛し、他の2人は討伐というか、殺・・倒しましたよね?」
シーナの問いにゼロは頷いた。
「その判断基準というか、何と言いますか・・・」
シーナは言い澱んだ。
関係者の説明からゼロの行動の一部始終が明らかになったのだが、話を聞いた皆がゼロの行動に疑問を持ったのだ。
それは、格闘家については躊躇いなく殺し、残されて抵抗を止めたシーフは捕縛した。
また、斧戦士は戦いの上で抵抗力を奪い取った上に降伏の意思を示していたのに聞き入れることなく殺した。
その判断の基準が分からないのだ。
生死を賭けた戦いの中でのことだから非難されるべきものではないのだか、懸念は払拭しておきたかった。
問われたゼロは表情を変えることなく口を開いた。
「簡単に言えば、効率を重視しました」
「効率ですか?」
「はい、最初の戦闘では同時に飛び掛かってきた2人を相手することで私にも余裕はありませんでした。しかも、あまり時間を掛けられる状況でもなかったので、先ずは片方を始末しました。結果、もう一方が腰を抜かして降伏したので捕縛しました」
「それでは、格闘家を倒してシーフを捕縛したのは?」
「偶然です。たまたまレイスが先に取り付いたのが格闘家だっただけで、順番が逆だったら結果も逆だったですね」
「では、斧戦士の方は?」
「こちらはもっと簡単です。いくら彼が降伏しようが、既に光熱魔法で胸を貫いていましたから、どちらにせよ助からない状況でした。即死しなかったのは熱で傷口が焼かれたためですね。更に言えば、彼は降伏の意思を示しているように見えましたが、まだ、隠したナイフで私のことを狙っていました。そんな者を捕縛するのは困難、というか、非効率的なので殺しました」
顔色1つ変えることなく淡々と説明するゼロの口調にシーナは一抹の恐怖のようなものを感じた。
確かにゼロの行動は非難されるべきものではないし、同じ状況ならば多くの者が同じ選択をしただろう。
なのに、ゼロの説明を聞くと背筋が寒くなるのだった。
報告を終えてゼロが退出すると、シーナは大きな疲労感に襲われた。
全身に冷や汗をかいている。
「あれは、相当なものだ」
「?」
「死者を隣人とするネクロマンサーの特性か、ゼロは死生感というのが我々とかけ離れている。それこそ、仕事の上で必要があり、彼の持つ倫理観に反しない限りは人を殺すことに何の躊躇いも持たないだろう。ゼロが来て数ヶ月か、黙々と依頼に打ち込む姿勢と普段の人となりから思いもよらなかったが、中々に恐ろしい男だよ。ギルドとして、絶対に敵に回すべきでないな」
ギルド長の言葉を聞きながらシーナは恐怖の感情の他に悲しみに似た感情を覚えた。
「ゼロさんは何に向かって生きているのでしょう?」
誰にともなく発せられたシーナの呟きにギルド長は答えられなかった。
その生涯を炎と鎚に捧げた生粋の鍛冶師である。
そんな彼も齢を重ね、体力も落ちた。
数多くいた弟子達も立派に独り立ちし、その多くが各地で名工として名を馳せている。
残された余生を1人の鍛冶師として生きようと、風の都市の裏路地でひっそりと鍛冶屋を営んでいた。
都市には彼の弟子を含めて腕の良い鍛冶師がいるため、彼の店を訪れるのは古い馴染み客か、ギルドの紹介を受けた客だけ。
気ままな生活を営んでいた。
今日もそろそろ店じまいを考えていた頃、その男が店に現れた。
「すみません、剣を見せてもらいたいのですが」
黒いローブ姿のその者は素人が一見すれば魔術師と見間違うだろう。
当然ながらモースはそうは見ない。
「どうなさった?お若いの。こんな老いぼれの鍛冶場に来なくとも、鍛冶屋ならば他にいくらでもあろうに」
「私は冒険者のゼロといいます。ギルドからの紹介で来ました」
ゼロと名乗った若者はそう言うと、紹介状を差し出すと共に自らの認識票をモースに見せた。
紹介状にはギルド長の名で「信頼のおける冒険者である」旨が記されていた。
「ネクロマンサー?死霊術師が剣を振るうのかね?」
「死霊と共に戦うといっても、乱戦ともなれば当然に前線に立つこともありますし、自らの身を守れないようでは生き残れませんよ」
「成る程の。流石にギルド長の若造が薦めるだけあるの。戦いの道理は分かっとるわけか。まあいい、前に使っていた剣があれば見せてみなさい」
ゼロは腰に差したロングソードをモースに差し出した。
そのロングソードは一目見ただけで分かる使い回しの安物で、中程で砕け折れていた。
「ふむ、しっかりと使い込んでいたの。これは、戦斧か、バスターソード辺りに叩き折られたか?」
「はい」
モースは残された剣身や柄等を検分した。
使い込んだ痕跡に違和感を感じる。
「両手を見せてみなされ」
その違和感はゼロの両の手を見て確信に変わった。
「ゼロさんや、お前さん自身がよく分かっとると思うが、直剣であるロングソードはお前さんの剣技には合っておらんよ。ロングソードは突くことと叩き切ることに特化した剣じゃ、お前さんの技は切ることに特化したもんじゃないかね?」
「そのとおりです」
ゼロは肩を竦めた。
「お前さんならば、反りの入った片刃のサーベルの方が使いやすいじゃろ?」
「それが、片手剣のサーベルは使い勝手が悪くて」
モースもその答えは予測していた。
ゼロの剣技は左手を軸にしながらも両手を駆使する特異な剣、この辺の国々で主流となる剣技とは一線を画すものだろう。
モースの記憶では遥か東の小国の戦闘集団が使う剣技に流れを組んでいたはずだ。
「お前さんが誰から剣を学んだのかは知らんが、お前さんが求めるのは片刃で適度に反りの入ったもの。サーベルよりも幅があり、柄の長いものじゃな?」
「畏れ入りました。そのとおりですが」
「まあ、そんな剣はこの国では手に入らないわな」
ゼロは頷いた。
「なので仕方なくこの剣を使ってました」
「大切に使ってたのはわかるがな、そもそもの使い方が違う。剣身が悲鳴を上げていたろうよ」
モースは在庫にあったロングソードを出して見せた。
「今まで使っていたのと同等の剣だ。今まではこの程度の剣でも何とかなったかもしれん。しかしの、戦いに生き、お前さんの技量が向上するにつれて剣が耐えきれなくなることは明らかじゃ」
「しかし、最初から打つとなると、費用が嵩みますよね」
「当然じゃ。しかし、長い目で見るとその方が安上がりだと思うがの」
ゼロは腕組みして思案する。
新しくオーダーするとなると手持ちの金では足りないだろう。
しかし、冒険者として生きるならば信頼の置ける武具は必要不可欠だ。
悩みに悩んだ末にゼロは新しい剣を打つことを選択した。
「任せておきなされ。必ず満足するものを打ち上げてみせるわい」
その後、細かい調整を済ませてからゼロは店を出ていった。
翌日ゼロがギルドに姿を現したのは昼前の時刻だった。
今日も西の村の洞窟でのことについての報告だった。
「報告を聞く前に、捕縛したシーフと魔術師が意識を取り戻しました。シーフは罪を認めて衛士の取り調べを受けています。魔術師の女性はやはり支配の腕輪の影響で精神を支配されていたそうです。ただ、その間の記憶はあるらしく、彼女も衛士の取り調べに応じているそうです。また、救出された2人からも話しを聞きましたので、ゼロさんからは報告というより事実の確認といった感じですね」
応接室でゼロの対面に座るシーナは微笑んだ。
彼女の横には今日もギルド長が座っている。
「・・・で、ゼロさんはアイリアさんを助けた後に格闘家を討ち、更にシーフを捕縛。その後、斧戦士を討ってセイラさんを救出すると共にレナさんを精神支配から解放した。で間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「はい、ありがとうございます。今回は剣士のライルさんは救えませんでしたが、アイリアさんとセイラさんを救出できました。ゼロさんが行ってくれなければ彼女達も助からなかったでしょう」
「いえ、受けた依頼を全うすべく最善を尽くしたまでです。結果的に彼を救えなかったことが悔やまれます」
説明するゼロにシーナとギルド長は苦笑した。
「ところで、少し疑問があるのですが、お聞きしても宜しいですか?」
シーナが真面目な表情で問い掛けてきた。
ギルド長も真剣な表情だ。
「気を悪くしないでいただきたいのですが。ゼロさんは今回の依頼でシーフは捕縛し、他の2人は討伐というか、殺・・倒しましたよね?」
シーナの問いにゼロは頷いた。
「その判断基準というか、何と言いますか・・・」
シーナは言い澱んだ。
関係者の説明からゼロの行動の一部始終が明らかになったのだが、話を聞いた皆がゼロの行動に疑問を持ったのだ。
それは、格闘家については躊躇いなく殺し、残されて抵抗を止めたシーフは捕縛した。
また、斧戦士は戦いの上で抵抗力を奪い取った上に降伏の意思を示していたのに聞き入れることなく殺した。
その判断の基準が分からないのだ。
生死を賭けた戦いの中でのことだから非難されるべきものではないのだか、懸念は払拭しておきたかった。
問われたゼロは表情を変えることなく口を開いた。
「簡単に言えば、効率を重視しました」
「効率ですか?」
「はい、最初の戦闘では同時に飛び掛かってきた2人を相手することで私にも余裕はありませんでした。しかも、あまり時間を掛けられる状況でもなかったので、先ずは片方を始末しました。結果、もう一方が腰を抜かして降伏したので捕縛しました」
「それでは、格闘家を倒してシーフを捕縛したのは?」
「偶然です。たまたまレイスが先に取り付いたのが格闘家だっただけで、順番が逆だったら結果も逆だったですね」
「では、斧戦士の方は?」
「こちらはもっと簡単です。いくら彼が降伏しようが、既に光熱魔法で胸を貫いていましたから、どちらにせよ助からない状況でした。即死しなかったのは熱で傷口が焼かれたためですね。更に言えば、彼は降伏の意思を示しているように見えましたが、まだ、隠したナイフで私のことを狙っていました。そんな者を捕縛するのは困難、というか、非効率的なので殺しました」
顔色1つ変えることなく淡々と説明するゼロの口調にシーナは一抹の恐怖のようなものを感じた。
確かにゼロの行動は非難されるべきものではないし、同じ状況ならば多くの者が同じ選択をしただろう。
なのに、ゼロの説明を聞くと背筋が寒くなるのだった。
報告を終えてゼロが退出すると、シーナは大きな疲労感に襲われた。
全身に冷や汗をかいている。
「あれは、相当なものだ」
「?」
「死者を隣人とするネクロマンサーの特性か、ゼロは死生感というのが我々とかけ離れている。それこそ、仕事の上で必要があり、彼の持つ倫理観に反しない限りは人を殺すことに何の躊躇いも持たないだろう。ゼロが来て数ヶ月か、黙々と依頼に打ち込む姿勢と普段の人となりから思いもよらなかったが、中々に恐ろしい男だよ。ギルドとして、絶対に敵に回すべきでないな」
ギルド長の言葉を聞きながらシーナは恐怖の感情の他に悲しみに似た感情を覚えた。
「ゼロさんは何に向かって生きているのでしょう?」
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