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初めての仕事

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 数日後、家の修繕が終わり、ようやく入居することができた。
 しかし、諸々の費用がかさみ、かなりゆとりのあった所持金も殆ど使ってしまった。
 風の都市に来てから無為に日々を過ごしていたが、そろそろ冒険者として働かなければならないだろう。

 ゼロは冒険者ギルドを訪れた。
 彼が立ち入るとギルド内にいた冒険者達が一斉に彼を見て、あるものは目を反らせ、あるものは眉をひそめた。
 総じて好意的な反応をした者は居ないが、ゼロは気にも止めなかった。
 ゼロはそのまま依頼書が張り出された掲示板の前に立つ。
 すると、掲示板の周りにいた他の冒険者達が水が引くように離れて行った。
 ゼロは肩を竦めて掲示板の前を離れて他の冒険者に場を譲り、ギルドの隅に置かれた椅子に腰掛けた。
 一部始終をカウンター内から見ていたシーナは持っていたペンが折れんばかりに握りしめて立ち上がろうとしたが、やはり様子を見ていたギルド長に止められた。
 ギルド長からは

「下手に介入すると却って彼の立場を悪くする。彼もそれが分かっているからこそ場の空気を読んだのだ。今は静観するべきだ」

と諭された。
 確かに正論かもしれないが、釈然としない。
 しかし、当のゼロも気にした様子もなく、涼しげな顔で座っているのでやはり静観するしかないのだろう。

 結局、他の冒険者が依頼を取り終えて一段落したところでゼロは掲示板の前に立った。
 残されたのはやはり残り物の依頼ばかり、労力と報酬が見合わないものや、そもそもの報酬が安いものばかりだった。

 その中からゼロは地下水道の魔物駆除の依頼を選び取った。

 内容は、地下水道に魔鼠等の魔物が増えてしまい、衛生上の問題が発生しているとの役所からの依頼だった。

 ゼロは依頼書をカウンターにいたシーナに差し出した。

「この依頼を受けます」

 依頼書を受け取ったシーナは得意の営業スマイルで平静を保ちながら淡々と受付け処理を行った。

「はい、それでは依頼受諾として契約となります。なお、今回の依頼達成条件ですが、地下水道の指定されたエリア内にいる魔物の殲滅となります。結構な数がいると思いますので駆除には数日を要すると思いますが宜しくお願いします。なお、魔物の数ですが、役所の調査結果では20から30体との見込みです」
「わかりました、早速取りかかります」
「気をつけて。お願いします」

 ギルドを後にしたゼロは早速指定された入り口から地下水道に潜り込んだ。
 地下水道は暗闇に包まれており、周囲の様子は伺えない。
 通常であれば松明か、魔法による補助が必要な状況だった。
 しかし、ゼロはネクロマンサーであり、彼には彼の方法がある。

「暗闇に漂う魂の光よ、闇を照らす炎となりて生と死の狭間の門を開け」

 ゼロの召喚に呼応して彷徨う炎、ウィル・オー・ザ・ウィスプが現れ、周囲を照らした。
 ウィル・オー・ザ・ウィスプは所謂火の玉で、死者の魂が発する炎であり、歴としたアンデッドである。
 火炎系の魔法を使うため、ゼロは魔法戦闘用に使役する他、ダンジョン等での照明としても重宝していた。

 更にゼロはスケルトンを召喚して体勢を整えた。

 右目付近に骨が削れる程の傷があるスケルトンはサーベルを携えてゼロの前に跪いた。
 ゼロは呼び出した2体のアンデッドに対して指示を出す。
 高位のネクロマンサーであれば、アンデッドは術者の意思を読み取って行動するのだが、ネクロマンサーとして未だに未熟なゼロは使役するアンデッドに対して魔力を込めた口頭による指示を出す必要があった。

「今から魔物の討伐を行います。出会う魔物は殲滅しますが、都市の地下であり、人間が迷い込んでいる可能性があるので気を付けてください。強力な魔物はいないと思われるが油断しないことと、無理しないことを厳命します」

 アンデッドに対して「無理をしない」と指示するところがゼロの性格の表れだった。

 2体のアンデッドが恭順の意思を示したので探索を開始する。
 探索といっても迷宮なわけではなく、予め渡された地図を頼りに魔物を探すだけである。
 ゼロも剣を抜いて歩くが、現れるのは魔鼠やスライム等の下級モンスターばかりなのでその殆をスケルトン達が危なげなく片付ける。
 他の冒険者であれば自分で倒さないと経験にならず、能力アップに繋がらないが、使役するアンデッドが魔物を倒せばそれが自身の経験に繋がることがネクロマンサーの特権である。
 たまにゼロの間合いに飛び込んでくる魔物はゼロが直接切り捨てるが、然程の労力もない。
 ゼロにとっては討伐と云うよりも流れ作業のような感覚だった。
 ここにいる下級の魔物では売り物になるほどの素材は得られない。
 ただ、その死体を放置すれば別の衛生上の問題が発生するので火炎魔法で焼却することも忘れない。

 それでも延々と作業を進める間にスケルトンは魔物の返り血で汚れ、ウィル・オー・ザ・ウィスプは魔力が弱まってきた。

「少し休みましょう」

 ゼロが立ち止まればアンデッド達も停止する。
 ゼロは雑嚢から取り出した布でスケルトンの頭部の汚れを拭き取ってやる。
 アンデッドには疲労もなく、感情も欠如しているのだから、休憩も汚れ落としも不要なのだが、そこはゼロの性格や気分の問題であった。
 また、疲労は無くてもウィル・オー・ザ・ウィスプは魔力が弱くなっている。
 これ以上酷使すれば、魔力切れを起こし、自らを維持できなくなり、消滅してしまうだろう。

「ウィル・オー・ザ・ウィスプ、戻れ」

 ゼロはウィル・オー・ザ・ウィスプを冥界の狭間に戻して松明に火を着けた。
 そして、代わりにレイスを召喚し、周囲の様子を偵察させることにした。

 レイスが偵察から戻るまでの間に立ったままで用意していた乾パンで腹ごしらえ。
 流石に横に控えるスケルトンに勧めるようなことはしない。

 ひと心地ついていると、偵察に出たレイスが戻ってきた。
 ゼロが地図を取り出して周囲の状況を確認する。
 レイスは地図を指示しながらこの区域の魔物は殲滅されたことを伝えてくる。
 取り敢えず、依頼は完了なのだが、レイスはある地点を指し、そこに問題があることを示した。

 レイスはゼロに思念を送ってくる。

「アンデッドではない、仲間、ある」

 といった内容であるが、下級アンデッドと未熟なネクロマンサーの会話のため、今一つゼロに伝わらない。
 ゼロは諦めてレイスの案内でその場所に行ってみることとした。

 果たして、その場所に着いてみるとその意味が判明した。
 レイスの言う
「アンデッドでない仲間がある」
つまり、アンデッド化していない人間の死体が転がっていた。
 腐乱して、魔物等に喰い荒らされているが、革鎧を着て、付近に錆びた剣が落ちているところを見るとどうやら冒険者のようだ。
 依頼の最中に命を落としたのか。
 それ自体は珍しいことではない、冒険者が依頼の最中に死ぬこともよくあることなのだ。
 認識票を回収してギルドに報告すれば行方不明の冒険者の情報と照合して処理される。
 しかし、件の死体は冒険者の証の認識票は身に着けていない、もう既に認識票は回収されているのか?
 だとすれば、ゼロが為すべきことは無いのだが。
 やけにレイスから動揺?に似た様子を感じる。
 気になったゼロが詳細に死体を検分したところ、死体の異変を見つけた。
 腐乱し、魔物に喰い荒らされているが、首に鋭利なもので突き刺され、貫通している痕跡が残されていた。
 首の周りに残る血痕の量から見ても、この首の傷が致命傷であることは間違い無さそうである。
 この地下水道にいた魔物は魔鼠とスライム、大蝙蝠で、首を貫くような攻撃をする物はいない。

「これは他者に殺されたか、ただの冒険者の死体ではありませんね。どうしたものか」

 これが冒険者同士のトラブル等に起因する事件ならば、本日ゼロが探索に入ったことを知った犯人は何らかの行動を起こす可能性がある。
 だとすると、ギルドに報告する必要があるが、ゼロはこの場所を離れない方がいいだろう。
 だとすると、残された手段は・・・

「他に手立てはありませんか、また評判が落ちますね」

 ゼロはため息をつきながら所持していた記録用紙に事の概要を記した。
 そして、その用紙を

「いいですか、この紙をギルドの受付けに届けなさい。決して街中で姿を現してはいけません。姿を隠してギルドまで行くのですよ。それから、くれぐれも、聖職者に見つかって浄化などされないように。絶対に冒険者等に敵対行動をしてはいけません」

と、レイスに託したのだ。
 そして、自身は別のレイスを呼び出し、スケルトンと共に現場の保存に務めた。

 冒険者ギルドは夕方の落ち着いた時間を迎えていた。
 ギルド内にいる冒険者もお互いに談笑や情報交換をしている程度。
 カウンター内に座っているシーナも一息ついてお茶を飲んでいる。
 その時、シーナの前のカウンター上に畳まれた一枚の紙がポトリと落ちてきた。

「?これは?」

 落ちてきた紙に気が付いたシーナが顔を上げた時

「ヒッ!・・・キャーッ!」

 シーナの前に1体のレイスが佇んでいた。
 フード影に隠れた奥で不気味に光る目が彼女を見ている。
 ギルド内は大混乱に陥った。
 シーナはお茶をひっくり返して椅子から転がり落ち、百戦錬磨の冒険者もまさかギルドの受付に亡霊が現れるとは思っていない。
 咄嗟に剣を抜く者がいて、聖職者が祈りの詠唱を始める。
 冒険者達がレイスを包囲するが様子がおかしい。
 レイスは両手を挙げてまるで降参しているかの様子。

「ちょっと待ってください」

 シーナが皆を制止する。
 このレイスは何かを伝えようとしている?

「もしかして、ゼロさんのアンデッド?」

 恐る恐る訊ねてみると、レイスはゆっくりと頷いた。

「みなさん大丈夫です!ゼロさん、ネクロマンサーの冒険者のアンデッドです」

 シーナが落ちてきた紙を開いてみると、確かにゼロからの手紙だ。
 なんて迷惑な連絡手段を用いるのだ、と半ば呆れながら内容に目を通すと、シーナの表情がみるみる深刻なものに変わり、慌てた様子でギルド長の部屋に駆け込んでいった。
 周りの冒険者も彼女のただならぬ様子に互いの顔を見合わせる。
 その間、レイスは行儀よくカウンター前に佇んだままだった。

 ゼロからの

「地下水道で何者かに殺害された死体を発見した。魔物によるものではない。自分は現場を保存する必要があるのでレイスを使いに出す」

との報告を受けてギルド長は直ちに対応を検討した。
 所謂殺人事件である。
 直ぐに職員を衛士隊の詰所に走らせるとともに、調査に向かってくれる冒険者を選出する。
 信頼のおける上位の冒険者の中から銀級のパーティーに事情を説明してギルドからの依頼として臨時の契約を交わす。
 間もなく駆けつけた衛士と共に現場に向かうのだが、ギルド職員も派遣する必要がある。
 シーナが希望したが、流石に却下して軍務経験を有する男性職員を指定する。
 その間もレイスはギルド内に留まっているが、いつの間にかカウンター前の椅子にちゃっかり座っていた。
 ギルド長の

「案内してくれるのか?」

の問いかけに頷いて立ち上がるレイス。
 結局、レイスの案内で現場に行くことになった。

 やがて、冒険者達がレイスの案内で現場にたどり着くと、現場にはスケルトンを従えたゼロが待機していた。

「戻れ」

 アンデッド達を戻したゼロは捜査に当たる衛士に
・発見時の状況
・致命傷は首の傷であること
・腐乱状態から死後経過期間は1ヶ月程度かそれ未満であること
を説明した。
 経過時間や死因を的確に突き止めたゼロに衛士隊長が感心すると。

「死霊術師ですから、死体の扱いはある意味専門家です」

と笑えないことをサラリと言う。

 衛士と冒険者が更に死体を調べた結果、死体の身元が概ね判明した。
 1ヶ月程前から行方不明になっている冒険者に装備が似ているとのことで、その状況から殺人事件と特定され、衛士隊とギルドでその後の捜査を行うこととなった。
 発見者のゼロは特に疑われるでもなく解放されたので、地下水道を出てギルドに戻ることとなった。

 ゼロは地下水道を出てギルドに戻る。
 時刻は既に夜中、日付も変わろうかという頃。
 ギルド内には冒険者の姿は無く、カウンターも夜勤の職員が数名待機しているだけ。
 シーナも勤務を終えたのか、姿は見えない。
 ゼロがカウンターに立つと、待機していた男性職員が応対する。

「依頼が終わったので確認して下さい」
「はい、ゼロさんは地下水道の魔物の掃討依頼を受けていますね。ちょっとお待ち下さい」

 職員は記録を確認する。
 流石に営業スマイルは無いが、他の冒険者の様なあからさまな態度を取らないのは職員教育が行き届いている証拠だろう。

「ああ、今日は大変でしたね。地下水道でのこと、引き継ぎ日誌に記載してあります。で、依頼の件ですが、数日を要する予定ですが、もう完了ですね」

 ゼロの認識票を魔法装置に翳した職員は依頼が完了していることを確認した上で金庫から報酬を準備する。

 金庫の中に多額の現金を保管するギルドの夜勤職員は武術の心得がある職員が担っていることと、奥の部屋には一定の条件を満たした冒険者数名が日替わりで待機していることは周知の事実である。
 因みに小遣い銭程度だが、一晩中泊まるだけで報酬を得られるこの仕事は冒険者にとっても人気の依頼である。

「ご苦労様でした」

と差し出された報酬を受け取ったゼロはギルドを後にした。
 本日のゼロの報酬は、魔鼠やスライム等の下級魔物を32体討伐、地下水道の魔物を掃討し、依頼達成とされて9千レト。
 一般の労働者が稼ぐのが1日に数百レトから高くても千レトに満たない程度、それに比べれば高額に思えるがそうではない。
 参考までに、役人であるシーナが受け取る給金が月に3万レト、選ばれた役人として高めの給金を得ているが、贅沢な生活ができる程ではない。
 それに比べるとゼロが受け取った報酬は、結果として1日で完了したが、数日を要する危険を伴う依頼としては割りに合わない金額である。
 因みに、少し高めの娼館に行くと一晩で無くなる程度の金額。
 幸い?にして今のところゼロは娼館に行く予定はなかった。
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