上 下
35 / 46

東の国境砦へ

しおりを挟む
 東の国境を越えようとする魔王軍と衝突したイザベラ達聖騎士団を始めとする軍勢は、多大な損害を受けて一時は劣勢に立たされるも、起死回生の挟撃戦により魔王軍を撃退したとの報が王都にまで届いていた。
 これから周辺国を巻き込んだ大規模な反攻作戦が行われるようだ。
  
 王国内で反攻の気運が高まる中でグレイ達の任務にも変化が訪れていた。
 142小隊長グレイ宛てに一通の密書が届いた。
 差出人も無いうえに書かれている内容は「後はよしなに」の一言のみ。
 しかし、その密書を読んで全てを察したグレイは今まで巧妙に摘発の手を緩めていたものを止めて人身売買組織を次々と壊滅させていった。

 情報を得ていた各組織を殲滅し、一段落ついたある日、142小隊は中隊長から東の国境砦に向かうように命令を受けた。
 
「隊長、東の砦というと我々も参戦するということですか?」

 出発を前に隊員を代表してアレックスが質問する。

「いや、大規模戦闘にたかだか一個小隊を増派する意味は無い。今回は護衛任務で砦にいる人物を迎えに行き、その人物をシーグルの総本山まで送り届ける任務だ」
「あの、総本山への護衛となると、余程の重要人物なんでしょうか?」
「まあ、そう考えるのが妥当でありましょうな」

 グレイの説明にシルファが恐る恐る発言し、その言葉にウォルフも頷く。

「詳細は分からないが、特殊任務を当てられる我々の小隊に命令が来るということはそれなりの人物ではあると考えるべきだな」

 事実、グレイ自身も対象が何者がは分からないので東の砦に行ってみるしかないのだ。

「現地での大規模戦闘は終結し、反攻作戦の準備が進んでいるようだが、未だ最前線であることに違いはない。油断することなく現地に向かおう」

 小隊は直ちに東に向かって出発し、途中で少数ながら魔王軍の残党の魔物の襲撃を排除しながら、5日を要して国境の砦に到着した。

 砦の有り様は惨憺たるものだった。
 2つある防壁のうち第1防壁は扉が破られ、所々が崩れ落ち、焼け焦げている。
 そこかしこに魔物の死体が散乱していた。

「これは相当に激しい戦いが行われたようですな」

 ウォルフが周囲を見回す。

「あの、隊長。あれは・・・」

 シルファが指差すのは魔物のようで魔物でなく、人のようで人でもない異様な死体。

「なんだあれは、あんな魔物見たことないぞ」

 アレックスも唖然としている。

「あれは・・・魔王軍の生物兵器だ。人間を禁忌の術で生きたまま変質させて殺戮本能の塊のような生物にするんだ」

 苦々しい表情で絞り出すように説明するグレイ。

「隊長、詳しいのですね」

 グレイの表情に気付かないシルファが感心するが、そんなグレイの様子をエミリアはやるせない気持ちで見ていた。

 砦に入れば傷を負った兵士達で溢れかえっていて軍属の治療士や治癒の祈りを持つ聖職者が忙しく走り回っている。
 戦闘はとうに終結しているが、その代償は大きく、治療の手が足りていないのだ。

「隊長・・・」

 傍らに立つエミリアがグレイを見上げた。

「ああ、頼む」

 グレイの許可を得たエミリアは倒れている負傷者に駆け寄った。
 治療の手が回っていないのか、簡素な治療を施されただけで放置されている若い女性剣士は肩口に深い傷を負っていて息も絶え絶えだ。
 仲間だろうか、同じく若い魔術師が付き添っている。
 
「任せてください」

 魔術師に声を掛けたエミリアは倒れている剣士を見て息をのんだ。

「貴女は・・」

 振り返ってみれば付き添っていた魔術師はシルビア、かつてゴブリンの巣に捕らえられていた冒険者だ。
 そして、大怪我をして横たわっているのはシルビアの相棒のライラだった。
 物資が足りていないのか、傷口の包帯は血や泥に汚れ、衛生的に芳しくないうえに、かなりの重傷のようで呼吸は浅く、意識も無い。
 とにかく一刻を争う状況だ。

「イフエールの女神よ、この者に救いの力を」

 エミリアは治癒の祈りを捧げた。
 ライラの全身を柔らかな光が包んだが、僅かに呼吸が落ち着いた程度で劇的な変化は見られない。
 エミリアの治癒の祈りでは力不足なのだ。

「エミリア、この薬を祈りと併用してみろ」

 グレイがエミリアに小さな小瓶を渡す。
 それは小隊で携行している薬品ではなく、グレイが私物として万が一に備えて持っていた特級品だ。

「貴方は、あの時の分隊長さん!それに、教会のシスターさんも」

 シルビアはグレイの事を覚えていたようで、エミリアのことも思い出したようだ。
 その間にエミリアは瓶の封を切ってライラの傷口に薬品を振りかけた。

「お願い、効いて!イフエールの女神よ、今一度救いの力を!」

 エミリアが再び祈りを捧げた。

「どうだ?」

 グレイの問いにエミリアは首を振った。

「隊長の薬で傷の方はどうにかなりましたが、処置が遅かったようで、やはり私の祈りでは・・・」
「そんな・・・ライラ」

 シルビアが途方に暮れたようにライラの手を握った。

「私達、分隊長さん達に助けられた後も2人で冒険者として生きてきました。2人で努力して青等級まで上がったんです。そんな時に今回の冒険者派遣があって、水の都市の冒険者として志願したんです。それは志願するのは怖かったですけど、誰かが行かなければならないならば、その中の2人は私達だって勇気を持って。戦場に来るのだからって頭では覚悟をしていたのですが・・・」

 シルビアはライラの手を握ったまま俯いた。
 最早グレイやエミリアではどうすることも出来ないと思ったその時

「すみません、遅くなりました」

背後からの声に振り返ってみると、そこに立っていたのは若いシーグル教の神官だった。
 傍らにはハーフエルフのレンジャーが付き添っている。
 2人共冒険者のようで、首から下げた認識票は紫色、中位冒険者のようだ。

「こちらに重傷の方が居ると聞いて急いで来たのです。後は私に任せてください」

 その若い神官はセイラ・スクルドと名乗った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...