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人ナラ猿モノ

第八話 熊の子見ていた隠れん坊

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 どこかの深く暗い森の中・・・

「ウキキ・・・ウクク・・・」

 猿は暗い森の中で笑い続けていた。自分が作り上げた実験体の出来が素晴らしく良かったため、嬉しくてしょうがなかった。

「キキキ・・・ウキキキキ・・・」

 手元にあるクルミをいくつか口に放り込む。自分でも一発で成功するとは思っていなかった。五十体もの人間で色々試してみたものの、本命が成功するかどうか、確実なところは猿にも分からなかった。

「ウキ・・・」

 四十五年前に戦った人間の姿を思い浮かべる・・・それまで眼中にも置いていなかった生物が自分に見せた、あの雄姿・・・・・・人間の強さ。

「ウキャァァァァ・・・」

 大きな欠伸をして枝の上に寝転がる。彼は昔の経験で、目立ちすぎると人間に見つかってしまうことを学習していた。人間は集団行動が得意だ。場所が割れれば、強力な能力を持った猿と言えども危うい・・・・・・
 そのため、猿はしばらくは人を襲わないようにしようと考えていた。魔法さえ使わなければ普通の猿と外見上は全く変わらないことを利用すれば、上手く協会の捜索をかいくぐることが出来るだろう。

「ウキキ・・・」

 あの実験体はどう成長するだろうか?人間の強さを見せてくれるだろうか?自分と同じ能力をどう活用するだろうか?自分の知らない人間の道具を使うのだろうか?自分が持ち得ない強さを会得するだろうか?

「キキ・・・・・・スゥ・・・スゥ・・・」

 あの強さが欲しい・・・自分も彼らのようになりたい・・・・・・空っぽな中身を満たしたい・・・・・・そう願いながら、人猿は静かに眠りに就いた。









「ここがお前の部屋な。」

「分かりました・・・けど、本部ビルの最上階を貸し切っていますけど、いいんですか?」

 あの胸糞悪い会議のあと、鬼打さんに連れられて寝泊まりする場所に案内してもらったのだが、なんと会議室を出てエレベーターに乗ったらすぐに着いてしまった。
 十分もかかっていない。聞くところによると、異常事態が発生してもすぐに『現場に急行出来るよう』最上階にオフィスと班員の宿直室をいくつか構えているらしい。

 「なんで最上階だとすぐに現場に駆けつけられるんですか?」と鬼打さんに聞いたら「窓から飛んで行けばすぐに現場に行けるだろ?」と言われた・・・・・・急行は急行でも急降下なんだね。

「ああ・・・それだけ俺らの役割が大きいってことだ。本部はほぼ安全だからな。災害で本部以外の魔法使いが壊滅しても俺らのうちの誰かが動けるようにしている。」

「てっきり、鬼打班長が強権的にこのフロアを占領してるのかと思いました。」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ?俺が班長になる前からこうだぞ。」

 鬼打班長がカードキーをリーダーに通してロックを解除し、扉を開ける。中はホテルの一室に似ている感じだった。何の変哲も無い1LDK・・・・・・ただ気になる点があるとすれば、明らかに私物っぽいモノが部屋のあちこちにあることだった。お土産屋さんに売っている狸の人形や剣のストラップ、ウクレレや横笛、陶磁器などなど・・・オモチャや工芸品がそこかしこに置かれていた。

「なんでこんなご当地工芸品がたくさんあるんですか?」

「俺らはメンバーが各支部に散らばってたり出張することが多いからな。こっちに帰って来るときに色んな土産を持ってくるんだ。で、部屋を出て行ったり帰ってきたりで貰った土産まで整理する暇もないからな。そんときに置いていってOKっていう習わしがある。」

「・・・・・・なるほど。」

 つまり前の居住者達が面倒臭くて置いていったと。

「つっても、こんな邪魔な土産を懲りずに買って来る馬鹿は頭すっからかんの魔女だけなんだがな・・・・・・」

「魔女?」

「うちの戦闘員だ。お前の先輩。」

「へぇ・・・どんな人なんです?」

「ん?お前と同じで面白い奴だぞ。」

「つまり普通じゃないってことですね。」

 鬼打さんが口癖のように言う「面白い」は度を越してるみたいだからな・・・・・・

「ククク・・・分かってんじゃねえの。戸黒と同級生・・・・・・いや、」

 鬼打さんが悪戯をする時のあの悪い笑顔でこう言った。


「戸黒の彼女。」


「・・・・・・それは面白そうですね。」

 鬼打さんの言葉の真偽はともかく、あとで戸黒さんをこのネタでからかってみよう。

「・・・そうそう、衣類や日用品なんかも要らなくなったものがタンスとかクローゼットの中に残されてるぜ。なんも持ってないお前には都合いいだろ?」

「それはありがたいです。魔法で、こんな服でも転ばないように出来ますけど鬱陶しいんですよね。」

 『道具の能力を極限まで引き出す』魔法は服や靴にも使用可能だった。
 体格が変わっても違和感なく動けているのもそのおかげらしい。戸黒さんに勝手に使用するなと言われたけれど、どうしても無意識に使ってしまっている。

「明日は何をすればいいんですか?」

「あ-・・・多分、戸黒と今日俺たちが調べてた魔獣捜索に行ってもらう。しばらくは戸黒が教育係になるから仲良くしろよ。」

「了解です。」

 教育係とは言っているが、僕が暴走したときに止めることが出来、かつ人猿が僕を観察するために現れたとき対処可能な戦闘員として戸黒さんが選ばれたということだ。あの人本当に強いんだね・・・・・・覇気が全く感じられないけれど。

「じゃあ俺は帰るぜ。早く寝ろよ。」

「了解です。」

「あぁ!そうだこれ渡しとく。」

「なんですか?・・・・・・要らないです。今すぐゴミ箱に捨ててください。」

 僕が全力で首と手首を振って拒否したが、鬼打さんが大きめの紙袋を僕に押しつけて来た。中身は彼女が病院に迎えに来たとき、「罰ゲーム用だったけど、結局サイズが合う着替えが無いだろ!これ着とけ!」と言って僕に着せようとしたゴスロリの服だった。絶対に着たくない。

「とりあえず持っとけ。安心しろ!!!」

 鬼打さんが右手の親指をグッと前に突き出して、驚くほど朗らかな笑顔になる。

「絶対着させるから!!!・・・・・・じゃあな!」

 かわいい笑顔でさらっと脅迫して出て行った。

「全然安心出来ねえ・・・」

 ゴミ箱に捨てるかどうかかなり迷ったが、捨てたところで鬼打さんが新しいものを持ってくることが目に見えていたので諦めた。タンスの奥底に畳んで押し込み、封印しておく。
 シャワーから上がると連絡用に渡されたスマートフォンに戸黒さんから「朝六時半起床」とだけ連絡があった。確認の連絡だけしてベッドに倒れ込む。

「他人を守れる強さ・・・か。」

 会議の帰りに鬼打さんから貰った助言を思い出す。







「人猿がその能力を持っているのだとしたらこれだけの被害で済んでいるのが不思議なくらいね。」

「人猿の危険指数を上げましょう。全隊員に通達します。」

「奴に研究課の作った武器が渡ったら大変なことになるかもしれない・・・保管庫のセキュリティを厳重にしなければ・・・」

「他にも・・・」

 僕の話を聞いて沈黙していた彼らが人猿の対策について議論し始めた。奴の能力が解明されて方針が大きく決まったようだ。僕はもうこの会議の中心ではない。

「どうしようかな・・・」

 この体の謎が全て解けてしまった。本庄さんは白神さんに似ているから。権堂さんは魔法が使えたから。僕は奴と同じ魔法を使えるから。
 二人が選ばれた背景には僕と同じ血液型だったことも関係しているだろう。僕に合わせて彼らが病院にさらわれた被害者の中から選ばれたのかもしれない。
 彼らが僕に組み込まれたのは僕の所為でもあるのだ。

「どうすれば・・・」

 人猿は僕が強くなるのを待つだろう。しばらくは絶対に人前に姿を出そうとはしないはずだ。逆に言えば、僕が強くなれば奴に会える。戦う機会チャンスがあるはずだ。だが、どうすれば奴が望む人間の強さが得られる?中身が空っぽな人形の僕が?人間らしくない僕がそんなものを得られるのか?

「帰るぞ。俺達が出来ることはもう無い。あいつらに任せておけ。」

 鬼打さんが乱暴に椅子から立ち上がり扉へ歩き出す。

「・・・はい。」

 廊下に出てしばらくは無言で歩いていたが、人が少ない場所に至ると鬼打さんがいきなり立ち止まった。

「浮かない顔だな。誰も解明出来なかった奴の能力を暴いたってのに。十分あいつらの助けになってるぜ。」

「・・・すいません。」

「お前は何がしたい?」

「強くなって、人猿を倒したいです。」

「そうか。じゃあお前は他人を守れる強さを目指せ。」

「・・・え?」

「単純な力だけを求めても何にもならねぇと思うぜ。あのクソ猿だってそうだろ。ただ個の強さを求めるだけならお前を作る必要はねえ。人間の作った武器を片っ端から集めれば強くなれる・・・単なる暴力としての強さは得られる。けどそうはしなかった。それじゃ人間を超えられないと分かっていた。そうなんだろ?」

「・・・はい。」

「だったらどんな強さを手にすればいいのか・・・なんて知らねえけど、俺が言いてえのは、ひとまず災害級危険事物処理班・・・俺達の強さを手に入れろってことだ。」

「鬼打さん達の?」

「あぁ。俺達は他人、そしてこの世界を守るために動くのが役割だ。ただ害悪な奴らをぶっ殺すのが仕事じゃあねぇ。お前が求める強さを俺の部下達はちゃんと持っている・・・俺が保証する。お前はその強さを手に入れろ。そんであの猿をぶん殴ってこい。」

「誰かを守れる強さ・・・」

「だーもう面倒臭え!考えんな!考えて分かるようなことじゃねえよ。俺や戸黒、七谷の背中を見てりゃあいいんだよ!仕事してれば誰かを守ることになんだから!・・・ったく、俺にこんなお節介な役目させんなよ・・・」

 ブツブツ文句を垂れながら、真紅のポニーテールを揺らしてずんずんと先に進んで行ってしまう。天才少女も、部下を慰めるのは苦手なようだ。

「・・・ありがとうございます。」

 おかげで、何をすればいいのか少しわかった気がした。









「やあ。久しぶり。」

「・・・三日も経ってませんよ。」

 いつの間にか綺麗な庭に立っていた。白神さんが池の鯉に餌をあげている。考え事をしているうちに眠ってしまったようだ。

「服、変えたんですね。」

 幽霊にしか見えなかった白装束が紺の浴衣になっている。前よりはマシだが、相変わらず病弱で死にそうな外見をしている。

「君に言われちゃったからね。用意するの結構大変だったんだよ?」

 夢だからといって、想像しただけでモノが出てくるみたいなことは無いらしい。じゃあどうやってこの庭と屋敷作ったんだ?

「何度も言わせて貰うけれど、本当に申し訳ない・・・あの時の僕達に奴を倒すだけの力があれば・・・」

 白神さんは本庄さんがこの体に使われた理由を聞いてからさらに卑屈になった。別に人猿の悪行は彼の所為では無いのに。

「やめてください。あなたは奴から近隣の村を守るために戦ったんでしょう?その戦いを自分で否定しないでください。あなたのおかげで助かった命だって多くあるはずです。」

 四十五年前、白神さんと守塚さんを含めた魔法使い達はまだ若く、人猿を駆除するには力不足で、弱らせた奴を封印するので手一杯だったそうだ。

「そうだね・・・分かっているんだけどね。それで割り切れるような残忍な心は持っていないよ。君とは違うんだ。」

「そうですか・・・」

 「フューチャー」で能力を調べたときも同じようなことを言われたな・・・なんだっけ?

「あ、そうだ。確認したいことがあるんですけど。」

 僕は自分の魔法が「道具の能力を極限まで引き出せる」だと伝え、人猿も同じ能力を持っているのではないかと説明した。白神さんはしばらく記憶の中の奴が使う魔法がその能力に符合するか確認していた。

「正しいと思う。奴は戦うときいつも人間から盗んだ武器を使っていた。しかも、破壊力が武器の割に異常だった・・・機械と人の融合が実際の医療道具で行われたなんて考えたくも無いけど。」

  僕の考えが正しいことに賛同してくれた。あとで鈴城さん達に伝えておこう。

「了解しました・・・そういえば、守塚さんに会いましたよ。」

「あいつまだ協会の職員やってるの?私と同い年だから・・・六十三歳だよ今。元気にしてた?」

「はい。対策課の課長で僕の見舞いに・・・・・・そのせいで今入院中です。」

「・・・ん?ごめん。どういうこと?」

「ちょっと・・・下剤入りのプリンを食べて入院中です。」

「・・・・・・は?」







 起床時間通りに目を覚まし、先輩達に案内して貰いながら食堂で朝食を済ませ、先輩達と処理班のミーティングルームに集まる。

「食堂利用している人結構いましたけど・・・年も暮れなのに皆さん朝から働いてるんですね。協会はこんな時期でも忙しいんですか?」

 いきなり戸黒さんと七谷さんにひっぱたかれた。

「人猿の対処に時間がかかって通常の仕事が終ってないんだよ・・・君が悪いわけじゃ無いけどそんなこと口にしたら殺されるよ。」

「すいません・・・じゃあ、ここにはなんで僕以外に三人しか人員がいないんですか?・・・イテッ!?」

 また頭をひっぱたかれる・・・

「人猿はお前が襲われた場所もそうだが、中部地方でも暴れ回っていただろ?その所為で業務が遅れている中部の仕事に駆り出されている・・・わかるぜ。お前の所為じゃ無いのは。でもな、折角の正月休みが潰されそうな俺達の気持ちを汲んでくれ。」

「すいません・・・鬼打さんは今日いなッ!!?」

 こいつら・・・言い終わる前にはたいてきやがった。

「なんなんですかさっきから!僕の頭は早押しクイズのボタンじゃないんですけど!」

「君もこれからこの『社畜養成班』の一員になるんだから、仕事の話をするときは気をつけなよ・・・さもないと本気でぶん殴るよ?鬼打班長も関東のあちこちに回って仕事をこなしている・・・はずだから。」

 七谷さんが闇に染まった瞳でこちらを見ながら言う。

「あれ?聞き間違いかな?自分の配属先の名前が違った気がするんですけど・・・ていうか、なんで鬼打班長が働いているかどうかは確証がないんですか・・・」

「あの人仕事が多すぎると逆切れして逃げ出すからな。こういう忙しいときに事務作業させる時は、いつも椅子に鎖で縛り付けてる。あと、処理班の別称なんていくらでもあるぞ。『災害級仕事量処理班』とか『スーパーブラック部隊』とか『他部署の残業も手伝ってくれる救世主』、『週休0班』・・・あとは『変人の巣窟』なんて言われるな。」

「・・・・・・」

 最後だけ意味が違かった気がする。

「実際、家に帰れる日なんてほとんど無いからね・・・僕はデスクワークオンリーで、出張もないからほとんどここの宿直室にお世話になってるよ。」

「そうだな・・・・・・俺も関東にいる時の半分くらいは忙し過ぎてここに泊まり込みだな。家に帰れる日の方が少ないかもしれない。」

「最初は泊まり込みって嫌気がさしてしょうがないんだけどね。慣れると泊まり込みの方が楽だって感じるよね。」

「そうだな・・・家に帰る方が逆に疲れるからな。」

 この班に入ったのは間違いだったかもしれない・・・風緑さん。君が正しかった。今すぐ僕は戦いから遠ざかるべきだ。こんな『真っ黒』な戦場(職場)から退いて普通な生活を送るべきだった。
 僕がさりげなく出口に向かおうとすると、戸黒さんに首根っこを捕まれる。

「どこに行こうと言うんだ新入り?逃げ場なんてねえんだよ・・・早く仕事に取りかかるぞ・・・七谷、今日の任務の説明頼む。」

「週休0ってなんすか・・・労働基準法はどこ行った・・・」

「はいはい・・・まず新人君のためにDDOSの仕事内容を大まかに話すね。名前の通り、超大規模な超常現象による災害に対抗するのが仕事・・・・・・ただそんな大事件は年に一、二回起こる程度だね。普段は対策課の一般隊員達の手伝いしてるよ。」

 七谷さんがパソコンの電源を点けながらスラスラと述べる。パソコンの画面を覗いてみると、デスクトップの背景は露出度の高い服を着た二次元の女の子だった・・・面倒臭いことになりかねないから何も言わないでおく。

「ん?この子に興味ある?マジで?あとでブルーレイ版全部貸したげるよ!絶対見てね!僕の推しは今画面に映っているニーニャちゃんでね!ある日魔法少女に・・・」

「だからスルーしたのに!なんで?なんでこうなる!!?」

 七谷さんが職場環境を語っていた時から一転、眩しい・・・というか暑苦しいぐらい目を輝かせて僕にアニメの知識を語ってくる・・・やばい。大学の授業より分かんない!

「ハァ・・・早くしろ。」

 戸黒さんにたしなめられて、やっと七谷さんのマシンガントークが終わる。

「えぇー・・・はーい。布教は後にするよ・・・手伝いって言うのは君らが今日やるような魔獣の保護や駆除。魔法犯罪の取り締まりがメインだよ。それ以外もたくさんあるけど・・・」

「人猿みたいな化け物と毎回戦うわけじゃないんですね。」

「そうは言っても、俺らに回されるのは下手すると死にかねない仕事ばっかだけどな。」

 戸黒さんが不吉なことを口走る。

「・・・僕、初任務でいきなり死亡なんてことありませんよね?」

「多分大丈夫。今日探して貰うのは本当に安全な魔獣だから。『木彫りの熊ウッドベアー』て言って、木に擬態する能力を持った奴だよ。なぜか人里付近に出現したんだよね。」

「普通の人間は熊に勝てません。」

「残念なことにもう君はもう普通の人間じゃないんだよ。それに足跡の大きさからしてまだ子熊・・・なぜか親の痕跡が見つからないんだよねえ。」

「熊なんですよね?冬眠しないんですか?」

 今日は十二月二十九で冬真っ只中だぞ?

「そう、それ!」

 七谷さんが両手をどこかの芸人みたいに人差し指と親指だけ立てて僕を指し、大声を上げる。

「それが本当謎なんだよね。最近は暖冬で冬眠から早く覚める現象も見られるけど、あの地域はそんな暖かい気温までなってないんだ。その上、親ともはぐれて行動している子熊なんて、何かおかしいんだよ・・・そういうことだから、出来ればその理由も調べてきてね。」




 ・・・・・・ということで昨日使った学校の扉付近の森に行くことになった。七谷さんがここからオペレーターとして助言してくれるそうだ。通信用のイヤホン?みたいなのも渡された・・・これじゃ魔法使いじゃ無くて映画で見る特殊部隊だよ。

「はいこれ。無くすなよ。」

「・・・なんですこれ?」

 運動しやすい格好に着替えて自室から出ると、戸黒さんが廊下の壁にもたれかかりながら待っていた。渡されたのは肩に掛けられるベルトの着いた、硬いプラスチックで作られた四角いショルダーケースとフード付きのパーカー、服の上から着るタイプのズボン・・・・・・なんと全部真っ黒だった。

「戸黒さんのお古とか言いませんよね?真っ黒すぎてゴ◯ブリでもびっくりですよ。」

「まあその通りお古なんだが・・・・・・あれ?お前、俺の格好も含めてゴ◯ブリって言わなかった?絶対俺に対する皮肉を込めて言ったよな?なあ?気のせい?」

 戸黒さんがなんか言っているが無視してケースを開ける。中身はライフルだった。初めて見たけど・・・本物だよな?

「いいんですか?使っちゃって。」

「問題無い。仕事に使うだけならな。お前なら魔法で使いこなせるだろ。」

 『道具の能力を極限まで引き出せる』魔法を使えば誤射なんてないだろうけれど・・・練習もなにも無いのか。持ち上げてみると結構重い。これ担いで山の中歩きたくないなぁ・・・

「大抵はそれ使って貰うぞ。近接武器は危なすぎる。」

「戦いなれてないですからね。剣とかナイフなんて使っても僕なんてすぐ死んじゃいますよね。」

「いや、強力過ぎて相手が危ないから。もう忘れたのか?一歩間違えれば昨日の女殺してたぞ?」

 そういえばそうだった・・・魔法を無意識に発動した結果、暴走状態になり彼女の体を両断しかけた。戸黒さんが言うには、「刀の性能を極限まで引き出すには僕自身の自我は必要無い」と魔法自体が判断したらしい。使いこなすのは苦労しそうだ。

「銃の方が安全なんておかしな話ですね。」

「全くだ・・・早くそれ着て行くぞ。」

 渋々、黒パーカーと黒ジャージを履いて、下の階に降りるためにエレベーターに向かう。嫌だなあ・・・なんでこんなゴ◯ブリ装備・・・

「待て。そっちじゃない。」

「・・・・・・え?」

 何故か戸黒さんに呼び止められた。昨日の学園への入口はかなり郊外にあったし、昨日みたいに車で行くのではないのか?


「目的地は都内だからな。飛んでった方が早い。」


 ・・・・・・は?


「何を言ってるんですか?普通の人間は飛べませんよ?常識ですよ?心までゴ◯ブリになったんですか?」

 きっと先輩は何か勘違いしているんだろう。ゴキブリと違って人間に羽は無いのだ。戸黒さんと違って僕の体は人間なのだ。背中に羽なんて付いていない。

「お前やっぱ俺をゴ◯ブリだと・・・まあいい。常識を書き換えておけ。」

 いつの間にか、僕の肩に戸黒さんが手を置いていた。


「魔法使いは飛べるんだ。」


「・・・・・・・・・・・・ッ!!!」

 戸黒さんの手を振り払って非常階段のある方向へダッシュ・・・・・出来なかった。見事な足払いで転倒させられ、今度は肩ではなくパーカーの襟口をがっしりと掴まれ、ズルズルと廊下を引き摺られる。

「ちょっ・・・ちょちょちょちょちょちょっと待って下さいよぉ~・・・さすがに、監房やら病院で、みなさん、ビルよりも高いところから兎みたいにピョンピョン元気に飛び降りていましたけど、それにしてもこれはまずいですよ!」

 舌を回して無様に嘆願しつつ、必死に抵抗して戸黒さんのパーカーを掴んでいる拳を解こうとするがびくともしない・・・風緑さんもそうだったけれど、この異常な力はなんなんだ・・・本庄さんの体に筋力があまりないからってここまで力の差があるのはおかしいだろ・・・

「兎は元気に地上六階から飛び降りたりしねえよ。」

「え?・・・じゃあレミングですね!レミング!ほらほら、可愛い鼠を思い出して一回落ち着きましょうよ?ね?」

「別にレミングみてえに集団自殺もしねえよ・・・ていうか、あまり暴れたり喋ったりしない方がいいぞ。」

「・・・・・・え?」


「間違えて落としちまうかもしれん。」


「・・・・・・」


 完全に押し黙った僕を見て意地悪そうに微笑すると、戸黒さんが軽々と僕を担ぎ上げて廊下の奥・・・・・・大きな窓目がけて走り出す。

「待って待って待って!まだ心の準備が・・・」

 どういう仕組みなのか、窓ガラスが外側に開く。地上三十階がそこに待っていた。


 ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・

 

 

 


 迷彩服で服装を統一した集団が森の中を移動していた。枯れ葉で埋め尽くされた森の中を迅速に進んでいく。何故か足音がその集団からは聞こえない・・・足音だけではなかった。枝を折る音、携帯している装備がぶつかり合う音、連絡を取る声、さらには姿さえかき消えていた。
 森の動物たちは彼らが自身の体に触れるまでその存在に気づかない。普段逃げる時よりワンテンポ遅れて、小鳥や虫が空へと飛び立つ。
 迷彩服の集団は音も姿も感知されないようにしているというのに、対象に悟られないようさらに用心して、木の陰に隠れながら追跡する。しばらくすると、先頭を走っていた隊長らしき男が部下に「止まれ」と声を出す・・・その声も、迷彩服の集団以外の生物には全く聞くことは出来なかった。
 彼らは「スネーク」と呼ばれる魔法犯罪集団だった。隠密に優れた魔法使いを構成員に多く持ち、どんなことも金額次第で請け負う傭兵のようなものだった。

 彼らが隊長の指示で停止した位置から十メートルほど前方に迷彩服の集団とは異なる人間が存在した。木々の感覚が広くなっている、低木の数も少ない視界が開けた場所に端正な顔立ちをした男が悠然と立っている・・・・・・
 隊長が指示を出すまでもなく、集団の人員が散開して前方の人間を取り囲むように陣形を取る。視界が開けているからといって、迷彩服の集団のステルス能力スキルが使えないわけではない。どんな人間にだって彼らは見えもしないし聞こえもせず、匂いも感じられない・・・・・・触覚と味覚だけはどうしようもないが、それらが実戦において使い道が薄いことは自明の理であったから、彼らは弱点だとは微塵も考えていなかった。

 不意打ちにおいて、スネークの右に出るものはいない・・・・・・構成員が一人一人自信を持って言うほど、彼らのステルス能力は完璧に近かった。
 
 隊長らしき人物が鏡を使って、木陰から前方の人間を観察する・・・・・・黒い。その一言に尽きる服装の人間だった。直立していても、地面に擦れてしまうのではないかと思えるほど大きい黒のコートを着ている綺麗な黒髪を持った男だった。
 男はキョロキョロと周りを見回して何かを探している。明らかに登山の服装では無い。一般人ではないだろう・・・・・・おそらく、協会の魔法使い・・・可能性は低いが、フリーランスの線もある。

「隊長・・・どうしますか?」

 部下が黒い男を攻撃するか判断を仰いでくる。彼らは今回、この森で魔獣の子供を探していた。悪趣味な金持ちから木彫りの熊ウッドベアーの子供の捜索と回収を依頼されていた。捜索の理由は教えて貰えなかったが、違法で飼っていたペットが逃げたに決まっていた。協会に保護されて自分に都合が悪い事実が浮き彫りになることを恐れてのことだろう。全く気の進まない仕事ではあったが、仕事の難度、危険度の低さとは逆に報酬金はかなり多く貰える依頼であったため、年末の休暇を削って受領してしまった。

「殺したらことが大きくなってしまう・・・気絶させろ。」

 こんな馬鹿らしい任務、とっとと終わらせるに限る・・・フリーランスならともかく、協会の奴らに見つかると仕事の難易度が不用意に上がってしまう。かといって見つからないようにコソコソしていれば先に子熊を保護されかねない。
 楽に報酬が得られる仕事のはずだったのだが・・・くそ、さっき引っかかった蜘蛛の糸が鬱陶しい。今日はやけに引っ掛かる数が多い気がする・・・

「救助隊ぐらいは呼んどいてやるよ。」

 既に男のすぐそばまで距離を詰めていた部下がそう言って銃の照準を男の足に合わせる。

「・・・・・・チッ!動くなよ!」

 部下が引き金に手を掛けようとした直前・・・・・・男が移動を再開してしまった。男が横を通り過ぎた大木が邪魔して、部下から男の姿が見えなくなる・・・・・・それを追って、部下が男を撃つためにその邪魔な木を迂回する・・・・・・

  瞬間、部下の左腕がその木ごと何か白く光るモノに切断された。


「ガッ!!?ギャアアアアァァァ!!!」


 部下の絶叫と共に森に血飛沫が撒き散らされ、地面に積もっていた枯れ葉が赤く染まる。

「なに!?」

 スネークの構成員全員が驚きの余り呆然としている中、部下の左腕と共に切断されたのか、大木がミシミシと音を立てて地面に倒れ込む・・・・・・
 切り倒れた大木の向こうから黒髪の男が姿を現した。先ほどまで着ていた黒のコートがどこかに消えていた。代わりに、コートの下に来ていたのであろう白いシャツが外気に晒されていた。

 もっとも注目すべき異様は、彼の周囲に不自然に浮かぶ一枚の布だった・・・・・・三メートル以上は長さがあり、金属のように光沢感のある、鈍い銀色をしていた。

 そして・・・・・・その一部に付着した、真っ赤な血液・・・確実に、左腕を切断された部下の血液であった。


「『夢幻襲色目むげんかさねしきもく』・・・」


 男が不気味に呟く。

「・・・銀—鉄色硬化てっしょくこうか

 何か呪文のようなものを呟いてから、黒髪の男が感情の感じられない虚な瞳でこちらをぼんやりと眺め、超然とした態度でゆっくりと近づいて来る・・・・・・周囲に浮かぶ銀の衣が男の動きに合わせてフワフワと空中を浮遊する・・・

 なんだあれは?あんな大きなモノ、奴は先程まで持っていなかったはず・・・・・・

「クソッ・・・撃て撃て撃て撃て!!!」

 スネークの隊長は、自分達の専売特許である不意打ちを逆にかまされて混乱していた。苦し紛れに部下全員に目の前の男に向けて発砲するよう指示を出した。

 ドガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 スネークの構成員全員による一斉射撃・・・鉛の雨が黒髪の男へと雨あられのように降り注ぐ。十人以上もの人間が同時にアサルトライフルを発砲したため、凄まじい轟音が冬の森に響き渡る・・・・・・

やかましいな。」

 男の独り言はその場にいる誰にも正確に聞き取られることはなかった・・・・・・しかし、黒髪の男が鉛の雨をものともしていないことは、彼の独り言を聞かなくともスネークの構成員にも一目瞭然のことだった。

 ギギギギギギギギギギギ!!!

 アサルトライフルの発砲音と共に聞こえて来る奇妙な金属音・・・・・・スネークの構成員が放った弾丸は、全て黒髪の男に届くことはなく、弾かれて森の木々や地面へと着弾していた。


 男の姿を隠すほど大きな大木と人の腕を易々と切断した、あの銀色に光る布・・・・・・黒髪の男が纏っている『羽衣』に銃弾が全て弾かれていたのだ。


「グアッ」
「ギャッ」
「ウグッ」

 いきなり、スネークの隊長の前方にいた数人の部下達がうめき声を上げて地面にうずくまる・・・・・・隊長は何が起こったのか分からず、「何だ?一体何が起こった!?」と思わず声に出してしまう。

「お前らのミス一つ目・・・なんで俺一人だと断定した?なぜ仲間の存在を疑わなかった?」

 部下の数人が倒れ、銃弾の嵐の音が小さくなると、黒髪の男・・・・・・災害級危険事物処理班の戦闘員、戸黒睡蓮がつまらなそうに種明かしを始めた。

「狙撃か!だがどこに?周囲はかなり慎重に確認したはず・・・どこに隠れている?」

「二つ目・・・自分達のステルス魔法に奢って慎重さを欠いた。俺が子熊用に張った罠にアホみてえに引っかかりやがって・・・お陰でまた張り直しじゃねえか。」

 罠?・・・あの蜘蛛の糸か!

 糸によるセンサー・・・視覚、聴覚、嗅覚を完全に消し去るスネークでは隠すことの出来ない、唯一無二と呼べる弱点・・・・・・『触覚による探知』。

「三つ目・・・運が悪かった。任務中、俺に偶然発見されるなんて、よっぽどついてねえんだな。朝の星座占いでも見るようにしたらどうだ?あれ、意外と当たるんだぜ?」

 最後に、戸黒睡蓮が意地悪い微笑を浮かべた。

「クソッタレ・・・撤退だ!」

 スネークの隊長が目の前の男が規格外の強さを持つことに気付いて撤退命令を出す・・・

「もう遅い」

 戸黒睡蓮の言葉と共に、銃撃を中断して背中を向けたスネークの構成員達の周囲を素早く、ぐるりと羽衣が囲う・・・・・・退路を塞がれてしまった。

 
 羽衣の色が金属のように鈍い銀色から、激しく明るい、蛍光色の『黄色』へと変化して行く・・・・・・


「黄—電色雷鳴でんしょくらいめい




 バンッッッッ!!!




 真っ白な閃光と衝撃が体に走る・・・・・・落雷?・・・どういうことだ?
 スネークの隊長は、視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚も奪われて全ての感覚がイカレてしまっていたが、自分の部隊が全滅しただろうことは、薄れ行く意識の中でなんとなく理解出来た。


 ついてねえ・・・こんな依頼受けなきゃよかった。


 朝の星座占い・・・見ときゃ良かった。












「凄いですね。この・・・服?布?・・・ちょっと魔力?・・・ってのをこめるだけで色が変わるなんて。先輩が倒したその人達も全く気づいてませんでしたよ。」

 無線機から新人の暢気のんきな声が聞こえる。

「本来はそんな便利な物じゃない。本の少し付与する魔力の質や量を間違えると、思っていたのと違う色に変化しちまうからな。魔力を完璧に操作出来ないと使い物にならない・・・お前は能力でどうにかなるみたいがな。」

 迷彩服の集団を縛り上げる片手間に、新人がいるらしい方向を確認してみるが・・・・・・全くどこにいるかわからないか。自分が着ていたコートや新人に貸した服は「紫陽花アジサイ」と名付けられた布で作られており、魔力を込めることで体や武器を強化する「魔力強化」で色や模様を変えることが出来る魔道具だった。
 新人はそれを教えるやいなや、自分の背景・・・すなわち冬の森の一部である枯れ葉や木々を、写真のようにパーカーとズボンの表面に写し出して周囲に擬態した。この集団が気づかなかったのもしょうがないと言えばしょうがない。

 戸黒ですら見極めがつかないほど、新人は完全に景色に溶け込んでいた。

「俺と『あいつ』以外まともに使える奴なんて一人もいなかったんだが・・・さすが『道具の能力を極限まで引き出せる』魔法だな。ライフルも百発百中だし・・・ていうか、よくためらいもせず撃てたな。さすが人間らしくない人間。」

 新人はただライフルを標的に当てただけではなかった。縛り上げている最中の集団を観察してみると、狙撃した奴らは全員、右足の甲に弾を撃ち込まれていた。「どこを撃てば相手が死なずに済むかわからない」なんて言うからとりあえずそこを狙えとは言ったが・・・・・・本当にそこだけに命中させられるとは思わなかった。

「あいつ?・・・・・・もしかして、『魔女』って呼ばれている人です?」

「ん?知ってるのか?」

「はい。鬼打さんに少し・・・」

「ふうん・・・」

「戸黒さんの彼女だと聞いています。」

「・・・・・・次、今と同じ言葉を口にしたらビルの屋上から紐なしバンジージャンプさせてやるよ。」

「うわぁ!?勘弁して下さいよ!!!本当に鬼打さんにそう言われたんですってば!!!」

「鬼打さんめ・・・・・・」

 ニヤニヤとほくそ笑んでいる鬼打千華の顔が頭に過ぎる・・・・・・よし。あとであの人が苦手な辛い物でも無理やり食わせてやろう。

「・・・話を戻すと、この服の変色機能を上手く使えているのはただ単に能力のおかげですね・・・能力って言えば、先輩の魔法は結局どういうものなんですか?この布、先輩がやったみたいに銃弾を弾き飛ばしたり雷撃を出したりなんて機能無いですよ?」

「さっきも言ったけど、自分で予測してみろ。敵の魔法の正体がわからないなんてザラにあることだ。今のうちに観察眼も鍛えとけ。」

「えぇー・・・あ、そうだ。この任務、危険は無いって言われてませんでした?なんでこんなことになってるんです?」

「それもそうだな。七谷!こいつらはなんだ?昨日の調査じゃこんな集団がいるなんて報告されてなかったぞ。」

「うーん・・・昨日の記録調べ直してるけど、やっぱり痕跡は無いねぇ。多分、自分達の痕跡を消す魔法をそん中の誰かが持っているんだと思う・・・姿も音も無かったんでしょ?多分最近名を上げてた『スネーク』っていうごろつき集団だと思う。」

「そんなことはどうでもいいんだよ。なんでこいつらがここにいるのかってことだ。俺達と同じで木彫りの熊ウッドベアーを探してたってことか?さすがに偶然じゃ無いだろ。」

「あのー・・・もしかしてもしかすると、この子が飼い主の家から脱走したからじゃないですか?さっき偶然会ったんですけど・・・」

 ガサガサと葉の揺れる音がした後、林の中から生首が出てきた。

「おい・・・景色と同化すんのやめろ気持ち悪い。首だけにしか見えない。」

「え?ああ。すいません、今黒に戻します。あ、大丈夫だよ。この人は君に悪いことなんてしないから。」

 新人に続いて出てきたのはまだ子供とは言え、人を襲えるだけの大きさのある熊だった。毛が薄い茶色で、周りの木の色と同じ色をしている。探していた木彫りの熊のウッドベアーであることは明白だった。なんだこいつ?熊を飼い慣らしてやがる。

「・・・君、動物と話せるの?」

 七谷がその様子に呆れて茶化す。まあ俺としては仕事が早く終わってありがたい。

「いえ。話せませんけど、なんとなく考えていることがわかるっていうか・・・昔から人間には嫌われて、動物にはよく好かれるんですよね。なんででしょう?」

「さすが人間らしくない人間だな・・・で、脱走ってのは?」

「この子、首輪着けてるんですよ。千切れた鎖もくっついてますね。だから、飼い主が嫌になって脱走したんじゃないかなあ・・・と思いまして。」

「・・・あぁ、なるほどね。それで、脱走したその子を連れ戻すためにそいつらを雇ったと。」

「・・・・・・仕事は割とすぐに終ったが、新たな仕事が増えやがったな・・・」

 思わずため息をついてしまう。早く終わったと思ったのに・・・

「え?僕が悪いんですか?・・・すいません。」

「別にいい・・・お前は悪くない。こいつも早く自然に帰してやらないとな。」

 苦笑いをして(他人からはよく無表情だと言われるから真顔なままなのだろうけれど)、優しく木彫りの熊ウッドベアーの頭を撫でてやる・・・・・・え?なんだこれ?

「すげえ・・・手触りも木と同じだ・・・って痛っ!・・・うわっ噛まれたんだけど!血が出てきた・・・」

 熊に手を噛まれた。噛み千切られなかっただけマシだが割と本気で噛まれた。しかもこの子熊、「グルルルル・・・」と敵意剥き出しで威嚇(いかく)してきやがる。

「ふふふふふ・・・先輩に触られるのは嫌みたいですね。ほらほら、こんなに人懐っこいのに・・・あ、こら舐めるな・・・」

 新人がニヤニヤしながら熊に抱きつき喉をさすってみせる。熊も嬉しそうな様子で撫でられ、新人に体をすり寄せ顔をベロベロなめる。

「こいつら・・・チッ。七谷、こいつらの雇い主を調べろ・・・おい、七谷?・・・テメエ笑ってやがるな?おい、笑うな・・・笑うんじゃねえ。ぶっ飛ばすぞ・・・」




 彼らがギャアギャアと騒いでいるのを見て、意識がまだ有った「スネーク」の構成員の何人かは思った。

 なんでこんな馬鹿みたいな連中に捕まったんだ俺達は・・・


第八話終
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