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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
雨宿り
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建てつけの悪い扉を開け、二人は降りしきる雨から逃れるように小屋の中へと飛び込んだ。
背後でぎっと音をたてて扉が閉まる。
光を遮断された部屋は薄暗く、重く垂れこめた雨雲のせいで、窓から差し込む明かりだけでは部屋全体を照らすまでには至らなかった。
人の気配は感じられない。
しんとした部屋に窓を叩きつける激しい雨音。
いつの間にか雷は遠のいていった。
雨のにおいに混じり、ほこりっぽさがつんと鼻腔をかすめたが、それも気にならなくなった。
びしょ濡れになったまましばし、二人は扉の前で立ち尽くす。
髪や服に吸い込んだ雨がしずくとなって落ち、てんてんと床にしみを作った。
「誰もいない、みたいね」
空き家だとわかっていても無断で入ることに気後れを感じたのか、サラはおじゃまします……と声を落とし、おそるおそる小屋の中へと足を踏み入れ中をぐるりと見渡した。
入ってすぐに居間。二人がけ用のテーブルと椅子。
隅には小さな食器棚が置かれていた。さらに、奥に続く間はおそらく寝室。部屋はその二間だけであった。
どの家具にも白くほこりがつもっていて、長いこと人が使った形跡は見あたらない。
もしかしたら、この家の持ち主が突然戻ってくるのではと危惧したが、その心配はないと分かると、ようやくサラは肩の力を抜きほっと息をついた。
緊張が抜けた途端、サラはぶるっと肩を震わせた。
衣服が肌に張りついて気持ちが悪いが、まだ夏の終わり、我慢していれば乾くだろう。
肌寒いのも、耐えられないほどではない。
待っていてと、動き出したハルから離れまいと咄嗟に腕をつかむが、ハルの向かう先が寝室だとわかった途端、手を離してしまった。
奥の部屋から戻ってきたハルは、手にした毛布をサラに手渡した。
「服、乾かした方がいいね。そのままだと風邪をひく。毛布、少しほこりっぽいけど、ないよりはましだろう?」
ほこりっぽいのは全然気にならないけれど……。
手にした毛布をぎゅっと胸に抱きしめる。
ハルはためらいもなく上着に手をかけて脱ぐと、居間に置かれていた椅子にかけた。
サラは慌ててハルから視線をそらす。
私、変に意識しすぎだわ。
普通にしなければ。
普通に……。
再び上げた視線がハルのしなやかな身体に釘づけとなり、あり得ないくらい胸がどきりと鳴る。意識するなという方が無理であった。
それにしても、どうやって鍛えたらあんなきれいな身体つきになるのかしら。
まるで芸術品のよう……。
そんなことを考えるサラの目は、やはりハルから離れられなかった。
「どうしたの? 脱がないの? 手伝ってあげようか?」
サラは慌てて首を振った。
「じ、自分でできるから大丈夫! それに、いいの……私はこのままでいいの! そんなに濡れなかったみたいだし」
「びしょ濡れだよ」
「あ、私丈夫だから滅多なことでは風邪ひかないし! だから平気」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいに決まっているわ!」
「そう?」
「私、胸もおしりもぺったんこだし色気だってないし……」
「そんなこと気にしているの? 今だってじゅうぶん可愛くて、魅力的だよ。それに、気づいていないの? ほんの少し手を加えるだけで、あんたは今以上に輝けるってことを」
「輝ける? 私が?」
そうだよ、と静かな声を落とし、上半身裸のままハルがこちらへと歩み寄って来る。
「あの、あの……」
口をぱくぱくさせながら、近づいてくるハルから距離をとるように後ずさる。けれど、すぐ背中に壁があたり逃げ場を失う。
サラはちらりと背後に視線を走らせる。後ろに続く部屋は寝室で、隅にはベッドが置かれてある。
も、もう完全に意識しているのがハルにばれているわ。
恥ずかしすぎる。
目の前に近づいたハルが身をかがめ、とんと壁に片手をついた。
ハルの体温さえ感じるほどの間近な距離に、心臓がとくとくと音をたて、息をするのも苦しく感じられた。
頬がかっと熱くなる。
表情を強ばらせ、ハルを見上げた。
ハルの髪から、したたる水滴がぽたりと落ちる。
「そんなに警戒しなくても何もしないよ」
「なら……この体勢は何?」
まるで追いつめられているみたいで。
逃がさないといわれているみたいで。
動けない。
「怯えた顔があまりにも可愛いから、意地悪してみたくなった」
「本当にそれだけ?」
「どういう意味?」
「それは……」
それ以上の言葉を口にできず、サラはうつむいてしまった。
キスして欲しい。
その手で私に触れて欲しい。
頭の上で、ハルがふっと笑うのが聞こえた。と同時に、壁についていたハルの手が離れる。
あっさりと身を引かれ、サラの心に戸惑いが生じた。
背後でぎっと音をたてて扉が閉まる。
光を遮断された部屋は薄暗く、重く垂れこめた雨雲のせいで、窓から差し込む明かりだけでは部屋全体を照らすまでには至らなかった。
人の気配は感じられない。
しんとした部屋に窓を叩きつける激しい雨音。
いつの間にか雷は遠のいていった。
雨のにおいに混じり、ほこりっぽさがつんと鼻腔をかすめたが、それも気にならなくなった。
びしょ濡れになったまましばし、二人は扉の前で立ち尽くす。
髪や服に吸い込んだ雨がしずくとなって落ち、てんてんと床にしみを作った。
「誰もいない、みたいね」
空き家だとわかっていても無断で入ることに気後れを感じたのか、サラはおじゃまします……と声を落とし、おそるおそる小屋の中へと足を踏み入れ中をぐるりと見渡した。
入ってすぐに居間。二人がけ用のテーブルと椅子。
隅には小さな食器棚が置かれていた。さらに、奥に続く間はおそらく寝室。部屋はその二間だけであった。
どの家具にも白くほこりがつもっていて、長いこと人が使った形跡は見あたらない。
もしかしたら、この家の持ち主が突然戻ってくるのではと危惧したが、その心配はないと分かると、ようやくサラは肩の力を抜きほっと息をついた。
緊張が抜けた途端、サラはぶるっと肩を震わせた。
衣服が肌に張りついて気持ちが悪いが、まだ夏の終わり、我慢していれば乾くだろう。
肌寒いのも、耐えられないほどではない。
待っていてと、動き出したハルから離れまいと咄嗟に腕をつかむが、ハルの向かう先が寝室だとわかった途端、手を離してしまった。
奥の部屋から戻ってきたハルは、手にした毛布をサラに手渡した。
「服、乾かした方がいいね。そのままだと風邪をひく。毛布、少しほこりっぽいけど、ないよりはましだろう?」
ほこりっぽいのは全然気にならないけれど……。
手にした毛布をぎゅっと胸に抱きしめる。
ハルはためらいもなく上着に手をかけて脱ぐと、居間に置かれていた椅子にかけた。
サラは慌ててハルから視線をそらす。
私、変に意識しすぎだわ。
普通にしなければ。
普通に……。
再び上げた視線がハルのしなやかな身体に釘づけとなり、あり得ないくらい胸がどきりと鳴る。意識するなという方が無理であった。
それにしても、どうやって鍛えたらあんなきれいな身体つきになるのかしら。
まるで芸術品のよう……。
そんなことを考えるサラの目は、やはりハルから離れられなかった。
「どうしたの? 脱がないの? 手伝ってあげようか?」
サラは慌てて首を振った。
「じ、自分でできるから大丈夫! それに、いいの……私はこのままでいいの! そんなに濡れなかったみたいだし」
「びしょ濡れだよ」
「あ、私丈夫だから滅多なことでは風邪ひかないし! だから平気」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいに決まっているわ!」
「そう?」
「私、胸もおしりもぺったんこだし色気だってないし……」
「そんなこと気にしているの? 今だってじゅうぶん可愛くて、魅力的だよ。それに、気づいていないの? ほんの少し手を加えるだけで、あんたは今以上に輝けるってことを」
「輝ける? 私が?」
そうだよ、と静かな声を落とし、上半身裸のままハルがこちらへと歩み寄って来る。
「あの、あの……」
口をぱくぱくさせながら、近づいてくるハルから距離をとるように後ずさる。けれど、すぐ背中に壁があたり逃げ場を失う。
サラはちらりと背後に視線を走らせる。後ろに続く部屋は寝室で、隅にはベッドが置かれてある。
も、もう完全に意識しているのがハルにばれているわ。
恥ずかしすぎる。
目の前に近づいたハルが身をかがめ、とんと壁に片手をついた。
ハルの体温さえ感じるほどの間近な距離に、心臓がとくとくと音をたて、息をするのも苦しく感じられた。
頬がかっと熱くなる。
表情を強ばらせ、ハルを見上げた。
ハルの髪から、したたる水滴がぽたりと落ちる。
「そんなに警戒しなくても何もしないよ」
「なら……この体勢は何?」
まるで追いつめられているみたいで。
逃がさないといわれているみたいで。
動けない。
「怯えた顔があまりにも可愛いから、意地悪してみたくなった」
「本当にそれだけ?」
「どういう意味?」
「それは……」
それ以上の言葉を口にできず、サラはうつむいてしまった。
キスして欲しい。
その手で私に触れて欲しい。
頭の上で、ハルがふっと笑うのが聞こえた。と同時に、壁についていたハルの手が離れる。
あっさりと身を引かれ、サラの心に戸惑いが生じた。
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