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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
幸せの一時
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「ねえ、あっちのほうにも行ってみてもいい?」
ハルの手を握りしめ、始終、嬉しそうに笑っているサラを見るハルの口元に、しらずしらず穏やかな笑みが浮かんでいた。
「さっきからずっとはしゃぎっぱなしだね」
「だって、楽しすぎて」
「この手を離したら、あんたどこかに行ってしまいそう」
ハルの手が離さないとばかりにきつく握りしめられ、サラもきゅっと握り返す。
「どこにも行かないもの。ハルの側を離れたりしないわ」
「大丈夫。あんたひとりでどこにも行かせはないし、それに、たとえ離れてしまったとしても……」
握っていた手をくいっと引かれ、ハルが身をかがめて耳元に唇を近づけた。
「必ずあんたを見つけ出してみせる」
耳元でささやかれ、サラははにかむようにうつむいてしまった。
ハルは私の嬉しいと思う言葉をくれる。
欲しいと思う言葉をくれる。
「それに俺、人探し得意だから」
「うう、何かそれって……」
前にハルが言っていた、狙った獲物は一度も逃がしたことがない的な。
「何? どうしたの?」
「何でもない……」
ふと、サラは、装飾品を扱う露店の前で足を止めた。
銀細工や異国から仕入れたのであろう螺鈿の髪飾り、リボンや細かい刺繍の入った小物など、女の子なら誰でも興味をそそり目を輝かせそうな品がずらりと並んでいた。
サラはその中のひとつに目をとめた。
それは光沢のある生地でできた藍色のリボンであった。
「わあ、素敵……」
「おやおや、可愛らしいお嬢ちゃんだ」
立ち止まったサラに、すかさず店の主人は声をかけてきた。
「どうだいひとつ? そのリボン、お嬢ちゃんの髪に絶対似合うと思うよ」
「そんな地味な色が好みなの?」
「地味ではないわ! だって、ハルと同じ瞳の色」
背後からハルが手を伸ばし、サラが目にとめたリボンを指さす。
「これちょうだい」
「ハル! いいの、私そんなつもりでは……」
サラは慌てて手を振って肩越しにハルを振り返る。が、相手の顔が思いのほか間近にあって、胸をどきりとさせ再び正面に向き直ってしまった。
「彼女への贈り物かい……?」
ふと、ハルと目があった店の主人は、驚きに目を見開き素っ頓狂な声を上げた。
「ほー! こりゃまた、色っぽい兄ちゃんだ……きれいな顔立ちだねって異国人!」
店の主人の褒め言葉に、ハルはどうも、と言って苦笑いを刻む。
どこに行っても、みなのハルに接する態度は同じであった。一様に必ずハルの容姿にみとれ、そして、異国人であることに驚き、レザンのことを尋ねてくるのであった。
皆が皆同じ反応をみせるから、さすがのハルも嫌気がさして不機嫌になるのではと心配したが、そういう素振りをまったく見せることもなく、どの店でもにこやかに笑って答えていた。
あんなにとげとげしかったハルが笑って他人と会話しているわ。
それもごく自然にあたりさわりのない会話を普通に……。
信じられないと言ったらあれだけど、でもやっぱり嘘みたい。
「あれかい? 出身は北の方、レザンかい? 何でまたこの国に?」
「まあね。いろいろ事情があって」
にこりと笑って適当に主人の質問を受け流すハルを、サラは首を仰け反らせて見上げた。
「そうかそうか。レザンの人間なんてこの国じゃ滅多に見かけないからねえ。あそこは男でも女でも色白でみんな美人さんぞろいだって聞くけれど……いやーほんとなんだな。間近で見て驚きだよ」
お喋りをしながらも、店の主人はリボンを丁寧に袋に包みハルに手渡した。
「これは直接、兄ちゃんから恋人に手渡してやんな」
店の主人の視線が再びサラに向けられた。
「可愛いらしい恋人だ。ちゃんと大切にするんだぜ」
「言われなくても」
と、背後からハルに抱きしめられ、サラはたちまち顔を赤くする。
「ははは、毎度!」
威勢のいい主人の声を背後に、ハルはサラの肩を抱き人込みの中へと歩き出すと、手にした包みをサラに手渡した。
「ハル、ありがとう」
包みを受けとったサラは嬉しそうに大切そうに胸に抱きしめた。
「ほんと変わってるね。こんなものが嬉しいなんて。あんたなら、もっと高価なもの持ってるだろう?」
「ううん、どんなものよりもハルからの贈り物が一番嬉しい。それと、子どもの頃、お母様が作ってくれたリボンも宝物なの。ねえ、さっそくつけてみてもいい?」
「今?」
「うん、今」
サラはどこかでリボンをつけられるところはないかと辺りをぐるりと見渡した。
「おいで」
ハルはサラの腕を取り、通りを行く人の群を器用にかきわけ、大広場へと抜けた。複雑な模様が刻まれた白い石畳が広がり、広場の中央には噴水があった。
ハルは噴水にサラを導きその縁に腰をかけさせた。
サラはさっそくハルに買ってもらったリボンを袋から取り出し両耳の脇で結び始める。
「できた。ねえ、どう?」
似合うかな? と、首を傾げるサラを見たハルは肩を震わせて笑った。そして、たった今、サラが自分で結んだリボンを指さす。
「あんたほんとに何やっても不器用なんだね」
「おかしい?」
「きちんと結べてないよ。リボンが縦になってる」
「え、ほんと? 鏡がないからうまく結べないかも」
うー、と声をもらしてサラはもう一度リボンを結び直そうと髪に手をあてるが、どうにもうまく結べない。
「へたくそ。かして」
サラの手からリボンを取り、慣れた手つきでリボンをサラの柔らかな茶色い髪に編み込み可愛らしくまとめた。
「結べたよ」
ハルの声にサラは水の張った噴水をのぞき込む。
透明な水が鏡となってサラの顔を映し出した。
「ハル……器用すぎる。女の子の髪まで結ってしまうなんて」
「あんたが不器用すぎるだけ」
サラはふふ、と笑ってもう一度噴水の中をのぞき込んだ。
「可愛いよ。似合ってる」
「……ありがとう。今日は嬉しいことばかりだわ」
立ち上がったハルが腕を差し出してきた。サラは笑顔でその腕に自分の腕を絡ませた。
ハルの手を握りしめ、始終、嬉しそうに笑っているサラを見るハルの口元に、しらずしらず穏やかな笑みが浮かんでいた。
「さっきからずっとはしゃぎっぱなしだね」
「だって、楽しすぎて」
「この手を離したら、あんたどこかに行ってしまいそう」
ハルの手が離さないとばかりにきつく握りしめられ、サラもきゅっと握り返す。
「どこにも行かないもの。ハルの側を離れたりしないわ」
「大丈夫。あんたひとりでどこにも行かせはないし、それに、たとえ離れてしまったとしても……」
握っていた手をくいっと引かれ、ハルが身をかがめて耳元に唇を近づけた。
「必ずあんたを見つけ出してみせる」
耳元でささやかれ、サラははにかむようにうつむいてしまった。
ハルは私の嬉しいと思う言葉をくれる。
欲しいと思う言葉をくれる。
「それに俺、人探し得意だから」
「うう、何かそれって……」
前にハルが言っていた、狙った獲物は一度も逃がしたことがない的な。
「何? どうしたの?」
「何でもない……」
ふと、サラは、装飾品を扱う露店の前で足を止めた。
銀細工や異国から仕入れたのであろう螺鈿の髪飾り、リボンや細かい刺繍の入った小物など、女の子なら誰でも興味をそそり目を輝かせそうな品がずらりと並んでいた。
サラはその中のひとつに目をとめた。
それは光沢のある生地でできた藍色のリボンであった。
「わあ、素敵……」
「おやおや、可愛らしいお嬢ちゃんだ」
立ち止まったサラに、すかさず店の主人は声をかけてきた。
「どうだいひとつ? そのリボン、お嬢ちゃんの髪に絶対似合うと思うよ」
「そんな地味な色が好みなの?」
「地味ではないわ! だって、ハルと同じ瞳の色」
背後からハルが手を伸ばし、サラが目にとめたリボンを指さす。
「これちょうだい」
「ハル! いいの、私そんなつもりでは……」
サラは慌てて手を振って肩越しにハルを振り返る。が、相手の顔が思いのほか間近にあって、胸をどきりとさせ再び正面に向き直ってしまった。
「彼女への贈り物かい……?」
ふと、ハルと目があった店の主人は、驚きに目を見開き素っ頓狂な声を上げた。
「ほー! こりゃまた、色っぽい兄ちゃんだ……きれいな顔立ちだねって異国人!」
店の主人の褒め言葉に、ハルはどうも、と言って苦笑いを刻む。
どこに行っても、みなのハルに接する態度は同じであった。一様に必ずハルの容姿にみとれ、そして、異国人であることに驚き、レザンのことを尋ねてくるのであった。
皆が皆同じ反応をみせるから、さすがのハルも嫌気がさして不機嫌になるのではと心配したが、そういう素振りをまったく見せることもなく、どの店でもにこやかに笑って答えていた。
あんなにとげとげしかったハルが笑って他人と会話しているわ。
それもごく自然にあたりさわりのない会話を普通に……。
信じられないと言ったらあれだけど、でもやっぱり嘘みたい。
「あれかい? 出身は北の方、レザンかい? 何でまたこの国に?」
「まあね。いろいろ事情があって」
にこりと笑って適当に主人の質問を受け流すハルを、サラは首を仰け反らせて見上げた。
「そうかそうか。レザンの人間なんてこの国じゃ滅多に見かけないからねえ。あそこは男でも女でも色白でみんな美人さんぞろいだって聞くけれど……いやーほんとなんだな。間近で見て驚きだよ」
お喋りをしながらも、店の主人はリボンを丁寧に袋に包みハルに手渡した。
「これは直接、兄ちゃんから恋人に手渡してやんな」
店の主人の視線が再びサラに向けられた。
「可愛いらしい恋人だ。ちゃんと大切にするんだぜ」
「言われなくても」
と、背後からハルに抱きしめられ、サラはたちまち顔を赤くする。
「ははは、毎度!」
威勢のいい主人の声を背後に、ハルはサラの肩を抱き人込みの中へと歩き出すと、手にした包みをサラに手渡した。
「ハル、ありがとう」
包みを受けとったサラは嬉しそうに大切そうに胸に抱きしめた。
「ほんと変わってるね。こんなものが嬉しいなんて。あんたなら、もっと高価なもの持ってるだろう?」
「ううん、どんなものよりもハルからの贈り物が一番嬉しい。それと、子どもの頃、お母様が作ってくれたリボンも宝物なの。ねえ、さっそくつけてみてもいい?」
「今?」
「うん、今」
サラはどこかでリボンをつけられるところはないかと辺りをぐるりと見渡した。
「おいで」
ハルはサラの腕を取り、通りを行く人の群を器用にかきわけ、大広場へと抜けた。複雑な模様が刻まれた白い石畳が広がり、広場の中央には噴水があった。
ハルは噴水にサラを導きその縁に腰をかけさせた。
サラはさっそくハルに買ってもらったリボンを袋から取り出し両耳の脇で結び始める。
「できた。ねえ、どう?」
似合うかな? と、首を傾げるサラを見たハルは肩を震わせて笑った。そして、たった今、サラが自分で結んだリボンを指さす。
「あんたほんとに何やっても不器用なんだね」
「おかしい?」
「きちんと結べてないよ。リボンが縦になってる」
「え、ほんと? 鏡がないからうまく結べないかも」
うー、と声をもらしてサラはもう一度リボンを結び直そうと髪に手をあてるが、どうにもうまく結べない。
「へたくそ。かして」
サラの手からリボンを取り、慣れた手つきでリボンをサラの柔らかな茶色い髪に編み込み可愛らしくまとめた。
「結べたよ」
ハルの声にサラは水の張った噴水をのぞき込む。
透明な水が鏡となってサラの顔を映し出した。
「ハル……器用すぎる。女の子の髪まで結ってしまうなんて」
「あんたが不器用すぎるだけ」
サラはふふ、と笑ってもう一度噴水の中をのぞき込んだ。
「可愛いよ。似合ってる」
「……ありがとう。今日は嬉しいことばかりだわ」
立ち上がったハルが腕を差し出してきた。サラは笑顔でその腕に自分の腕を絡ませた。
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