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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
町へ
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アルガリタの都、露店が並ぶ大通りは人混みであふれかえっていた。
路の両端を埋めつくすように布製の天幕を張った露店が並び、これが町の中心部にある大広場まで連なっていた。
露店には様々な商品が所狭しと陳列され、通りを行く人々の興味を引いた。
新鮮な野菜やみずみずしい季節の果物、炙った肉の食欲を誘う匂い。焼き菓子や、飴玉の並ぶ店の前では、子供が母親にねだる姿も見られた。
さらには、花や雑貨や荒物、小間物などないものはないといっていいくらい、豊富な種類がそれぞれの店に揃えられていた。
大広場では、自慢の楽器と喉を披露する吟遊詩人。奇天烈な芸を繰り出す軽業師が、人々の足を止めさせ喝采を浴びていた。
その通りを歩くハルとサラの姿。
町に来てからずっと、サラはきょろきょろと辺りを見渡しているが、その興味は珍しい露店に向けられているのではなく、回りの通行人であった。
そう、ハルと町に出かけられると大喜びしたものの……。
「ねえ、女の人みんなハルのことを振り返っていくわ」
町に出て、サラはすぐにそのことに気づいた。
通りすがる女性たちの大半が、ハルに目をとめ、すれ違った後もわざわざ立ち止まり、振り返っていくのであった。
そして、言っているそばから、ハルの脇を通り過ぎた若い女の子二人組がハルに視線を向けて驚いたように目を瞠らせ、何やらひそひそと言葉を交わし頬を赤らめている。
「異国の人間が珍しいだけだろう」
「本当にそう思っている?」
「どうして?」
何でもないことのように答えるハルに、サラは異国の人が珍しいだけなら顔を赤くしたりはしないでしょう、と頬を膨らませる。
複雑な気持ちだった。
どうしよう。
ハルのこと自慢に思うのと同時に、私すごく妬きもちやいてる。
この人は私の大切な人って言いたいくらい。
ハルは自分がどれだけ人目をひくか分かっていないのかしら。
それとも回りに興味がないだけ?
「ハルなら女の子から声をかけられるでしょう? つき合ってって言われたこと何度もあるでしょう?」
「つき合って? ないよ」
「うそよ」
「そんなこと言われたことない」
「私に気を遣っているのね」
「俺はずっと閉じられた世界にいたし、こうして昼間の町中をそれも女の子と歩くのは初めてだよ」
サラはあっと声を落とした。
ハルが組織を抜けて外の世界に来たのはつい最近のこと。もしかしたら、こうして人目の多いところに出ることじたい危険かもしれないのに。
でも、私が初めてなんて嬉しいかも。
サラはにこりと笑ってハルを見上げた。
「それとね、私もうひとつ気づいたの。ハルは私の歩幅にちゃんと合わせて歩いてくれるって」
「こんなところではぐれて迷子になったら、探すのが大変だからね」
「うん、ハル優しくて好き」
ぽつりと呟くサラの言葉に、ハルはかすかに笑って視線を落とす。
「ねえ」
「今度は何?」
けれど、ねえと呼びかけておきながら、サラはなかなかその先を切り出そうとしない。
サラはじっとハルの手を見つめた。
「どうしたの? 言ってごらん」
「うん……あのね、手をつないでもいい?」
サラは恥ずかしそうにもじもじしながら声を落とす。
「あ、でもいやならいいの! 無理につないで欲しいとか思っていないし。そうよね、こんな人前でそんな恥ずかしい真似できないものね。気にしないで、言ってみただけだから」
うう……やっぱりだめよね。
しょんぼりとうなだれかけたサラに向かって、ハルの右手が差し出された。
「手」
「いいの? つないでもいいの?」
飛びつくように、差し出されたハルの右手をきゅっと握りしめた。
手をつなぎながら、ほんの少しハルの後ろを歩くサラは幸せそうな笑顔で回りを見渡す。
私たち、みんなにどういうふうに見られているのかな。
いくらなんでも兄妹には見えないわよね。
ちゃんと恋人同士に見えるかな。
ハルと一緒になったら毎日……は無理でも時々はこうして町に出て手をつなぎながら歩いたりできるのかな。
「そろそろ何か食べようか」
「そうね。私もうお腹が空きすぎて限界かも」
「だね。さっきからお腹の音が鳴りっぱなし」
「鳴ってないわよ。そうだ! ハルが先生の診療所から消えてから私毎日、ハルを探すのにあちこち歩き回ったの。この通りも何度か来たわ。それでね。私食べてみたいものがあるの。ほら、あそこ」
あそこと言ってサラは露店のひとつを指さした。そこにはずらりと人が行列を作って並んでいる。蒸した鶏肉と野菜をパイで包んだものが売られている店であった。
「すごくおいしそうな匂いがして、いつか食べてみたいなって思ったの。でも、町になんてなかなか出られないし、ひとりじゃ買えないし……私並んで買ってきてもいい? ハルはここで待ってて」
「買い方分かる?」
「もちろん分かるわ」
ハルの差し出したお金をサラは握りしめる。
「お釣りもちゃんともらって」
「大丈夫よ」
「計算できる?」
「私そこまでばかではないから! ちょっと、どうしてそこで首を傾げるわけ?」
待っててね、とはしゃいだ声を上げ、サラは行列に向かって走り出した。
そんなサラの背中をハルは微笑ましい目で見つめていた。
路の両端を埋めつくすように布製の天幕を張った露店が並び、これが町の中心部にある大広場まで連なっていた。
露店には様々な商品が所狭しと陳列され、通りを行く人々の興味を引いた。
新鮮な野菜やみずみずしい季節の果物、炙った肉の食欲を誘う匂い。焼き菓子や、飴玉の並ぶ店の前では、子供が母親にねだる姿も見られた。
さらには、花や雑貨や荒物、小間物などないものはないといっていいくらい、豊富な種類がそれぞれの店に揃えられていた。
大広場では、自慢の楽器と喉を披露する吟遊詩人。奇天烈な芸を繰り出す軽業師が、人々の足を止めさせ喝采を浴びていた。
その通りを歩くハルとサラの姿。
町に来てからずっと、サラはきょろきょろと辺りを見渡しているが、その興味は珍しい露店に向けられているのではなく、回りの通行人であった。
そう、ハルと町に出かけられると大喜びしたものの……。
「ねえ、女の人みんなハルのことを振り返っていくわ」
町に出て、サラはすぐにそのことに気づいた。
通りすがる女性たちの大半が、ハルに目をとめ、すれ違った後もわざわざ立ち止まり、振り返っていくのであった。
そして、言っているそばから、ハルの脇を通り過ぎた若い女の子二人組がハルに視線を向けて驚いたように目を瞠らせ、何やらひそひそと言葉を交わし頬を赤らめている。
「異国の人間が珍しいだけだろう」
「本当にそう思っている?」
「どうして?」
何でもないことのように答えるハルに、サラは異国の人が珍しいだけなら顔を赤くしたりはしないでしょう、と頬を膨らませる。
複雑な気持ちだった。
どうしよう。
ハルのこと自慢に思うのと同時に、私すごく妬きもちやいてる。
この人は私の大切な人って言いたいくらい。
ハルは自分がどれだけ人目をひくか分かっていないのかしら。
それとも回りに興味がないだけ?
「ハルなら女の子から声をかけられるでしょう? つき合ってって言われたこと何度もあるでしょう?」
「つき合って? ないよ」
「うそよ」
「そんなこと言われたことない」
「私に気を遣っているのね」
「俺はずっと閉じられた世界にいたし、こうして昼間の町中をそれも女の子と歩くのは初めてだよ」
サラはあっと声を落とした。
ハルが組織を抜けて外の世界に来たのはつい最近のこと。もしかしたら、こうして人目の多いところに出ることじたい危険かもしれないのに。
でも、私が初めてなんて嬉しいかも。
サラはにこりと笑ってハルを見上げた。
「それとね、私もうひとつ気づいたの。ハルは私の歩幅にちゃんと合わせて歩いてくれるって」
「こんなところではぐれて迷子になったら、探すのが大変だからね」
「うん、ハル優しくて好き」
ぽつりと呟くサラの言葉に、ハルはかすかに笑って視線を落とす。
「ねえ」
「今度は何?」
けれど、ねえと呼びかけておきながら、サラはなかなかその先を切り出そうとしない。
サラはじっとハルの手を見つめた。
「どうしたの? 言ってごらん」
「うん……あのね、手をつないでもいい?」
サラは恥ずかしそうにもじもじしながら声を落とす。
「あ、でもいやならいいの! 無理につないで欲しいとか思っていないし。そうよね、こんな人前でそんな恥ずかしい真似できないものね。気にしないで、言ってみただけだから」
うう……やっぱりだめよね。
しょんぼりとうなだれかけたサラに向かって、ハルの右手が差し出された。
「手」
「いいの? つないでもいいの?」
飛びつくように、差し出されたハルの右手をきゅっと握りしめた。
手をつなぎながら、ほんの少しハルの後ろを歩くサラは幸せそうな笑顔で回りを見渡す。
私たち、みんなにどういうふうに見られているのかな。
いくらなんでも兄妹には見えないわよね。
ちゃんと恋人同士に見えるかな。
ハルと一緒になったら毎日……は無理でも時々はこうして町に出て手をつなぎながら歩いたりできるのかな。
「そろそろ何か食べようか」
「そうね。私もうお腹が空きすぎて限界かも」
「だね。さっきからお腹の音が鳴りっぱなし」
「鳴ってないわよ。そうだ! ハルが先生の診療所から消えてから私毎日、ハルを探すのにあちこち歩き回ったの。この通りも何度か来たわ。それでね。私食べてみたいものがあるの。ほら、あそこ」
あそこと言ってサラは露店のひとつを指さした。そこにはずらりと人が行列を作って並んでいる。蒸した鶏肉と野菜をパイで包んだものが売られている店であった。
「すごくおいしそうな匂いがして、いつか食べてみたいなって思ったの。でも、町になんてなかなか出られないし、ひとりじゃ買えないし……私並んで買ってきてもいい? ハルはここで待ってて」
「買い方分かる?」
「もちろん分かるわ」
ハルの差し出したお金をサラは握りしめる。
「お釣りもちゃんともらって」
「大丈夫よ」
「計算できる?」
「私そこまでばかではないから! ちょっと、どうしてそこで首を傾げるわけ?」
待っててね、とはしゃいだ声を上げ、サラは行列に向かって走り出した。
そんなサラの背中をハルは微笑ましい目で見つめていた。
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