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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
照れるハル
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甘く芳しい薔薇の香りが辺りを満たす。
季節はうつろい、空も空気も夏の終わりを忍ばせつつも、吹く風にはまだ熱気が孕み、いっそう花の香の濃密さを増した。
眩しいほどの陽光がトランティア家の庭園を明るく照らしだす。
その薔薇園の一角で、サラは短剣を振り回していた。
当然のことながら、正式に剣など習ったわけではなく、何度か騎士たちの訓練を目にしたのを真似ているだけだ。
本人はかなり真剣のつもりらしいが、はたから見れば何とも滑稽であった。
まるで、子どもが木の枝を振り回して騎士ごっこでもしているようで。
それにしても、もしもこんな場面を祖母に見られでもしたら間違いなく嫌みやらお小言やらを食らってしまうだろう。
使用人たちのほとんども祖母の息がかかっているため見られるのはまずい。
だから屋敷から離れた滅多に人の来ないこの場所へとやって来たのだ。それに、ここならハルと会っても人に見られることはまずない。
今までは夜、それもみなが寝静まる頃に会っていたから、こんなにお日様がまだ高い時間にハルと会うのは新鮮な気がした。
いつもよりもハルとたくさん一緒にいることができる。
今日はどんなお話をしようか。
何をしようかと考えるだけでわくわくとした。
ひとしきり素振りの真似事を終えたサラは、じっとりと汗ばんだひたいを手の甲で拭い、ふうと息をつく。
「すっかり汗をかいたわ」
服も汗で濡れてしまいぴたりと肌にはりつく。
握っていた短剣を芝生の上に置き、サラはころりと寝っ転がった。
お日様が眩しい。
右手を目の前にかざして太陽の光を遮る。それでも指の隙間からもれる光にサラは目を細めた。
さわりと吹く風にスカートの裾が大きく膨らむ。
めくれそうになる裾を押さえようと手を伸ばしたとき、目の端に人影を捕らえサラは慌てて半身を起こす。
「何、遊んでいるの?」
近くの木の幹に背をあずけ、ハルが腕を組んで立っていたのだ。
いつからそこにいたのだろうか。気配すらまったく感じなかった。それに、たった今ここにやってきたという感じでもない。
「ハル!」
勢いよく飛び起き、ハルの元へと駆けていく。
嬉しそうに顔を輝かせ、サラはハルの背に腕を回しきゅっと抱きついた。が、すぐにぱっと手を離し一歩後ろに足をひいてハルから離れる。
ふっと、昨夜のことを思い出したからだ。
頬が一気に紅潮していくのが自分でもわかった。
何だか目を合わせるのも恥ずかしいと顔を上げられず、目の前に立つハルの足下のあたりに視線を固定する。
「い、いつからそこにいたの」
「あんたが短剣を振り回して遊んでいる時からだよ」
ということは、もうずいぶん前からここにいたということになるのでは。
それに……。
やっぱりハルはいつものハルだわ。
私ばかりがドキドキして、ハルは相変わらず涼しい顔。
何か悔しいかも。
「声、かけてくれればいいのに」
「楽しそうに遊んでいたから、邪魔しては悪いと思って」
サラはゆっくりと視線をあげた。
「あのね、遊んでいたのではなくて剣の稽古をしていたのよ」
「稽古?」
ハルは芝生の上に置いてあるサラの短剣を一瞥して。
「ふっ……」
と、視線を斜めに落として笑った。それも口元を歪めて薄く。
「何? 今のそのふっ、て笑いは何?」
「別に」
「別にって、感じ悪かったわよ」
「気のせいだよ。それにしても剣の稽古って何のつもり?」
「それはもちろん、少しでも強くなって自分の身くらい自分で守れるようになろうと思ったの」
「あんたもほんとに変わってるね」
サラは首を傾げ、じっとハルを見上げた。
「何?」
「ねえ、もう、名前では呼んでくれないの? できればサラって言ってくれたら嬉しいな」
「いやだ」
即答であった。
「いやなの? どうしていやなの?」
「照れくさいから」
サラは目を開き、ぱちぱちさせた。
季節はうつろい、空も空気も夏の終わりを忍ばせつつも、吹く風にはまだ熱気が孕み、いっそう花の香の濃密さを増した。
眩しいほどの陽光がトランティア家の庭園を明るく照らしだす。
その薔薇園の一角で、サラは短剣を振り回していた。
当然のことながら、正式に剣など習ったわけではなく、何度か騎士たちの訓練を目にしたのを真似ているだけだ。
本人はかなり真剣のつもりらしいが、はたから見れば何とも滑稽であった。
まるで、子どもが木の枝を振り回して騎士ごっこでもしているようで。
それにしても、もしもこんな場面を祖母に見られでもしたら間違いなく嫌みやらお小言やらを食らってしまうだろう。
使用人たちのほとんども祖母の息がかかっているため見られるのはまずい。
だから屋敷から離れた滅多に人の来ないこの場所へとやって来たのだ。それに、ここならハルと会っても人に見られることはまずない。
今までは夜、それもみなが寝静まる頃に会っていたから、こんなにお日様がまだ高い時間にハルと会うのは新鮮な気がした。
いつもよりもハルとたくさん一緒にいることができる。
今日はどんなお話をしようか。
何をしようかと考えるだけでわくわくとした。
ひとしきり素振りの真似事を終えたサラは、じっとりと汗ばんだひたいを手の甲で拭い、ふうと息をつく。
「すっかり汗をかいたわ」
服も汗で濡れてしまいぴたりと肌にはりつく。
握っていた短剣を芝生の上に置き、サラはころりと寝っ転がった。
お日様が眩しい。
右手を目の前にかざして太陽の光を遮る。それでも指の隙間からもれる光にサラは目を細めた。
さわりと吹く風にスカートの裾が大きく膨らむ。
めくれそうになる裾を押さえようと手を伸ばしたとき、目の端に人影を捕らえサラは慌てて半身を起こす。
「何、遊んでいるの?」
近くの木の幹に背をあずけ、ハルが腕を組んで立っていたのだ。
いつからそこにいたのだろうか。気配すらまったく感じなかった。それに、たった今ここにやってきたという感じでもない。
「ハル!」
勢いよく飛び起き、ハルの元へと駆けていく。
嬉しそうに顔を輝かせ、サラはハルの背に腕を回しきゅっと抱きついた。が、すぐにぱっと手を離し一歩後ろに足をひいてハルから離れる。
ふっと、昨夜のことを思い出したからだ。
頬が一気に紅潮していくのが自分でもわかった。
何だか目を合わせるのも恥ずかしいと顔を上げられず、目の前に立つハルの足下のあたりに視線を固定する。
「い、いつからそこにいたの」
「あんたが短剣を振り回して遊んでいる時からだよ」
ということは、もうずいぶん前からここにいたということになるのでは。
それに……。
やっぱりハルはいつものハルだわ。
私ばかりがドキドキして、ハルは相変わらず涼しい顔。
何か悔しいかも。
「声、かけてくれればいいのに」
「楽しそうに遊んでいたから、邪魔しては悪いと思って」
サラはゆっくりと視線をあげた。
「あのね、遊んでいたのではなくて剣の稽古をしていたのよ」
「稽古?」
ハルは芝生の上に置いてあるサラの短剣を一瞥して。
「ふっ……」
と、視線を斜めに落として笑った。それも口元を歪めて薄く。
「何? 今のそのふっ、て笑いは何?」
「別に」
「別にって、感じ悪かったわよ」
「気のせいだよ。それにしても剣の稽古って何のつもり?」
「それはもちろん、少しでも強くなって自分の身くらい自分で守れるようになろうと思ったの」
「あんたもほんとに変わってるね」
サラは首を傾げ、じっとハルを見上げた。
「何?」
「ねえ、もう、名前では呼んでくれないの? できればサラって言ってくれたら嬉しいな」
「いやだ」
即答であった。
「いやなの? どうしていやなの?」
「照れくさいから」
サラは目を開き、ぱちぱちさせた。
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