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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
北の国の組織
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真剣な顔で語り始めた家庭教師の言葉に、サラはじっと耳を傾けた。
「当時、レザンのある秘密を調べようと数十名の学者が学問所に集まりました。が、研究に携わった者すべてが殺害され、レザンに関する資料がひとつ残らず燃やされてしまいました。たった一晩で、ものの見事に何もかも消されたのです」
「殺害、燃やされた? 誰に?」
思わず身を乗り出したサラに、マイネラー氏はさあそこまでは、と首を振る。
「その事件のあった年、レザンの人間が二人、学問所の試験を受けたのです。ひとりはまだ十四、五歳ほどの少年と、もうひとりは二十歳前後の青年。アルガリタの学問所はご存じの通り、人種も身分も性別も関係なく、試験に合格できたものはその門をくぐり、学問を習えます。その二人は異国の者でありながらも見事試験に合格し、学問所の生徒となりました。けれど……」
マイネラー氏は眉間に深いしわを寄せた。
「二人が入学した約一ヶ月後にその事件が起き、そして、二人は忽然と学問所から消えてしまったのです。驚いたことに、彼らの身元も何もすべて偽りだった。結局、彼らが何者であったのかさえ突き止められず。それ以来、レザンのことを調べるのは学問所では禁忌となりました」
「え、だって生徒としてそこにいたなら、たくさんの人がその二人とかかわったはず……なのになぜ?」
「だから、それが不思議なのですよ。確かに彼らと顔を合わせ、会話をした者も大勢いた。けれど、誰ひとりとして彼らのことをよく知らないと口を揃えて言うのです。存在はしていたけれど、それはまるで空気のようで、あたかも己の存在を殺していたかのように……」
「先生は会ったことあるの?」
マイネラー氏は苦い嗤いを浮かべただけであった。
「もし……もし、先生の前にその二人が現れたら、先生は分かる?」
「正直、自信がないですね」
「そう……それで、学問所でレザンの何を調べていたの? 秘密って?」
「これはあくまで噂ですが」
マイネラー氏は声をひそめ、部屋には二人きりだというのになぜか用心深く辺りを見渡した。
「レザンにはとてつもない強大で危険な組織があるとかないとか……そしてもうひとつ調べていたのは、ルカシス殿下の暗殺に使用された毒の調査です……とはいえ、調査にかかわった者すべてが殺されてしまったので、これはあくまで噂ですが」
「組織、毒……」
「もしもですよ、レザンのその組織が、遠い、それも海を隔てた、西のアルゼシア大陸のこのアルガリタの国で、自分たちの秘密を暴こうとしていることを嗅ぎつけ、それを抹消しようとして組織の人間を差し向けた。それも難関といわれている学問所の試験を、身分を詐称してまでわざわざ受け内部に潜り込ませ、そして、何ひとつ残さず秘密をきれいに消し去ってしまった。それだけでも……」
どれだけかの組織か想像がつくでしょう……とマイネラー氏は最後につけ加えた。
「あ、いえ……こんなお話はどうでもいいことでしたね。私も数学のこと以外興味がないので、こんなことくらいしか知りませんが、ですが、サラ様なぜ、急にレザンに興味をお持ちに?」
「えっと、知り合いにちょっと……その人の住んでいたところがどんなところか知りたいな、言葉とかも話せたらいいなって思って」
「もしかして、この宿題を教えてくれた方ですか?」
「それは……」
言いよどむサラを見つめ、マイネラー氏はずり落ちた眼鏡を持ち上げ、目を細めた。
「サラ様、これは忠告ですが、あまりレザンに関心を持つのはおやめになったほうがよろしいかと思われます」
「当時、レザンのある秘密を調べようと数十名の学者が学問所に集まりました。が、研究に携わった者すべてが殺害され、レザンに関する資料がひとつ残らず燃やされてしまいました。たった一晩で、ものの見事に何もかも消されたのです」
「殺害、燃やされた? 誰に?」
思わず身を乗り出したサラに、マイネラー氏はさあそこまでは、と首を振る。
「その事件のあった年、レザンの人間が二人、学問所の試験を受けたのです。ひとりはまだ十四、五歳ほどの少年と、もうひとりは二十歳前後の青年。アルガリタの学問所はご存じの通り、人種も身分も性別も関係なく、試験に合格できたものはその門をくぐり、学問を習えます。その二人は異国の者でありながらも見事試験に合格し、学問所の生徒となりました。けれど……」
マイネラー氏は眉間に深いしわを寄せた。
「二人が入学した約一ヶ月後にその事件が起き、そして、二人は忽然と学問所から消えてしまったのです。驚いたことに、彼らの身元も何もすべて偽りだった。結局、彼らが何者であったのかさえ突き止められず。それ以来、レザンのことを調べるのは学問所では禁忌となりました」
「え、だって生徒としてそこにいたなら、たくさんの人がその二人とかかわったはず……なのになぜ?」
「だから、それが不思議なのですよ。確かに彼らと顔を合わせ、会話をした者も大勢いた。けれど、誰ひとりとして彼らのことをよく知らないと口を揃えて言うのです。存在はしていたけれど、それはまるで空気のようで、あたかも己の存在を殺していたかのように……」
「先生は会ったことあるの?」
マイネラー氏は苦い嗤いを浮かべただけであった。
「もし……もし、先生の前にその二人が現れたら、先生は分かる?」
「正直、自信がないですね」
「そう……それで、学問所でレザンの何を調べていたの? 秘密って?」
「これはあくまで噂ですが」
マイネラー氏は声をひそめ、部屋には二人きりだというのになぜか用心深く辺りを見渡した。
「レザンにはとてつもない強大で危険な組織があるとかないとか……そしてもうひとつ調べていたのは、ルカシス殿下の暗殺に使用された毒の調査です……とはいえ、調査にかかわった者すべてが殺されてしまったので、これはあくまで噂ですが」
「組織、毒……」
「もしもですよ、レザンのその組織が、遠い、それも海を隔てた、西のアルゼシア大陸のこのアルガリタの国で、自分たちの秘密を暴こうとしていることを嗅ぎつけ、それを抹消しようとして組織の人間を差し向けた。それも難関といわれている学問所の試験を、身分を詐称してまでわざわざ受け内部に潜り込ませ、そして、何ひとつ残さず秘密をきれいに消し去ってしまった。それだけでも……」
どれだけかの組織か想像がつくでしょう……とマイネラー氏は最後につけ加えた。
「あ、いえ……こんなお話はどうでもいいことでしたね。私も数学のこと以外興味がないので、こんなことくらいしか知りませんが、ですが、サラ様なぜ、急にレザンに興味をお持ちに?」
「えっと、知り合いにちょっと……その人の住んでいたところがどんなところか知りたいな、言葉とかも話せたらいいなって思って」
「もしかして、この宿題を教えてくれた方ですか?」
「それは……」
言いよどむサラを見つめ、マイネラー氏はずり落ちた眼鏡を持ち上げ、目を細めた。
「サラ様、これは忠告ですが、あまりレザンに関心を持つのはおやめになったほうがよろしいかと思われます」
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