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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
獣の本性
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端整な顔を苦しげにゆがめ眉をひそめるハルの顔は艶っぽいものがあった。
そんなハルの表情にごくりと生唾を呑み込み、見惹れていた客たちであったが、確かに誰かが止めに入らなければまずい状態であった。
客たちがぞろぞろとハルの回りに集まりだした。
「おいおい……兄ちゃん、もうやめたほうがいいって」
「顔色が悪いぞ」
「そもそも、シンにかなうわけないんだ」
中にはシンがかなりの酒豪であることを知っている客もいる。
「おい、そっちの兄ちゃんも、いい加減にしてやったらどうだ?」
「あんたらの飲んでる量、半端ないって」
「まだだよ」
そう答え、シンはテーブルに頬杖をつきながら、空になったハルの盃に容赦なく酒を注ぐ。
「しかし……」
「こいつが負けを認めたら、やめてやるよ」
シンは自分の杯にも並々と酒をそそぎ一気に飲み干した。
まだまだ余裕と笑いながら、ハルにさあ、飲めよと目で合図する。
「しかし、兄ちゃんも何ていうか、あれだな……」
「そ、俺って聞き分けのない子には容赦しねえから」
テーブルの回りにはすでに人集りができ、この成り行きを見守っていた。
酒杯に手を伸ばすハルを見つめ、シンは肩をすくめ軽くため息をつく。
「ほんと、ハルくんも強情というか、そこまで負けず嫌いだとは思わなかったよ。どうみたってもう勝負はついてるだろ? 意地張ると、どうなっても知らないぞ」
「黙れ!」
テーブルを叩きつけ、ハルは勢いよく立ち上がった。途端、足をよろめかせ、体勢を崩す。
すかさず、シンが椅子から立ち上がり、倒れそうになったハルの身体に手を伸ばして支えた。
ふらりと身体を傾げ、ハルのひたいがシンの肩に添えられた。
「おい、大丈夫か。ハル?」
っていうか、俺にしがみついて、可愛い……。
「ハル?」
シンの呼びかけにハルはゆっくりと顔を上げた。
伏せたまぶたを縁取るまつげが、目元に影を落としている。
ハルは閉じていた目をゆっくりと開いた。
間近で見るその藍色の瞳に吸い込まれていく感覚に、シンはうっ、と声をもらした。
「やべえ、そそられる……このまま、おまえを連れ帰っていい? 実は俺、男でもわりと問題なかったりして」
瞬間、ハルの藍色の瞳に苛烈な光が過ぎる。
伸びてきたハルの手が、シンのひたいのあたりをわしづかみにして軽く首を仰け反らせる。
顔を近づけ、上目遣いにシンを見上げるハルのその口元には不敵な笑み。
「かまわないぞ。ただし、反対におまえを喰らってやる」
慌ててハルから手を離したシンは、顔を引きつらせた。
「こ、こえ……冗談に決まってるだろ」
いや、ちょっとだけ本気だったけど。
それにしても、なにが夜空のように澄んだきれいな瞳だよ。
今の目は獲物を捕らえて容赦なく切り刻む獣の目だよ。
シンの手を邪険に振り払い、ハルは店の外に向かって向かって歩き出す。
回りにいた客がハルの威圧的な態度に怯え、波が引くようにさっと退いた。
「約束は守ってもらうぞ。サラに会いに行け。いいな」
ハルの背に言葉を投げかけるシンの表情に一瞬、切ない色が滲んだ。
胸にちくりとした痛みが突き抜ける。
彼女への思いは断ち切った。
それでも込み上げてくる切なくやり切れない思いにシンは顔を歪めた。
サラへの感情を、無理矢理払いのける。
多分、これで約束は果たせただろうと息をつき、もう一度椅子に座り直すと、すでに何杯目かわからない酒を傾け始めた。が、杯を口に持っていこうとしたシンの手が止まった。 はっとなってもう一度店の外を見やる。
あ、あいつ、まさかと思うが、あの状態で今からサラのところに行ったりしないよな。
大丈夫かな、サラ。
何か、とんでもない獣の本性を呼び覚まして、危険な状態のまま放ってしまった気がするけど。
まあ、いっか。
本気であいつを好きだと思うならこれもまた試練だ。
いやでも……やっぱり大丈夫かな。
うーん。
そんなことを考えながら、シンは切ないため息をこぼすのであった。
そんなハルの表情にごくりと生唾を呑み込み、見惹れていた客たちであったが、確かに誰かが止めに入らなければまずい状態であった。
客たちがぞろぞろとハルの回りに集まりだした。
「おいおい……兄ちゃん、もうやめたほうがいいって」
「顔色が悪いぞ」
「そもそも、シンにかなうわけないんだ」
中にはシンがかなりの酒豪であることを知っている客もいる。
「おい、そっちの兄ちゃんも、いい加減にしてやったらどうだ?」
「あんたらの飲んでる量、半端ないって」
「まだだよ」
そう答え、シンはテーブルに頬杖をつきながら、空になったハルの盃に容赦なく酒を注ぐ。
「しかし……」
「こいつが負けを認めたら、やめてやるよ」
シンは自分の杯にも並々と酒をそそぎ一気に飲み干した。
まだまだ余裕と笑いながら、ハルにさあ、飲めよと目で合図する。
「しかし、兄ちゃんも何ていうか、あれだな……」
「そ、俺って聞き分けのない子には容赦しねえから」
テーブルの回りにはすでに人集りができ、この成り行きを見守っていた。
酒杯に手を伸ばすハルを見つめ、シンは肩をすくめ軽くため息をつく。
「ほんと、ハルくんも強情というか、そこまで負けず嫌いだとは思わなかったよ。どうみたってもう勝負はついてるだろ? 意地張ると、どうなっても知らないぞ」
「黙れ!」
テーブルを叩きつけ、ハルは勢いよく立ち上がった。途端、足をよろめかせ、体勢を崩す。
すかさず、シンが椅子から立ち上がり、倒れそうになったハルの身体に手を伸ばして支えた。
ふらりと身体を傾げ、ハルのひたいがシンの肩に添えられた。
「おい、大丈夫か。ハル?」
っていうか、俺にしがみついて、可愛い……。
「ハル?」
シンの呼びかけにハルはゆっくりと顔を上げた。
伏せたまぶたを縁取るまつげが、目元に影を落としている。
ハルは閉じていた目をゆっくりと開いた。
間近で見るその藍色の瞳に吸い込まれていく感覚に、シンはうっ、と声をもらした。
「やべえ、そそられる……このまま、おまえを連れ帰っていい? 実は俺、男でもわりと問題なかったりして」
瞬間、ハルの藍色の瞳に苛烈な光が過ぎる。
伸びてきたハルの手が、シンのひたいのあたりをわしづかみにして軽く首を仰け反らせる。
顔を近づけ、上目遣いにシンを見上げるハルのその口元には不敵な笑み。
「かまわないぞ。ただし、反対におまえを喰らってやる」
慌ててハルから手を離したシンは、顔を引きつらせた。
「こ、こえ……冗談に決まってるだろ」
いや、ちょっとだけ本気だったけど。
それにしても、なにが夜空のように澄んだきれいな瞳だよ。
今の目は獲物を捕らえて容赦なく切り刻む獣の目だよ。
シンの手を邪険に振り払い、ハルは店の外に向かって向かって歩き出す。
回りにいた客がハルの威圧的な態度に怯え、波が引くようにさっと退いた。
「約束は守ってもらうぞ。サラに会いに行け。いいな」
ハルの背に言葉を投げかけるシンの表情に一瞬、切ない色が滲んだ。
胸にちくりとした痛みが突き抜ける。
彼女への思いは断ち切った。
それでも込み上げてくる切なくやり切れない思いにシンは顔を歪めた。
サラへの感情を、無理矢理払いのける。
多分、これで約束は果たせただろうと息をつき、もう一度椅子に座り直すと、すでに何杯目かわからない酒を傾け始めた。が、杯を口に持っていこうとしたシンの手が止まった。 はっとなってもう一度店の外を見やる。
あ、あいつ、まさかと思うが、あの状態で今からサラのところに行ったりしないよな。
大丈夫かな、サラ。
何か、とんでもない獣の本性を呼び覚まして、危険な状態のまま放ってしまった気がするけど。
まあ、いっか。
本気であいつを好きだと思うならこれもまた試練だ。
いやでも……やっぱり大丈夫かな。
うーん。
そんなことを考えながら、シンは切ないため息をこぼすのであった。
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