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第3章 罪火、戸惑いに揺れる心

サラの婚約者

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 抱きしめていたサラの身体が強ばったのが手に伝わってきた。
 真っ直ぐすぎるシンの思いにサラは戸惑いをみせる。が、いつもの冗談だと思ったのだろう、唇を尖らせ。

「もう! また……」

 突き飛ばそうとしてきたサラの右手をやんわりと捕らえ、シンは自分の指に絡ませた。

「ふざけてなどいない」

 そして、絡ませた手を口元に持っていき、シンはそっとサラの指先に口づけを落とす。

「本気で、サラを抱きたいと思っている」

 ようやく、シンが冗談などではなく、本気なのだということを察したサラは、顔を真っ赤にして、視線をそらす。

「私、そういうのよく分からないからっ!」

 シンは口元に笑いを浮かべ、サラのあごに手を添えそらした視線を元に戻す。

「分からないだけ? つまり、俺に抱かれるのは嫌ではないと、そう、とらえていい?」

 今度こそ、逃がさない。

「私……」
「サラが嫌だと思うことも、怖がらせるようなこともしない。サラの表情や声や仕草でどうして欲しいか読みとるから。俺がどれだけサラを愛しているか伝えたい。サラに優しくしたい」

 このまま有無を言わせずさらっていきたい。
 加速していく思いをぎりぎりのところでこらえる。

「どうしても無理だと思ったら、必ずやめると約束するから」
「だって、私は……」

 口を開きかけたサラの唇に、その先は言わせないと、シンは指先をあて言葉を遮る。

「俺に抱かれながら、あいつのことを思ってもいい。あいつの名前を呼んでもいい。それでも俺はかまわない」

 だけど、あいつのことを考える余裕なんてあたえない。

 サラの心に身体に、俺の思いを刻みつける。
 時間をかけてゆっくりと。そして、いつかあいつのことを忘れさせてやる。
 いや、と首を振りかけたサラの頬に、拒ませないとばかりにシンは手を添える。

「サラ……俺ならサラの望む世界に連れていってあげられる。ここから逃げ出したいと思っているなら、今すぐにでも。だから俺を選んで」

 愛しているよ、サラ。

「俺に抱かれてみて」

 戸惑いに瞳を揺らすサラをじっとシンは見つめる。しかし、次の瞬間、サラの視線が自分を通り越していることにシンは気づく。
 サラの身体がかたかたと震え、指に絡ませていた手がきゅっと握りしめ返された。
 明らかに様子のおかしいサラに、シンはどうした? とその震える瞳の先を追う。

 ひとりの男が厳しい面持ちで真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。
 年は二十五、六。精悍な顔立ちで上背のある男だった。衣服の上からでも分かる筋肉質の身体つき。濃紺の天鵞絨の生地に、金の刺繍を施した衣装を身にまとい、膝まである鞣し皮の黒いブーツ。
 衣服をみるだけでもその男が身分ある者であることは知れた。

「誰、あいつ?」

 しかし、サラは顔を青褪めさせひたすら首を振るだけであった。

「サラ、こんなところで何をしているのかな?」

 男は冷ややかな声でサラに問いかける。そして、鋭い目でシンを一瞥しあざ笑った。

「婚約者である私に対するあてつけかね」
「婚約者?」

 と、聞き返すシンにサラは違うと首を振る。

「私はあなたを婚約者だと認めていない!」

 男は眉間にしわを刻み、口を歪ませた。

「まだ、君はそんなことを言うのか? これはすでに決まっていること。まあいい」

 男は呆れたように肩をすくめた。

「さあ、こちらに来て私と踊ってもらおうか。きちんとダンスは覚えてきたかね? この間のように私の足を踏むようなへまはしないだろうね」
「いやよ! 誰があなたなんかと踊るものですか!」
「聞き分けのない子は嫌いだよ」

 男がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
 そこへ──。

「まあ、ファルク様、こんなところにいらしていたのね。探しましたのよ」
「ファルク様、わたくしと踊ってくださらない?」

 数人の女たちが男の姿を見つけ、わらわらと寄ってきた。
 ファルクと呼ばれたその男は軽く舌打ちを鳴らしつつも、すぐに爽やかな笑みをその顔に張りつける。

「美しいお嬢様方に誘われるとは光栄。私でよろしければぜひ」

 集まってきた女たちは、ファルクの笑顔にさっと頬を朱色に染める。

「まあ嬉しいわ。ファルク様」
「ファルク様、いきましょう」

 ファルクは目をすがめて一度だけサラを振り返ると、彼女たちをともない会場へと戻っていった。
 去って行く男の後ろ姿を見つめ、シンは苦笑いを浮かべてやれやれと頭をかく。

 まったく……どうしてこう、ことごとく邪魔が入るかな。

「サラ?」

 サラは顔を青褪めたまま、まだ小刻みに身体を震わせていた。

「とりあえず、ここから逃げ出す?」

 シンの提案にサラはようやく顔を上げ、静かにうなずいた。

「よし!」

 バルコニーの手すりにあがったシンは、サラの身体を軽々と抱き上げ、そのまま跳躍して手すりの向こうの地面に降り立つ。

 二人の姿が薔薇園の、夜の闇へと消えていく。
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