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第2章 閃火に狂い舞う
心を動かされたのは
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「ハル! おまえ何をするつもりだ」
咄嗟にシンの指先が腰の剣にかけられる。
場合によってはこの剣を抜くのもやむを得ないと。
へえ、とハルは目をすがめ、シンを見る。
その瞳に射すくめられ、シンはごくりと唾を飲み込んだ。
しらずしらずのうちに、手のひらが汗ばんでいることに気づく。
胸の鼓動が早鐘のように打ち、流れる血がかっと熱くなっていく。
勝てる相手ではないと分かっていながら、なぜ、俺は剣を抜こうとしている。
この子のために?
目の前の相手に完膚なきまでに打ちのめされ、生死の狭間をさまよったことを忘れたのか?
たちこめる静寂に、さっと一陣の風が吹き、裏街の澱んだ空気を拡散する。
まるで時が止まったかのように、二人は微動だにしない。
互いに相手の出方を窺っているのだ。
二人のの少年の間に、危うい気配が張りつめた。
しかし、その重苦しいほどに緊迫した空気を先に解いたのはハルであった。
サラの首にかけていた手を離し、くつりと笑う。
「あまりにもうるさいから、黙らせてやっただけだ。本当に殺すとでも思ったか」
途端、サラは足下を崩し、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込む。そして、ずっと自分が息をつめていたことにようやく気づいたのか、大きく息を吐き出した。
シンもゆっくりと緊張を解き、剣の柄から手を離す。
「二度と来るな」
それでもサラはいや、と首を振る。
「なら、はっきり言う。俺はあんたのことなど何とも思っていない。一方的に気持ちを押しつけられても迷惑だ」
ぽろりと涙をこぼすサラを睥睨し、今度はシンに視線を向ける。
「おまえも、そいつに変な気を起こすなよ」
「関心もない女を気にかけるとは、珍しいな」
「いちおう、恩人だからな。それだけだ」
それ以上、語ることはないというように、ハルは二度とこちらを振り返ることもなく去って行く。
「待ってハル!」
なおも追いかけようとするサラの腕を、シンは咄嗟につかんで引き止める。
「もう、よせ」
「離して! やっと会えたのに、このまま別れるなんていや!」
つかまれた腕を振り解こうと、激しく暴れるサラの身体をシンは背後から抱きしめた。
身動きができないほどに、強くきつく。
「何するの! 離して。離さないと、あなたのこと一生許さない!」
「それでもかまわない」
「あなたなんか嫌いよ」
「どうして分からない。あんたの純粋な気持ちはあいつには伝わらない」
むしろ、遠ざけてしまうだけだ。
「お願い離して……ハルが行ってしまう。ハル……!」
遠ざかっていくその背に向かって、何度も名を叫ぶ。
サラの悲痛な叫びが胸に突き刺さる。
どんなに思いを伝えようとしたところで、相手に届かないことだってある。
恨み言を言われてもいい。
嫌われてもいい。
これ以上、泣き叫ぶ少女の声を聞くのが辛かった。
だから──。
「ごめん……」
シンは奥歯を噛み、サラの口を背後から手を回してふさいだ。
「……っ!」
腕の中で身を震わせるサラの肩に、身をかがめたシンは、ひたいを添えた。
もはや、愛する人の名を叫ぶことも、追いかけることもかなわず、サラはただ、去って行くハルの背中を必死で目で追いかける。
けれど、やがてその姿も、薄暗い裏街に落ちる影の向こうへと消えていった。
きつくつむったサラの目から、涙がこぼれシンの手にぱたぱたと落ちる。
いまだ腕の中で震えるサラの身体を、シンはさらにきつく抱きしめた。
やがて、裏街特有のどろりとした、よどんだ静寂が戻り、傾きかけた陽の光が足下に陰影を落とす。
どのくらいそうしていたのだろうか。
ようやく、抱きしめていたサラの身体からそっと腕を解く。
虚脱したように両腕を垂らし呆然と立つサラの顔をのぞき込んで、シンは切なげに瞳を揺らした。
こぼれ落ちる涙がサラの青褪めた頬を濡らす。
地に片膝をつき、目の縁にたまった涙を拭おうとシンは指先を伸ばした。
その手が触れることを躊躇うように、虚空で止まった。
もしかして、心を動かされたのは──。
咄嗟にシンの指先が腰の剣にかけられる。
場合によってはこの剣を抜くのもやむを得ないと。
へえ、とハルは目をすがめ、シンを見る。
その瞳に射すくめられ、シンはごくりと唾を飲み込んだ。
しらずしらずのうちに、手のひらが汗ばんでいることに気づく。
胸の鼓動が早鐘のように打ち、流れる血がかっと熱くなっていく。
勝てる相手ではないと分かっていながら、なぜ、俺は剣を抜こうとしている。
この子のために?
目の前の相手に完膚なきまでに打ちのめされ、生死の狭間をさまよったことを忘れたのか?
たちこめる静寂に、さっと一陣の風が吹き、裏街の澱んだ空気を拡散する。
まるで時が止まったかのように、二人は微動だにしない。
互いに相手の出方を窺っているのだ。
二人のの少年の間に、危うい気配が張りつめた。
しかし、その重苦しいほどに緊迫した空気を先に解いたのはハルであった。
サラの首にかけていた手を離し、くつりと笑う。
「あまりにもうるさいから、黙らせてやっただけだ。本当に殺すとでも思ったか」
途端、サラは足下を崩し、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込む。そして、ずっと自分が息をつめていたことにようやく気づいたのか、大きく息を吐き出した。
シンもゆっくりと緊張を解き、剣の柄から手を離す。
「二度と来るな」
それでもサラはいや、と首を振る。
「なら、はっきり言う。俺はあんたのことなど何とも思っていない。一方的に気持ちを押しつけられても迷惑だ」
ぽろりと涙をこぼすサラを睥睨し、今度はシンに視線を向ける。
「おまえも、そいつに変な気を起こすなよ」
「関心もない女を気にかけるとは、珍しいな」
「いちおう、恩人だからな。それだけだ」
それ以上、語ることはないというように、ハルは二度とこちらを振り返ることもなく去って行く。
「待ってハル!」
なおも追いかけようとするサラの腕を、シンは咄嗟につかんで引き止める。
「もう、よせ」
「離して! やっと会えたのに、このまま別れるなんていや!」
つかまれた腕を振り解こうと、激しく暴れるサラの身体をシンは背後から抱きしめた。
身動きができないほどに、強くきつく。
「何するの! 離して。離さないと、あなたのこと一生許さない!」
「それでもかまわない」
「あなたなんか嫌いよ」
「どうして分からない。あんたの純粋な気持ちはあいつには伝わらない」
むしろ、遠ざけてしまうだけだ。
「お願い離して……ハルが行ってしまう。ハル……!」
遠ざかっていくその背に向かって、何度も名を叫ぶ。
サラの悲痛な叫びが胸に突き刺さる。
どんなに思いを伝えようとしたところで、相手に届かないことだってある。
恨み言を言われてもいい。
嫌われてもいい。
これ以上、泣き叫ぶ少女の声を聞くのが辛かった。
だから──。
「ごめん……」
シンは奥歯を噛み、サラの口を背後から手を回してふさいだ。
「……っ!」
腕の中で身を震わせるサラの肩に、身をかがめたシンは、ひたいを添えた。
もはや、愛する人の名を叫ぶことも、追いかけることもかなわず、サラはただ、去って行くハルの背中を必死で目で追いかける。
けれど、やがてその姿も、薄暗い裏街に落ちる影の向こうへと消えていった。
きつくつむったサラの目から、涙がこぼれシンの手にぱたぱたと落ちる。
いまだ腕の中で震えるサラの身体を、シンはさらにきつく抱きしめた。
やがて、裏街特有のどろりとした、よどんだ静寂が戻り、傾きかけた陽の光が足下に陰影を落とす。
どのくらいそうしていたのだろうか。
ようやく、抱きしめていたサラの身体からそっと腕を解く。
虚脱したように両腕を垂らし呆然と立つサラの顔をのぞき込んで、シンは切なげに瞳を揺らした。
こぼれ落ちる涙がサラの青褪めた頬を濡らす。
地に片膝をつき、目の縁にたまった涙を拭おうとシンは指先を伸ばした。
その手が触れることを躊躇うように、虚空で止まった。
もしかして、心を動かされたのは──。
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