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第2章 閃火に狂い舞う
あなただけが頼り
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この人が、シンでなかったら?
ぞくりとしたものが背筋に走った。そんなことなど、疑いもせずにここまでついてきた。しかし、サラはいいえ、と首を振って否定する。
「あなたは間違いなくシンよ。テオはとても珍しい紫の瞳だと言っていた。そんな色の瞳を持つ人なんて、ここではあまり見かけないもの。あなたアルガリタの南、アスラット草原地方出身よね? そこの者たちは、おおむね紫の瞳を持つとテオのお話で聞いたことがあるわ。それに草原の民はおおらかで、心が優しいって。ねえ、どうしてあなたはこのアルガリタの町に来たの?」
シンの手が緩み、身体から離れた。
「あなたは私の行動を軽率と思うかもしれないけれど、私は本気でハルを探したいの。どうしても会って、私の気持ちを伝えたい。だからあなただけが頼りなの」
サラは勢いよく振り返って長身の相手を見上げる。
「それにね、これでも私、人を見る目はあると思うの。だから、あなたは絶対に悪い人ではないわ。それにハルのお友達なのでしょう?」
シンは肩をすくめた。
「そこまで言われたらかなわないよ。悪ふざけがすぎた。謝る。ごめん」
「それで、どうしてあなたはこのアルガリタに来たの?」
サラはもう一度問いかける。
一瞬、シンの濃い紫の瞳に悲しげなものが過ぎった。
「いろいろあったんだよ」
「いろいろって何?」
「いろいろだよ。もう、いいだろ。行くぞ」
そして、二人は再び裏街の奥に向かって歩き出した。
突き進むにつれ、腐敗はよりいっそう濃くなっていく。時折、好奇な目でこちらに視線を送る者たちがいたが、近寄っては来なかった。
しかし、サラは気づいていない。
背後で彼女を守るべく、睨みをきかせているシンの姿を。万が一のために彼の右手が油断なく、剣にかけられていることを。
そうとも知らず、サラは緊張した顔でよどんだ空気をかきわけるように歩き続けた。が、突然目眩を覚え足をよろめかせる。背後から、力強い腕に抱きとめられたがため、地面に倒れ込むことはなかったが。
まるで身体の力が抜けていく。
先ほどまでの腐臭とは別の、耐え難い強烈な匂いが鼻をつき、サラは鼻をおおうように手をあてた。
これ以上この匂いを嗅いでいると、どうにかなってしまいそうだった。
「しっかり、気をもった方がいい」
「何なの、この匂い……」
「まあ、よくない薬だな」
「よくない薬? 何それ?」
にやりと笑ったシンは、見てみろというように視線を横へ移す。
シンの視線につられ辺りを見渡したサラの目に、そこかしこで、堂々と薬を吸飲している者たちの姿が目に飛び込んだ。
「この匂いを嗅いでどうして、あなたは平気でいられるの? さては、あなたもよくない薬の常習犯ねっ!」
「冗談言うな。俺だって、気分が悪い」
それでもサラは疑いの目をやめない。
「怪しいものね」
「ここで俺が倒れたら、あんたどうするつもりだよ」
「あなたなんか捨てて、逃げるに決まっているでしょう?」
「ひとりでこんな所を歩いて見ろ、即、頭のおかしい連中に取り囲まれる」
「そうは言うけど、あなた全然強そうに見えないし、頼りにならなさそうだもの。そうね、あなたの武器はそのきれいな顔くらいかしら」
あまりにも可愛くないサラの態度と言葉に、シンは目を細めた。
サラにしてみれば、軽い冗談のつもりで言ったのであろう。しかし、シンはそう受け止めたようではなかった。
突然、シンの手がサラのあごをつかみ、ぐいっと上向かせる。
「な、何よ……乱暴する人は嫌いよ!」
「俺は何があっても、女には絶対に手をあげない。けれど、その生意気な口を黙らせる方法はいくらでも知っている」
濃い紫色の瞳が真っ向からサラの瞳を捕らえた。
その瞳の奥に、ちらりと怪しい光が過ぎる。
「ど、どうしようっていうのよ」
「どうして欲しい?」
シンはにやりと笑った。
「どうって……どうもして欲しくないわよ!」
サラは腕を振り上げ、シンのあごに力を込めてこぶしを叩き込んだ。
うわっ、と情けない声を上げてシンはあごを押さえ込む。
「な、殴るか、女がこぶしで殴るか……」
信じられない、とシンは怯える目でサラを見返す。
「口ほどにもないわね」
埃を払うように両手を叩き、サラは勝ち誇った笑みを浮かべた。そして、ふいっと視線をシンからそらし再び歩き出す。
怒る気も失せたのか、シンは肩をすくめ黙って彼女の後に続くのであった。
「もっとも、そうやって強気でいられるのも、今のうちだからな」
ぞくりとしたものが背筋に走った。そんなことなど、疑いもせずにここまでついてきた。しかし、サラはいいえ、と首を振って否定する。
「あなたは間違いなくシンよ。テオはとても珍しい紫の瞳だと言っていた。そんな色の瞳を持つ人なんて、ここではあまり見かけないもの。あなたアルガリタの南、アスラット草原地方出身よね? そこの者たちは、おおむね紫の瞳を持つとテオのお話で聞いたことがあるわ。それに草原の民はおおらかで、心が優しいって。ねえ、どうしてあなたはこのアルガリタの町に来たの?」
シンの手が緩み、身体から離れた。
「あなたは私の行動を軽率と思うかもしれないけれど、私は本気でハルを探したいの。どうしても会って、私の気持ちを伝えたい。だからあなただけが頼りなの」
サラは勢いよく振り返って長身の相手を見上げる。
「それにね、これでも私、人を見る目はあると思うの。だから、あなたは絶対に悪い人ではないわ。それにハルのお友達なのでしょう?」
シンは肩をすくめた。
「そこまで言われたらかなわないよ。悪ふざけがすぎた。謝る。ごめん」
「それで、どうしてあなたはこのアルガリタに来たの?」
サラはもう一度問いかける。
一瞬、シンの濃い紫の瞳に悲しげなものが過ぎった。
「いろいろあったんだよ」
「いろいろって何?」
「いろいろだよ。もう、いいだろ。行くぞ」
そして、二人は再び裏街の奥に向かって歩き出した。
突き進むにつれ、腐敗はよりいっそう濃くなっていく。時折、好奇な目でこちらに視線を送る者たちがいたが、近寄っては来なかった。
しかし、サラは気づいていない。
背後で彼女を守るべく、睨みをきかせているシンの姿を。万が一のために彼の右手が油断なく、剣にかけられていることを。
そうとも知らず、サラは緊張した顔でよどんだ空気をかきわけるように歩き続けた。が、突然目眩を覚え足をよろめかせる。背後から、力強い腕に抱きとめられたがため、地面に倒れ込むことはなかったが。
まるで身体の力が抜けていく。
先ほどまでの腐臭とは別の、耐え難い強烈な匂いが鼻をつき、サラは鼻をおおうように手をあてた。
これ以上この匂いを嗅いでいると、どうにかなってしまいそうだった。
「しっかり、気をもった方がいい」
「何なの、この匂い……」
「まあ、よくない薬だな」
「よくない薬? 何それ?」
にやりと笑ったシンは、見てみろというように視線を横へ移す。
シンの視線につられ辺りを見渡したサラの目に、そこかしこで、堂々と薬を吸飲している者たちの姿が目に飛び込んだ。
「この匂いを嗅いでどうして、あなたは平気でいられるの? さては、あなたもよくない薬の常習犯ねっ!」
「冗談言うな。俺だって、気分が悪い」
それでもサラは疑いの目をやめない。
「怪しいものね」
「ここで俺が倒れたら、あんたどうするつもりだよ」
「あなたなんか捨てて、逃げるに決まっているでしょう?」
「ひとりでこんな所を歩いて見ろ、即、頭のおかしい連中に取り囲まれる」
「そうは言うけど、あなた全然強そうに見えないし、頼りにならなさそうだもの。そうね、あなたの武器はそのきれいな顔くらいかしら」
あまりにも可愛くないサラの態度と言葉に、シンは目を細めた。
サラにしてみれば、軽い冗談のつもりで言ったのであろう。しかし、シンはそう受け止めたようではなかった。
突然、シンの手がサラのあごをつかみ、ぐいっと上向かせる。
「な、何よ……乱暴する人は嫌いよ!」
「俺は何があっても、女には絶対に手をあげない。けれど、その生意気な口を黙らせる方法はいくらでも知っている」
濃い紫色の瞳が真っ向からサラの瞳を捕らえた。
その瞳の奥に、ちらりと怪しい光が過ぎる。
「ど、どうしようっていうのよ」
「どうして欲しい?」
シンはにやりと笑った。
「どうって……どうもして欲しくないわよ!」
サラは腕を振り上げ、シンのあごに力を込めてこぶしを叩き込んだ。
うわっ、と情けない声を上げてシンはあごを押さえ込む。
「な、殴るか、女がこぶしで殴るか……」
信じられない、とシンは怯える目でサラを見返す。
「口ほどにもないわね」
埃を払うように両手を叩き、サラは勝ち誇った笑みを浮かべた。そして、ふいっと視線をシンからそらし再び歩き出す。
怒る気も失せたのか、シンは肩をすくめ黙って彼女の後に続くのであった。
「もっとも、そうやって強気でいられるのも、今のうちだからな」
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