上 下
28 / 149
第2章 閃火に狂い舞う

あなたに会うために

しおりを挟む
 その夜、サラが原因不明の熱をだし、屋敷は騒然たるものとなった。
 ベッドの上で荒い息を吐き、高熱と吐き気、胃痛を訴え苦しむサラの回りを、トランティア家専属の医師たちが取り囲み、それぞれ顔を青くした。

「原因がわかりません!」
「食べた物はすべて、吐き出してしまいました!」

 口々に騒ぎ立てる医師たちの声を、混濁とした意識の中でサラは聞く。
 現実とも夢ともつかない曖昧な感覚であった。
 覚悟を決め、テオが用意してくれた薬を飲んだはずなのに、それでも耐えきれず、何度も助けて、と声をもらした。
 けれど、それがかえって医師たちの焦りを生じさせたようだ。

 サラが涙を流して苦しみを訴えるたび、医師たちはどうしたものかと、ベッドの側でおろおろとするのだ。
 身体中の関節が軋むように痛み、視界がぐるぐると回った。
 おまけに、胸のあたりが気持ち悪く、胃が押し潰されるように痛む。

「ああ、サラ……」

 ベッドの側では、母フェリアが悲痛の声を上げて涙を流し、自分の手を握りしめている。
 そんな母の肩に、父、ミストスの手がかけられる。
 ミストスは妻を落ち着かせようと、何度も大丈夫を繰り返していた。

 この一大事の場に祖母の姿はない。
 おそらくこのことは当然、耳には入っているのだろうが、わざわざ様子を見に来る必要などないと思っているのか。
 けれど、それはいつものこと。
 むしろ、猜疑心の強い祖母がいないほうが都合がいい。

 お父様、お母様ごめんなさい。
 どうしても会いたい男性ひとがいるの。
 その人のことが、好きなの。
 だから、もう一度会って、きちんと私の気持ちを伝えたい。

 突然、サラは身体を痙攣させ、口元に手をあてた。
 これで何度目の嘔吐であろうか。
 吐くものなんて、もうないのに。
 喉がひりついて痛い。
 サラの目に涙が浮かぶ。
 声も出せずに、唇が助けてと言葉を刻む。

「ベゼレート医師なら……」

 ひとりの医師がぽつりと呟いた。すると、側にいた他の医師たちもはっとする。

「そ、そうだ! 彼ならばサラ様を救えましょう」

 もはや、自分たちでは手の施しようがないと判断した医師たちは、声をそろえてベゼレートの名を口にする。
 ミストスの精悍な顔に厳しいものが過ぎる。振り返り、控えている従者たちに視線を据え言い放つ。

「すぐに馬車の用意を!」
「か、かしこまりました!」

 ああ、先生の所へ行けるのね。

 安心に身を委ねた瞬間、ようやくサラは意識を手放した。

 ハル。
 夢の中で何度もその名を呼ぶ。
 ただひとりの少年の名を……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

やらかし婚約者様の引き取り先

恋愛 / 完結 24h.ポイント:22,004pt お気に入り:323

後悔はなんだった?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,857pt お気に入り:1,477

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,960pt お気に入り:3,397

みにくい男の人魚のはなし

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:10

ロマンティックの欠片もない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:526pt お気に入り:50

人思う日々

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

王子様と朝チュンしたら……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,695pt お気に入り:163

王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,103pt お気に入り:33

処理中です...