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第2章 閃火に狂い舞う
もっと自由に生きられたなら
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トランティアの婿嫁であるフェリアを下賤な女と、サラの前で言うのだから、その間柄がどんなものかなど嫌でも想像ができる。
祖母はこめかみのあたりをかすかに震わせた。
母をかばうサラの懇願が、よけい癇に障ったようである。
祖母にとってフェリアの存在は、家名を貶め血筋を穢した女なのであるから。
そもそも、サラの母フェリアは、身分の低い家柄の娘であった。
だが、王家とも繋がる大貴族トランティア家の嫡子ミストスに見初められ、周囲の反対を強引に押し切ってまでも、結婚に踏み切った。
当初、回りの者はミストスにこう言い含めたのだ。
それほどまでに彼女のことが好きならば、愛人として迎えればいいと。しかし、ミストスも頑固に、フェリアを正式な妻として迎えない限り、自分は一生結婚しないと言い切ったのである。
そんな大恋愛のすえ結ばれたフェリアとミストスは、今でも恋人同士のように仲むつまじく寄り添っている。
二人はサラに愛情をたっぷりとそそいだ。
だから、サラも両親のことは愛していたし、いつか自分もそんな大恋愛をするのだと憧れを胸に抱いた。
好きな人と結ばれ、幸せな家庭をつくっていくのだと。
けれど、そんな両親の娘に対する深い愛情が、祖母にとってはただの甘やかしとしかとらえられず、ただひとりの跡継ぎであるサラをこんな世間体の悪い、ダメな子にしたのだと思っている。
だから、祖母はいまだにフェリアの存在を認めず、ことあるごとに辛くあたった。
「もうよい」
呆れた眼差しでしばしサラを睨みつけると、祖母はそれ以上言葉をかけることもなく、きびすを返し去っていってしまった。
もはや、孫娘の顔を見るのも耐えられないとばかりに。
だったらなぜ、わざわざ部屋にやって来たのか。
同じく彼女につき従う侍女たちも、祖母の後を慌てて追って行く。
静けさが部屋に戻る。
サラは緊張を解き、深いため息をついた。
息がつまりそう。
こんな生活、私にはあわない。
きっと、一生慣れることなんてない。
どうして、普通の家の子に生まれなかったのかしら。
何ものにも束縛されない自由の身であったなら。
サラの脳裏にハルの姿が思い浮かぶ。
不遜で傲慢で、他人を見下すような冷徹な眼差しをする少年。
性格がねじれているようにみえて、でも心の内に優しさを秘めていて。
人を惹きつける藍色の瞳は、強気かと思えば、時々、寂しそうに揺れて。
彼のすべてが、存在そのものが、サラにとっては魅力的であった。
強さと弱さ、厳しさと優しさをあわせもつ不思議な存在。
彼のことを考えると、幸福な気持ちになれた。
もっと、彼の側にいられたなら。
彼のことを知れたなら。
ハルに会いたい……忘れられない。
ふと、思いついたように顔を上げ、机へと走り寄った。
並べてある教科書を脇に押しのけ、引き出しから洋皮紙と封筒を引っぱり出す。
椅子に座り、何かを考え込むように両腕を組む。そして、おもむろに、机の上に転がっていた鵞ペンに手を伸ばし、インク壺を引き寄せた。
じっくりとペン先にインクを含ませ、洋皮紙に最初の文字を書き始めた。
「えーと、親愛なる……」
祖母はこめかみのあたりをかすかに震わせた。
母をかばうサラの懇願が、よけい癇に障ったようである。
祖母にとってフェリアの存在は、家名を貶め血筋を穢した女なのであるから。
そもそも、サラの母フェリアは、身分の低い家柄の娘であった。
だが、王家とも繋がる大貴族トランティア家の嫡子ミストスに見初められ、周囲の反対を強引に押し切ってまでも、結婚に踏み切った。
当初、回りの者はミストスにこう言い含めたのだ。
それほどまでに彼女のことが好きならば、愛人として迎えればいいと。しかし、ミストスも頑固に、フェリアを正式な妻として迎えない限り、自分は一生結婚しないと言い切ったのである。
そんな大恋愛のすえ結ばれたフェリアとミストスは、今でも恋人同士のように仲むつまじく寄り添っている。
二人はサラに愛情をたっぷりとそそいだ。
だから、サラも両親のことは愛していたし、いつか自分もそんな大恋愛をするのだと憧れを胸に抱いた。
好きな人と結ばれ、幸せな家庭をつくっていくのだと。
けれど、そんな両親の娘に対する深い愛情が、祖母にとってはただの甘やかしとしかとらえられず、ただひとりの跡継ぎであるサラをこんな世間体の悪い、ダメな子にしたのだと思っている。
だから、祖母はいまだにフェリアの存在を認めず、ことあるごとに辛くあたった。
「もうよい」
呆れた眼差しでしばしサラを睨みつけると、祖母はそれ以上言葉をかけることもなく、きびすを返し去っていってしまった。
もはや、孫娘の顔を見るのも耐えられないとばかりに。
だったらなぜ、わざわざ部屋にやって来たのか。
同じく彼女につき従う侍女たちも、祖母の後を慌てて追って行く。
静けさが部屋に戻る。
サラは緊張を解き、深いため息をついた。
息がつまりそう。
こんな生活、私にはあわない。
きっと、一生慣れることなんてない。
どうして、普通の家の子に生まれなかったのかしら。
何ものにも束縛されない自由の身であったなら。
サラの脳裏にハルの姿が思い浮かぶ。
不遜で傲慢で、他人を見下すような冷徹な眼差しをする少年。
性格がねじれているようにみえて、でも心の内に優しさを秘めていて。
人を惹きつける藍色の瞳は、強気かと思えば、時々、寂しそうに揺れて。
彼のすべてが、存在そのものが、サラにとっては魅力的であった。
強さと弱さ、厳しさと優しさをあわせもつ不思議な存在。
彼のことを考えると、幸福な気持ちになれた。
もっと、彼の側にいられたなら。
彼のことを知れたなら。
ハルに会いたい……忘れられない。
ふと、思いついたように顔を上げ、机へと走り寄った。
並べてある教科書を脇に押しのけ、引き出しから洋皮紙と封筒を引っぱり出す。
椅子に座り、何かを考え込むように両腕を組む。そして、おもむろに、机の上に転がっていた鵞ペンに手を伸ばし、インク壺を引き寄せた。
じっくりとペン先にインクを含ませ、洋皮紙に最初の文字を書き始めた。
「えーと、親愛なる……」
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