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第1章 さながら烈火の如く

突然の別れ

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「行くのか?」

 挨拶もなく、立ち去ろうとするハルの背に、テオは声をかける。
 ハルはゆっくりと肩越しに振り返り、口元に薄い笑いを刻むだけであった。
 別れの言葉も、礼の言葉もない。けれど、彼らしいとテオは思った。
 結局、この少年が何者であったのか謎のままだが、どのみち、尋ねたところで素直に答えるはずはない。
 きっと、テオが想像している以上に、この少年は深い闇をその胸に抱えているのだろう。

「サラには言ったのか?」

 やはりそれにも答えず、ハルは背を向け歩き出したその瞬間、突然診療所の扉が勢いよく開け放たれ、ひとりの少年が中へと飛び込んできた。
 その突然の闖入者は、目の前のハルの姿を見つけるなり嬉しそうに目を輝かせ、抱きついた。

「ハル! 探したんだぞ!」
「シン!」

 シンと呼ばれた少年は、嬉々とした声を上げ、ハルを強く抱きしめた。

「心配させやがって! このこの」

 締めつける相手の手から逃れようと、必死にもがくハルだが、どうやらかなわないらしい。
 テオは吹き出しそうになるのをこらえた。
 こうして見ると、街中で見かける普通の少年たちと変わらない、年相応な顔をするのだと、少し安心する。

 それにしても、シンというこの少年……。

 少々、軽薄そうな雰囲気であった。
 きれいなな顔だちに細身の身体つきはどこか女性っぽい。首の後ろで束ねた長い髪をとけば、それこそ女性と見まごうだろう。

 ハルを抱きしめたまま、シンはふと視線を上げた。濃い紫の瞳を揺らして、テオを凝視する。
 テオもその視線を受け止めなるほど、と納得する。
 軽薄そうに見えて、実はこの少年もただ者ではない雰囲気を瞬時に察する。
 瞳の奥に宿る強烈な光に隙はない。

「ハル、このお兄さん誰? それに、ここって確か、有名な医者の家だよね」

 尋ねるシンに、ハルはああ、と答えてテオを振り返る。

「彼はその先生の助手さ。いや、右腕かな」

 テオは驚いた顔でハルを見返した。
 よもや、ハルの口からそのような言葉が聞けるとは思いもよらなかったから。

「へえ、偉い人なんだ」

 テオをかえりみながらふっと笑い、ハルはシンを伴い、いや、シンに引きずられ診療所を後にした。
 去っていくハルの後ろ姿を、テオは窓ごしに見つめていた。
 もしかしたらもう彼とは会うこともないかもしれないだろう。だが、サラがこのことを知ったら、どんな顔をするか。

 何となく寂しい空間が部屋を満たした。
 しばし、テオはその場に立ちつくしたが、やがて腕まくりをし、いつになく気合いをいれて午後からの診療の準備に取りかかり始めた。
 ほどなくして、サラが篭一杯に詰まった桃を手に姿を現した。

「ねえ、テオ。ハルを見かけなかった? 一緒に桃を食べようと思って部屋に行ったんだけど、いないのよ」
「彼ならば……つい先ほど去っていきました」

 途端、サラの顔が泣きそうに歪む。

「そ、そんなの私、聞いてない!」
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