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第1章 さながら烈火の如く

甘い花の香りに意識を奪われて

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「こんなに細い首なら折るのも容易い。絞め殺すにしても、片手でこと足りる」
「あなた言葉……分かるの?」
「おまえみたいな、何不自由ない貴族のお嬢さんが偽善者面をするのは嫌いなんだ」

 首にかけられた手に力が加わる。

「引き裂いてやりたいくらいだ」
「私を……殺すの?」

 けれど、それは無用の心配であった。
 不意に少年に肩を押され、サラは尻もちをついて倒れる。
 すかさず、護衛のひとりがサラの腕をつかんで立たせ、引き寄せた。

 剣を支えに少年はゆらりと立ち上がり、険しい形相を浮かべる男たちに一瞥をくれ鼻白む。
 何を思ったのか、少年は肩に突き刺さった矢に手をかけ、一気に引き抜いた。
 サラは悲鳴を上げ口元を手で押さえる。

 少年は引き抜いた矢を無造作に男たちの足下に投げ放った。
 肉が裂かれ、飛び散った血が、大地に点々と赤い染みを作る。なのに、少年は顔色ひとつ変えようとはしない。それどころか平然としている。

 流れる血が少年の右腕を鮮烈な赤に染め、指先を伝い落ちていく。
 痛みを感じないのか。いや、そんなはずはない。
 その証拠に少年の顔は血の気を失い青ざめていた。
 男たちの腕を強引に振りほどき、サラは少年の元へと走り寄り、持っていたハンカチを少年の肩に押しあてた。

「どうしてこんなことを……無茶しないで、お願いだから……」
「俺に触れるな!」

 乱暴に手を払いのけられても、サラは決して引こうとはしなかった。
 むしろ、いっそう声を張り上げ、目の前の少年を叱りつける。

「う、動かないでと、言っているでしょう!」

 どうして、この人のことが気になるのか。
 怖くてたまらないのに、それでも放っておけない。

「お願いだから、私の言うこときいて……」

 衣装が血で汚れてしまうのもかまわず、サラは少年の身体を抱き込むように両腕を回した。

「おまえ……」

 サラは肩越しに、護衛の男たちを振り返って厳しい視線を放つ。

「彼をベゼレート先生の所へ連れて行って!」
「サラ様、ご冗談は……」
「本気よ! 先生の所に連れていってくれるまで、私、彼から離れない」

 サラは少年の胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみついた。

 小柄だと思っていたけれど、以外と背が高いのね。
 華奢に見えるけれど、そうでもない。
 ふと、血の臭気に混じって別の香りがサラの鼻腔をかすめていった。

 甘い香り……香水?
 いいえ、違う。
 花の匂い。

 途端、目眩を覚えて足下をふらつかせる。

 どうしよう……頭がふわふわする。

「お願い、この人を……ベゼレート先生の所へ……」

 こらえるように歯を食いしばり、再度男たちをかえりみる。
 その表情は相手を怯ませるほどの凄まじさがあった。

「お願い!」

 声を張り上げると同時に、サラの身体が崩れ落ち、支えられた少年の腕の中で気を失った。
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