視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ

10 冷宮へ

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 冷宮とは皇帝の寵愛を失った、あるいは罪を犯した妃が軟禁される場所。
 翆蘭が住む冷宮は、滅多に人が足を踏み入れることのない、後宮の端にある寂しい場所であった。
 人に忘れられた寂しい場所へ、皇弟の正妃であり、先帝にも仕えた貴妃が閉じ込められている。
 たとえ、廃妃となり庶人に落とされたとしても、陛下の妃として後宮に入った以上、二度とここから出ることはかなわない。
 後宮を出る時は、死ぬ時だ。
「ずいぶん、後宮の端なのね。寂れてるし誰も歩いていない。それに薄暗い」
「それが、冷宮ですから」
 皇后付きの太監に案内され、さらに、恵医師と侍女の華雪を伴い、蓮花は翆蘭のいる冷宮へと辿り着いた。
 門の前には侍衛が二人立っている。
 華雪が侍衛に近づき手に何かを握らせたのがちらりと見えた。銀子だ。すると、侍衛たちは何食わぬ顔で、二人揃って門から離れて行った。
 さすがは元景貴妃の侍女。
 情報通だし、宮中での顔は広いし、袖の下もさりげない。
「芙答応さま」
 太監に呼ばれ、蓮花は人が一人通れる程度に開かれた冷宮の門から中に入る。
 驚きに言葉を失った。
 建物はぼろぼろで、あちこち朽ちていた。
 当然、手入れがされた気配はない。
 風が吹くたび窓がぎしぎしと音を立て、庭は荒れ果て雑草がはびこっている。
 入り口に掲げられた扁額も傾き、書かれた文字はかすれて読めない。
 こんなところに人が住んでいるなんて考えられない。
 ここは人が住める場所ではない。
 これが罪を犯した後宮の女たちの末路。夫の謀反の巻き添えをくらい、先帝の妃になって命を繋ぎとめたものの、氷妃の企みによって皇子殺しの汚名をきせられ、冷宮に閉じ込められた翆蘭。
 あまりにも気の毒な人生だ。
 死罪にならなかっただけでもよかったと、この状況を見て言えるのだろうか。
「私は入り口で待っておりますので」
 太監に言われ、蓮花は翆蘭が暮らす居室の扉に手をかけた。
 緊張で手が震えた。
 その震えを解くように大きく息を吸って吐き、ゆっくりと扉を押した。ぎっ、という音が鳴る。
 薄く開いた扉の隙間から中を覗く。
 まだ昼を過ぎたばかりだというのに部屋は薄暗かった。だが、蓮花は少しだけほっとする。
 部屋の中は外観ほど荒れてはおらず、想像していたよりはましだった。
「失礼します」
 小声で言い、蓮花は部屋の中に入る。
 後ろから恵医師もついてくる。ずっと冷宮で幽閉されている翆蘭は、体調を悪くしても侍医すら呼ぶことも許されない。その翆蘭の身体の心配をしてのことだ。
 入って、右の奥の部屋で人の気配がした。恵医師と顔を見合わせ、そちらへと向かう。
 窓際で一人の女性が椅子に腰をかけ、刺繍をしていた。彼女が翆蘭か。
 蓮花たちが部屋に入ると、その女性は刺繍の手をとめ、ゆっくりと顔をあげた。
 美しい顔立ちの女性であった。そして、蓮花は目を見張らせた。
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