63 / 76
第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
8 母の過去
しおりを挟む
「殺された。あの笙鈴が……なんてこと……」
ひたいに手を当て、皇太后は悲しそうに瞳を震わせた。
主を気遣った侍女が肩に手を添えようとするが、皇太后は首を振る。
蓮花は戸惑いを覚えた。
まるで皇太后は、母のことをよく知っていたような口振りだ。
蓮花は続けた。
「突然、黒ずくめの男たちがやって来て、そいつらに両親は殺されました。最初は村に現れた賊だと思ったんです。でも、賊のわりには手際がよかった。そして、彼らは何者かの命令によって動いているようでした。いったい誰の命令で両親が殺されたのかはまだ分かりません。あの……皇太后さまは、もしかして母のことを知っているのですか?」
「ええ、知っているわ」
蓮花の胸の鼓動がはやまる。
ようやく、母が何者であったか知れる。
「おまえの母、笙鈴は、先帝の弟の正妃である翆蘭が実家から連れてきた侍女だった」
「え? は?」
母が先帝の弟の正妃の侍女?
頭の中で相関図を描くが、どうにもぴんとこない。だが、簡単に言うと、母はこの後宮で働いていたということだ。
母が後宮にいたなんて、聞いたことがない。
「おまえの両親は賊に殺されたと言っていたが、おまえの言う通り、ただの賊ではない。何者かが笙鈴を殺すよう命じたのだ」
「母を殺すように命じたなんて。だって、母は誰かに恨まれるような人では……」
いや、恨まれないにしても、何かに巻き込まれ、身の危険を感じたから後宮を抜けだし、辺境の片田舎に身を潜めるように暮らしていたのか。
「蓮花、よく聞きなさい。おまえの母を殺すよう命じたのは、おそらく……氷太妃」
「氷太妃?」
初めて聞く名の妃であった。そんな名の妃がこの後宮にいただろうか。
「話は長くなるわ」
皇太后はちらりと侍女に目配せをすると、彼女たちはいっせいに部屋から退出した。
他の者に聞かれてはまずいことなのか。
皇太后は当時のことを思い出すように、ゆっくりと語り始めた。
「この後宮には二人の妃が人目に触れず、ひっそりと暮らしている。一人はおまえの母、笙鈴が仕えていた妃で、今は冷宮にいる」
「冷宮?」
聞き慣れない言葉に蓮花は首を傾げた。
「寂しい所よ。皇帝の寵愛を失った、あるいは重い罪を犯した妃が幽閉される場所」
宮廷内でも、人に忘れられ誰も近寄らなく寂しくて荒れた場所がある。そこに修理されないまま老朽化した建物に住む落ちぶれた女たち。
冷宮とはそういう所だという。
そんな場所がこの後宮に存在するなど初めて知った。
皇太后は続けた。
「貴妃の位を剥奪され庶人に落とされた翆蘭と、もう一人は、昔私と先帝の寵愛を競った氷太妃だ」
「何故、二人ともそんな寂しいところへ?」
「この話を誰かに聞かせることになるとは」
皇太后の手が蓮花の手に重ねられた。
「当時、先帝の皇后だった私は、何度も氷妃に命を狙われた。彼女は私から皇后の座を奪い取るため、あらゆる手を使い私を陥れ、亡き者にしようと計略を張り巡らせていた。だが、皇后の座を奪い取ることが無理だと分かった氷妃は計画を変えた。そう、皇帝そのものを変えてしまえばいいと」
皇帝を変えるなんて、氷妃はどこまで悪辣なことを考える女なのだろう。
「氷妃は先帝の弟に近づき、皇弟に玉座を簒奪するよう言葉巧みにそそのかした。氷妃の計画に乗せられた皇弟は謀反を企み、皇帝陛下を殺そうとした。だが、その計画は失敗に終わった」
皇太后はつらそうに眉根を寄せ、その時のことを思い出すように続けてこう語った。
ひたいに手を当て、皇太后は悲しそうに瞳を震わせた。
主を気遣った侍女が肩に手を添えようとするが、皇太后は首を振る。
蓮花は戸惑いを覚えた。
まるで皇太后は、母のことをよく知っていたような口振りだ。
蓮花は続けた。
「突然、黒ずくめの男たちがやって来て、そいつらに両親は殺されました。最初は村に現れた賊だと思ったんです。でも、賊のわりには手際がよかった。そして、彼らは何者かの命令によって動いているようでした。いったい誰の命令で両親が殺されたのかはまだ分かりません。あの……皇太后さまは、もしかして母のことを知っているのですか?」
「ええ、知っているわ」
蓮花の胸の鼓動がはやまる。
ようやく、母が何者であったか知れる。
「おまえの母、笙鈴は、先帝の弟の正妃である翆蘭が実家から連れてきた侍女だった」
「え? は?」
母が先帝の弟の正妃の侍女?
頭の中で相関図を描くが、どうにもぴんとこない。だが、簡単に言うと、母はこの後宮で働いていたということだ。
母が後宮にいたなんて、聞いたことがない。
「おまえの両親は賊に殺されたと言っていたが、おまえの言う通り、ただの賊ではない。何者かが笙鈴を殺すよう命じたのだ」
「母を殺すように命じたなんて。だって、母は誰かに恨まれるような人では……」
いや、恨まれないにしても、何かに巻き込まれ、身の危険を感じたから後宮を抜けだし、辺境の片田舎に身を潜めるように暮らしていたのか。
「蓮花、よく聞きなさい。おまえの母を殺すよう命じたのは、おそらく……氷太妃」
「氷太妃?」
初めて聞く名の妃であった。そんな名の妃がこの後宮にいただろうか。
「話は長くなるわ」
皇太后はちらりと侍女に目配せをすると、彼女たちはいっせいに部屋から退出した。
他の者に聞かれてはまずいことなのか。
皇太后は当時のことを思い出すように、ゆっくりと語り始めた。
「この後宮には二人の妃が人目に触れず、ひっそりと暮らしている。一人はおまえの母、笙鈴が仕えていた妃で、今は冷宮にいる」
「冷宮?」
聞き慣れない言葉に蓮花は首を傾げた。
「寂しい所よ。皇帝の寵愛を失った、あるいは重い罪を犯した妃が幽閉される場所」
宮廷内でも、人に忘れられ誰も近寄らなく寂しくて荒れた場所がある。そこに修理されないまま老朽化した建物に住む落ちぶれた女たち。
冷宮とはそういう所だという。
そんな場所がこの後宮に存在するなど初めて知った。
皇太后は続けた。
「貴妃の位を剥奪され庶人に落とされた翆蘭と、もう一人は、昔私と先帝の寵愛を競った氷太妃だ」
「何故、二人ともそんな寂しいところへ?」
「この話を誰かに聞かせることになるとは」
皇太后の手が蓮花の手に重ねられた。
「当時、先帝の皇后だった私は、何度も氷妃に命を狙われた。彼女は私から皇后の座を奪い取るため、あらゆる手を使い私を陥れ、亡き者にしようと計略を張り巡らせていた。だが、皇后の座を奪い取ることが無理だと分かった氷妃は計画を変えた。そう、皇帝そのものを変えてしまえばいいと」
皇帝を変えるなんて、氷妃はどこまで悪辣なことを考える女なのだろう。
「氷妃は先帝の弟に近づき、皇弟に玉座を簒奪するよう言葉巧みにそそのかした。氷妃の計画に乗せられた皇弟は謀反を企み、皇帝陛下を殺そうとした。だが、その計画は失敗に終わった」
皇太后はつらそうに眉根を寄せ、その時のことを思い出すように続けてこう語った。
18
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる