上 下
61 / 76
第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ

6 母の名前

しおりを挟む
「ちょ、ちょっと! 人の足元にすがりついて何してんのよ!」
 一颯も、しがみつくように蓮花の足に抱きついたことに気づき、慌てて身を起こす。
 ちらりと戸口を見ると、明らかにみんなが引いていた。
 一颯はわざとらしくこほんと咳払いをする。
「すまない」
「で、どうするか気持ちは決まった?」
「むろん。陛下暗殺をたくらんだ奴を見つけこの手で捕らえる」
「そう、それならよかった。それで陛下を襲った人物の見当はつく?」
「いや」
「あたしが陛下の元に駆けつけた時、陛下は矢で打たれ馬から落ち倒れていた。さらに、陛下を殺害しようと黒装束を着た男とおぼしき人物が立っていた」
「黒装束の男だと?」
「誰かが矢を打って陛下を落馬させ、その男がとどめを刺そうとしたのかもしれない。それと、これを見て」
 蓮花は懐から、陛下が倒れていた現場で拾ったものを一颯に見せた。
「この玉佩が落ちていた。黒装束の男が落としたものかどうか分からないけど、見覚えある?」
 玉佩を手に取った一颯は眉根を寄せる。
「羊脂白玉の玉佩。これは、景貴妃の兄、楽斗ガクト将軍のものだ」
「陛下は景貴妃の兄に殺されかけたってこと? じゃあ、黒装束は楽斗将軍?」
「いや、楽斗将軍は僕よりも後方にいた。それは間違いない」
「どうして陛下は命を狙われたの?」
「単純に考えるなら、何者かが玉座を狙っているということだろう」
 いったい、陛下を殺そうとしたのは誰? 陛下を殺して誰が徳をする?
 なんだか、ますます踏み込んではいけない、泥沼のような深みにはまっていきそうだ。
「ところで蓮花、おまえの両親を殺した奴のことなんだが」
「何か分かったの?」
「あの日の夕方、白蓮の町で、見かけない黒い衣を着た数名の男たちの姿を見たと、町の者が言っていた」
「そいつらが両親を殺した犯人?」
 一颯は部屋の外に誰もいないことを確認し、声をひそめる。
「内密に調べたいことがあったから、今までおまえにも黙っていたが、おまえの家に駆けつけ敵と対峙した時に感じた。あれはただの賊ではない。奴らは訓練されたプロの刺客。あるいは殺しに手慣れた者。その証拠に、家の物には何も手をつけなかっただろ?」
 確かにそうだった。家は荒らされた形跡はなかった。わずかな金目のものすら奪われることなく残されていた。
「でも、どうしてプロの殺し屋があたしの家を、両親を襲った……」
 はっ、と蓮花は息を飲む。手が震えた。今頃になって重要なことを思い出す。
「あたし、たった今思い出した。あの時、両親を殺した奴らはこう言っていた『全員殺せとのだ』って。いったい、誰の命令だというの? 母も父も誰に殺されたの?」
 一颯は深刻な顔で腕を組む。
「他に何か思いついたことや、変わったことは? 思い出してくれ」
 何も、と首を振りかけた蓮花だが、何かを思い出したようにあっ、と声をあげた。そして、その時の状況を思い出すように、遠くに視線をさまよわせる。
「あたし、白蓮の町で占いの商売をしているの。あの日やたら羽振りのいい客が訪れたっけ。身分の高そうな夫人と、その側仕えらしき女」
「何か聞かれたのか?」
「おかしな相談をされたけど、あたしの能力のことを褒めてくれた。そうしたら聞かれたの……母の名前を」
「母親の名前? それでおまえの母親の名は?」
「答えたわ。母の名前は笙鈴って」
「笙鈴……」
 一颯は小声で呟いた。
 そこで、蓮花は初めて一颯と出会った時のことを思い出す。確か、一颯も笙鈴という名の女を知らないかと聞いてきたではないか。
 思えば、どうして一颯が母の名前を? 何故、母を探していた?
 あの時は余計なことに巻き込まれたくないから、知らないと答えてしまった。
 頭が混乱してきた。
 そういえば、皇太后も母の名前を聞いてきた。そして、名前を聞いた途端、顔色を変えた。さらに、さっきも陛下が母の形見の数珠を見たことがあると言っていた。
 母はいったい何者だったの?
 側に立つ一颯が、厳しい目でこちらを見下ろしていたことに、蓮花は気づかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...