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第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
3 あらゆる可能性にかける
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陛下が暗殺されたという事件は、瞬く間に宮中に広まった。
妃嬪たちが心配そうな顔で、陛下の住まう宮殿に次々と集まって来る。
「陛下の容体は?」
真っ青な顔で現れた凜妃は、陛下が眠る寝台にひざまずき、はらはらと泣き崩れる。
寝台を覗くと、赦鶯が苦しげに呻いている。
ひたいには汗が浮かび、唇も紫色だった。
「毒矢に打たれたというのは、本当なの?」
侍医はいいえ、と首を振る。
「陛下の身体に二カ所傷がありました。一つは矢がかすめた肩ですが、矢には毒は塗られていませんでした。そして、もう一つが脇腹。剣で斬りつけられた傷で、こちらから附子の毒が検出されました」
「解毒は? 目を覚ますわよね?」
「すぐに調合して飲ませました。が……」
侍医たちは揃って皇后の前にひざまずいた。
「申し訳ございません。芙答応さまから、附子の毒に甘草乾姜湯が効くかもと聞き処方しました。ですが、本来附子の毒に有効な解毒剤は存在しないのです。あらゆる手をつくしました。あとは陛下の気力しだいです」
「手をつくしたですって! 他に助かる方法がないか考えなさい! 陛下にもしものことがあれば、おまえたち全員の首を刎ねてやる!」
そう声を張り上げたのは、景貴妃であった。
「精一杯つくします」
そんなやりとりを離れたところで見守っていた蓮花は、ゆっくりとした足取りで寝台に眠る赦鶯の側に立った。
「思い出した。昔、医師だった父から聞いたことがあるの」
ぽつりと口を開いた蓮花を、みながいっせいに注目する。
「附子の解毒に黒豆を煮たものを食べるといいと。使われた毒が少なければ助かるかも」
蓮花の言葉に侍医たちは互いに顔を見合わせ、困った笑いを浮かべる。
医師ではない小娘が、何をバカなことを言っていると思っているのだろう。
「恐れながら芙答応さま、そんな話は聞いたことがありません」
うつむきながら失笑をこぼす侍医たちの姿に、蓮花は悔しい思いを抱く。
「やってみなければ分からないでしょ! 陛下を救いたくないの!」
「芙答応さまの仰ることは、ごもっともです。できない、無理だとあきらめるのではなく、あらゆる可能性にかけ試してみるべきではないでしょうか」
部屋に入ってきたのは恵医師であった。彼の手には小さな器が載っていて、その中には黒豆を煮たものがあった。
「恵医師、それは黒豆?」
「はい。昔、師と仰いだ方から教わりました」
恵医師は器を蓮花に手渡した。
「ありがとう、感謝するわ」
「早く陛下に」
蓮花は匙で黒豆をすくい、陛下の口に流し込んだ。
意識はもうろうとしているが、それでも陛下は黒豆を数回噛み飲み込んでくれた。
生きようと、陛下も戦っている。
「附子の毒は二十四時間たつと無毒化されます。つまり、二十四時間以上生存すれば、回復する可能性は大きいです。とにかく、医師としてできる限りのことをするつもりです」
恵医師の説明に、それまで蓮花のことを嘲笑っていた医師たちも反省の色をみせる。
ふと、蓮花は寝台の脇、陛下の枕元の辺りに視線を向けた。
「しばらくみな、下がってもらえないでしょうか」
「何を言っているの! おまえごときがこの私に出て行けというの! 誰かこの無礼な女をつまみ出せ!」
景貴妃が目をつり上げ蓮花を怒鳴りつける。しかし、蓮花が数珠を取り出したのを見て皇后は何かを悟ったようだ。
「みな、下がりなさい。景貴妃、あなたもよ」
「皇后さま、どういうつもりですか! その女と陛下だけをこの場に残すと言うの? そうよ、狩りの場で、従者たちが駆けつけた時、その女が陛下の側にいたと聞いたわ。ならば、陛下を殺したのはその女ではないの!」
どうやら、陛下を殺したのは蓮花だと景貴妃は疑っている。しかし、皇后は景貴妃の世迷い言に惑わされることはなかった。
「景貴妃、これは命令です。下がりなさい」
厳しい声で釘を刺され、景貴妃は言葉を飲み込む。しかし、いまだ凜妃は座り込んだまま泣きじゃくっていた。
蓮花は凜妃の肩に手を添え立ち上がらせた。
「凜妃さま、ここはあたしに任せてください」
蓮花は凜妃に仕える侍女と太監を見る。ふと、蓮花の目が太監にとまった。
「どうしたの目のあたり? 荒れているようだけど」
太監は恥ずかしいというようにうつむき、顔に手をあてた。
「凜妃さまにお知らせしようと慌てていて、顔から転んでしまいました」
「痛々しそう。後で薬を届けるから。ちゃんと手当をして」
「ありがとうございます」
皇后の命令通り、皇后、妃たち、この場にいた者全員が部屋から出て行く。
部屋には蓮花と寝台で眠る赦鶯だけとなった。
蓮花の目が寝台脇にそれる。
妃嬪たちが心配そうな顔で、陛下の住まう宮殿に次々と集まって来る。
「陛下の容体は?」
真っ青な顔で現れた凜妃は、陛下が眠る寝台にひざまずき、はらはらと泣き崩れる。
寝台を覗くと、赦鶯が苦しげに呻いている。
ひたいには汗が浮かび、唇も紫色だった。
「毒矢に打たれたというのは、本当なの?」
侍医はいいえ、と首を振る。
「陛下の身体に二カ所傷がありました。一つは矢がかすめた肩ですが、矢には毒は塗られていませんでした。そして、もう一つが脇腹。剣で斬りつけられた傷で、こちらから附子の毒が検出されました」
「解毒は? 目を覚ますわよね?」
「すぐに調合して飲ませました。が……」
侍医たちは揃って皇后の前にひざまずいた。
「申し訳ございません。芙答応さまから、附子の毒に甘草乾姜湯が効くかもと聞き処方しました。ですが、本来附子の毒に有効な解毒剤は存在しないのです。あらゆる手をつくしました。あとは陛下の気力しだいです」
「手をつくしたですって! 他に助かる方法がないか考えなさい! 陛下にもしものことがあれば、おまえたち全員の首を刎ねてやる!」
そう声を張り上げたのは、景貴妃であった。
「精一杯つくします」
そんなやりとりを離れたところで見守っていた蓮花は、ゆっくりとした足取りで寝台に眠る赦鶯の側に立った。
「思い出した。昔、医師だった父から聞いたことがあるの」
ぽつりと口を開いた蓮花を、みながいっせいに注目する。
「附子の解毒に黒豆を煮たものを食べるといいと。使われた毒が少なければ助かるかも」
蓮花の言葉に侍医たちは互いに顔を見合わせ、困った笑いを浮かべる。
医師ではない小娘が、何をバカなことを言っていると思っているのだろう。
「恐れながら芙答応さま、そんな話は聞いたことがありません」
うつむきながら失笑をこぼす侍医たちの姿に、蓮花は悔しい思いを抱く。
「やってみなければ分からないでしょ! 陛下を救いたくないの!」
「芙答応さまの仰ることは、ごもっともです。できない、無理だとあきらめるのではなく、あらゆる可能性にかけ試してみるべきではないでしょうか」
部屋に入ってきたのは恵医師であった。彼の手には小さな器が載っていて、その中には黒豆を煮たものがあった。
「恵医師、それは黒豆?」
「はい。昔、師と仰いだ方から教わりました」
恵医師は器を蓮花に手渡した。
「ありがとう、感謝するわ」
「早く陛下に」
蓮花は匙で黒豆をすくい、陛下の口に流し込んだ。
意識はもうろうとしているが、それでも陛下は黒豆を数回噛み飲み込んでくれた。
生きようと、陛下も戦っている。
「附子の毒は二十四時間たつと無毒化されます。つまり、二十四時間以上生存すれば、回復する可能性は大きいです。とにかく、医師としてできる限りのことをするつもりです」
恵医師の説明に、それまで蓮花のことを嘲笑っていた医師たちも反省の色をみせる。
ふと、蓮花は寝台の脇、陛下の枕元の辺りに視線を向けた。
「しばらくみな、下がってもらえないでしょうか」
「何を言っているの! おまえごときがこの私に出て行けというの! 誰かこの無礼な女をつまみ出せ!」
景貴妃が目をつり上げ蓮花を怒鳴りつける。しかし、蓮花が数珠を取り出したのを見て皇后は何かを悟ったようだ。
「みな、下がりなさい。景貴妃、あなたもよ」
「皇后さま、どういうつもりですか! その女と陛下だけをこの場に残すと言うの? そうよ、狩りの場で、従者たちが駆けつけた時、その女が陛下の側にいたと聞いたわ。ならば、陛下を殺したのはその女ではないの!」
どうやら、陛下を殺したのは蓮花だと景貴妃は疑っている。しかし、皇后は景貴妃の世迷い言に惑わされることはなかった。
「景貴妃、これは命令です。下がりなさい」
厳しい声で釘を刺され、景貴妃は言葉を飲み込む。しかし、いまだ凜妃は座り込んだまま泣きじゃくっていた。
蓮花は凜妃の肩に手を添え立ち上がらせた。
「凜妃さま、ここはあたしに任せてください」
蓮花は凜妃に仕える侍女と太監を見る。ふと、蓮花の目が太監にとまった。
「どうしたの目のあたり? 荒れているようだけど」
太監は恥ずかしいというようにうつむき、顔に手をあてた。
「凜妃さまにお知らせしようと慌てていて、顔から転んでしまいました」
「痛々しそう。後で薬を届けるから。ちゃんと手当をして」
「ありがとうございます」
皇后の命令通り、皇后、妃たち、この場にいた者全員が部屋から出て行く。
部屋には蓮花と寝台で眠る赦鶯だけとなった。
蓮花の目が寝台脇にそれる。
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