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第4章 え? あたしが夜伽! それだけは勘弁してください
7 卑劣な行動
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恵医師とともに蓮花は永明宮に駆けつけた。
戻ると侍女たちも太監も顔色を変え大騒ぎだった。
「何があったの!」
多くの侍女たちがあたふたと、皇后の居室を出たり入ったりとせわしなく行き来していた。
「皇后さまが倒れたの」
「侍医は呼んだ?」
「はい。すぐに来てもらうよう呼びに行ったのですが、侍医たちはみな景貴妃のところに行ってしまって、なかなか来てくれないのです」
「他に侍医は?」
「経験の浅い若い侍医ばかりで……」
あまり頼りにならないらしい。
「どうして景貴妃のところにいるわけ! 陛下は? 先ほどまで皇后さまと一緒にいたでしょう」
どうして陛下がいなくなってから急に! 侍医はなぜすぐに駆けつけて来ない!
焦れた思いに蓮花は苛立たしげに何度も門を見やるが、いっこうに侍医が現れる気配はない。
「皇后さまが倒れる少し前に、景貴妃さまも具合を悪くされて、夏延宮は大騒ぎだったんです。ここまで景貴妃さまの泣き声が聞こえてきました。それで、景貴妃さまは侍医たち全員呼びつけたんです。陛下も心配して景貴妃さまの様子を窺いに夏延宮へ」
だが、その後皇后が倒れたというにも拘わらず、景貴妃は呼びつけた複数の侍医を自分の元に足止めさせているのだ。
なんて卑劣で悪辣な! どこまで根性が腐っているの!
怒りで爆発しそうな蓮花の肩に、そっと手がかけられた。
「蓮花さん、落ち着いて。わたしがいます」
恵医師の冷静な声に、噴火しそうだった気持ちを鎮める。
「お願い、恵医師」
恵医師が皇后の居室に足を踏み入れ寝台へと歩み寄る。
皇后の枕元に膝をつき、脈を取り始める。
この場にいた者全員が固唾を飲み恵医師と皇后を見守った。
やがて、恵医師は蓮花をかえりみる。
「心労でしょう。気血の薬を処方しますので、煎じて飲ませてさしあげてください」
「お腹の子は無事?」
「大丈夫です」
大丈夫という恵医師の言葉に、みなはほっと息をもらす。
陛下と穏やかに過ごしていたのに、景貴妃が倒れ陛下を奪われてしまった。その不安で皇后は倒れたのだ。
「よかった」
蓮花は寝台で眠る皇后の側に座った。
時折、皇后がうわごとのように陛下の名前を呼んでいる。
こんなことが続けば、皇后の心が壊れてしまう。
そこへ、皇后が倒れたと聞き、凜妃も駆けつけてきた。
「ああ、皇后さま。なんておかわいそうに。今度こそ、無事に産んで欲しい、ただそれだけなのに」
凜妃は目の縁に涙を浮かべ、さらに続けて言う。
「三年前にお腹にいた子を失い、そうして今回ようやく授かったお子。皇后さまは今度こそ産まなければならないという気を張っているのでしょう」
その重圧はどれほどのことか。そしてそれは蓮花には分からない。
皇后がゆっくりとまぶたを開いた。
「私の子は?」
皇后はかすれた声でお腹の子の無事を問う。
「安心してください。大丈夫です」
目尻から涙がこぼし、皇后は手のひらでお腹の辺りをなでた。
「ああ、よかった。私の大切な赤ちゃん。また陛下の子が流れたとなったら、私はどうしたらよいか……」
「皇后さま、お薬をお飲みください」
薬湯の入った器から匙で薬をすくい、蓮花は皇后に飲ませようとする。しかし、皇后は警戒をしているのか首を横に振った。
「恵医師の処方した薬です。だから安心してお飲みください」
恵医師が処方した薬だと聞いて安心したのか、ようやく皇后は薬に口をつける。
青ざめた顔に痩せた頬。こんなやつれきった皇后の姿など見ていられない。
薬を飲んだ皇后は、再び深い眠りに落ちていった。
「恵医師、皇后は大丈夫?」
「今日のところは心配はないでしょう。ですが、このようなことがまた起きたら……」
「そうよね」
「それともう一つお伝えしたいことが。先ほど言おうとしていたことです」
恵医師は声を落とし蓮花の耳元で呟いた。
「まさか! 本当に?」
恵医師は深刻な顔で頷いた。
戻ると侍女たちも太監も顔色を変え大騒ぎだった。
「何があったの!」
多くの侍女たちがあたふたと、皇后の居室を出たり入ったりとせわしなく行き来していた。
「皇后さまが倒れたの」
「侍医は呼んだ?」
「はい。すぐに来てもらうよう呼びに行ったのですが、侍医たちはみな景貴妃のところに行ってしまって、なかなか来てくれないのです」
「他に侍医は?」
「経験の浅い若い侍医ばかりで……」
あまり頼りにならないらしい。
「どうして景貴妃のところにいるわけ! 陛下は? 先ほどまで皇后さまと一緒にいたでしょう」
どうして陛下がいなくなってから急に! 侍医はなぜすぐに駆けつけて来ない!
焦れた思いに蓮花は苛立たしげに何度も門を見やるが、いっこうに侍医が現れる気配はない。
「皇后さまが倒れる少し前に、景貴妃さまも具合を悪くされて、夏延宮は大騒ぎだったんです。ここまで景貴妃さまの泣き声が聞こえてきました。それで、景貴妃さまは侍医たち全員呼びつけたんです。陛下も心配して景貴妃さまの様子を窺いに夏延宮へ」
だが、その後皇后が倒れたというにも拘わらず、景貴妃は呼びつけた複数の侍医を自分の元に足止めさせているのだ。
なんて卑劣で悪辣な! どこまで根性が腐っているの!
怒りで爆発しそうな蓮花の肩に、そっと手がかけられた。
「蓮花さん、落ち着いて。わたしがいます」
恵医師の冷静な声に、噴火しそうだった気持ちを鎮める。
「お願い、恵医師」
恵医師が皇后の居室に足を踏み入れ寝台へと歩み寄る。
皇后の枕元に膝をつき、脈を取り始める。
この場にいた者全員が固唾を飲み恵医師と皇后を見守った。
やがて、恵医師は蓮花をかえりみる。
「心労でしょう。気血の薬を処方しますので、煎じて飲ませてさしあげてください」
「お腹の子は無事?」
「大丈夫です」
大丈夫という恵医師の言葉に、みなはほっと息をもらす。
陛下と穏やかに過ごしていたのに、景貴妃が倒れ陛下を奪われてしまった。その不安で皇后は倒れたのだ。
「よかった」
蓮花は寝台で眠る皇后の側に座った。
時折、皇后がうわごとのように陛下の名前を呼んでいる。
こんなことが続けば、皇后の心が壊れてしまう。
そこへ、皇后が倒れたと聞き、凜妃も駆けつけてきた。
「ああ、皇后さま。なんておかわいそうに。今度こそ、無事に産んで欲しい、ただそれだけなのに」
凜妃は目の縁に涙を浮かべ、さらに続けて言う。
「三年前にお腹にいた子を失い、そうして今回ようやく授かったお子。皇后さまは今度こそ産まなければならないという気を張っているのでしょう」
その重圧はどれほどのことか。そしてそれは蓮花には分からない。
皇后がゆっくりとまぶたを開いた。
「私の子は?」
皇后はかすれた声でお腹の子の無事を問う。
「安心してください。大丈夫です」
目尻から涙がこぼし、皇后は手のひらでお腹の辺りをなでた。
「ああ、よかった。私の大切な赤ちゃん。また陛下の子が流れたとなったら、私はどうしたらよいか……」
「皇后さま、お薬をお飲みください」
薬湯の入った器から匙で薬をすくい、蓮花は皇后に飲ませようとする。しかし、皇后は警戒をしているのか首を横に振った。
「恵医師の処方した薬です。だから安心してお飲みください」
恵医師が処方した薬だと聞いて安心したのか、ようやく皇后は薬に口をつける。
青ざめた顔に痩せた頬。こんなやつれきった皇后の姿など見ていられない。
薬を飲んだ皇后は、再び深い眠りに落ちていった。
「恵医師、皇后は大丈夫?」
「今日のところは心配はないでしょう。ですが、このようなことがまた起きたら……」
「そうよね」
「それともう一つお伝えしたいことが。先ほど言おうとしていたことです」
恵医師は声を落とし蓮花の耳元で呟いた。
「まさか! 本当に?」
恵医師は深刻な顔で頷いた。
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