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第3章 恐ろしき陰謀渦巻く宮廷にご用心
8 慎刑司送り
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皇后に出した羮に、妊婦が食してはならない食材を混入させたということで、景貴妃の侍女春雪は、慎刑司に送られ牢の中にいた。
連日拷問を受け続け、春雪はぐったりと牢の中で横たわる。
身動ぐたびに春雪の口から、苦痛の呻き声がもれ、私は知らなかった、という言葉が繰り返し呟かれた。
遠くから足音が聞こえ、また獄吏がやって来たのかと、春雪は怯える。しかし、現れたのが景貴妃の古参の侍女美月だと分かり、春雪は涙を流し這いずっていく。
「た、助けにくれたのですね!」
しかし、美月は無言だった。冷ややかな目で春雪を見下ろすだけ。春雪は必死の形相で牢の格子にしがみついた。
「ねえ、何か言ってよ。私をここから出すようにと景貴妃さまが仰ったのよね?」
しかし、春雪の望みは無残にも絶たれた。
美月は淡々とした声で告げる。
「よかったわね。死罪だけは免れたわ。蓮花と恵医師という男のおかげよ」
「本当! なら、早くここから出して!」
「薏苡仁を入れたのは、あなたの独断でやった。そうね?」
春雪の顔が強ばる。
「違う! 美月さんだって聞いていたでしょう? 皇后さまの羹に入れる材料を景貴妃さまが指示したことを……薏苡仁を入れろと指示したのは景貴妃さま。それなのにどうして? 牢から出してくれるのではないの!」
「いいえ、景貴妃さまがお腹の子に害を与える薏苡仁を混入しろなどと残酷な指示をするわけがないでしょう。これはあなたが一人でやった」
美月はふっと息を吐き、春雪と目線を合わせるようにその場に座り込むと、小声で言い聞かせるように言う。
「ねえ春雪、あなた、郷里に病気の母親がいるのでしょう? ありがたいことに景貴妃さまはじゅうぶんな銀子を送り、あなたの家族の面倒をみると仰っていた。妹の華雪のことも、皇后さまに掛け合い、処遇を考えると言ってくださった」
つまり、春雪に犠牲になれというのだ。そのかわり、郷里にいる家族と妹の華雪の命は保証すると。
「銀子を受け取ったあなたの母親はとても嬉しそうだった。これも、あなたのおかげだと感謝しながら涙を流していた」
「そんな……」
「よく考えなさい。景貴妃さまが皇后のお子を害そうとした罪に問われれば、景貴妃さまも無事ではいられない。死罪、よくて冷宮送りとなるわ。そうなれば、あなたの母親は誰が面倒をみるの?」
分かるわね? と美月は含めるように春雪に言い聞かせた。
「死罪を免れたとはいえ、どのみち、おまえの新たな仕事場は地獄のような部署。いずれ死んでしまうのは明らか。ならば、その命をどう役立てるべきか、よく考えなさい」
美月は冷ややかに言い、この場から去って行った。
春雪は悔しそうに唇を噛む。
嵌められたのだ。自分は景貴妃にいいように扱われた。そして、これが後宮なのだ。
弱者は強者に潰されていく。
賢くなければ生きてはいけない。
優しさや情けなど、ここではなんの役にもたたない。
春雪は震える手を握りしめ、去って行く美月の背中を恨めしげに見つめていた。
連日拷問を受け続け、春雪はぐったりと牢の中で横たわる。
身動ぐたびに春雪の口から、苦痛の呻き声がもれ、私は知らなかった、という言葉が繰り返し呟かれた。
遠くから足音が聞こえ、また獄吏がやって来たのかと、春雪は怯える。しかし、現れたのが景貴妃の古参の侍女美月だと分かり、春雪は涙を流し這いずっていく。
「た、助けにくれたのですね!」
しかし、美月は無言だった。冷ややかな目で春雪を見下ろすだけ。春雪は必死の形相で牢の格子にしがみついた。
「ねえ、何か言ってよ。私をここから出すようにと景貴妃さまが仰ったのよね?」
しかし、春雪の望みは無残にも絶たれた。
美月は淡々とした声で告げる。
「よかったわね。死罪だけは免れたわ。蓮花と恵医師という男のおかげよ」
「本当! なら、早くここから出して!」
「薏苡仁を入れたのは、あなたの独断でやった。そうね?」
春雪の顔が強ばる。
「違う! 美月さんだって聞いていたでしょう? 皇后さまの羹に入れる材料を景貴妃さまが指示したことを……薏苡仁を入れろと指示したのは景貴妃さま。それなのにどうして? 牢から出してくれるのではないの!」
「いいえ、景貴妃さまがお腹の子に害を与える薏苡仁を混入しろなどと残酷な指示をするわけがないでしょう。これはあなたが一人でやった」
美月はふっと息を吐き、春雪と目線を合わせるようにその場に座り込むと、小声で言い聞かせるように言う。
「ねえ春雪、あなた、郷里に病気の母親がいるのでしょう? ありがたいことに景貴妃さまはじゅうぶんな銀子を送り、あなたの家族の面倒をみると仰っていた。妹の華雪のことも、皇后さまに掛け合い、処遇を考えると言ってくださった」
つまり、春雪に犠牲になれというのだ。そのかわり、郷里にいる家族と妹の華雪の命は保証すると。
「銀子を受け取ったあなたの母親はとても嬉しそうだった。これも、あなたのおかげだと感謝しながら涙を流していた」
「そんな……」
「よく考えなさい。景貴妃さまが皇后のお子を害そうとした罪に問われれば、景貴妃さまも無事ではいられない。死罪、よくて冷宮送りとなるわ。そうなれば、あなたの母親は誰が面倒をみるの?」
分かるわね? と美月は含めるように春雪に言い聞かせた。
「死罪を免れたとはいえ、どのみち、おまえの新たな仕事場は地獄のような部署。いずれ死んでしまうのは明らか。ならば、その命をどう役立てるべきか、よく考えなさい」
美月は冷ややかに言い、この場から去って行った。
春雪は悔しそうに唇を噛む。
嵌められたのだ。自分は景貴妃にいいように扱われた。そして、これが後宮なのだ。
弱者は強者に潰されていく。
賢くなければ生きてはいけない。
優しさや情けなど、ここではなんの役にもたたない。
春雪は震える手を握りしめ、去って行く美月の背中を恨めしげに見つめていた。
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