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第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!
14 ムカつく奴
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「気をつけろといえば、さっきすっごくムカつく奴がいたの」
「ムカつく奴?」
「顔は悪くはないんだけど、偉そうな物言いでこちらを見下した感じがするっていうか、とにかく嫌な男。おまけに手の早いやらしい男だった」
「やらしい男? 侍衛か?」
「そんな雰囲気じゃなかった」
「なら太監か。位の高い妃につく太監はそれなりに権力もある。下手に出つつも舐められないよう、うまく立ち回れ。おまえは皇后の侍女だ」
「あたりまえよ。いきなりあたしの口に触れてくるから頬を引っぱたいてやったけど」
蓮花はふんと鼻息を荒くする。
「相変わらず威勢がいいな。ほどほどにしておけ」
「ふん、今度あんな真似をしたら池に突き落としてやる! あっ、あたし皇后さまの元に戻るから。次こそはいい報告を持ってきなさいよ。お菓子はいつでも大歓迎」
じゃあ、と言って蓮花は勢いよく走って行く。
どうやら、少し話し込んでしまった。
まさか、一颯まで現れるとは予想もしなかった。それにしても、あの無礼な男はなんだったのか。
腹が立つったらありゃしない!
走って皇后と凜妃に追いつこうと思ったが、二人はすでに陛下が待つ慈桂宮へと向かったようだ。
簪は後でこっそり凜妃に届けよう。
そう思った蓮花は簪を袖にいれた。
落とさないよう、しっかり袖の中におさめたことを確認し、皇后の宮へ戻る。
永明宮へと向かう通路を小走りに歩く蓮花の前を、突然、脇道から数名の宮女が現れた。
「え、なに?」
知らない顔ぶれであった。
今度はいったいなんの難癖をつけてこようというのだろう。
突然後宮にやって来て、皇后付きとなった蓮花のことを妬む者は多い。
陰で悪口を言われるのはよくあることだし、皇后の見ていないところで嫌がらせは毎日のようにある。しかし、蓮花は首を傾げた。
同じ皇后に仕える宮女たちにやっかみを受けるならともかく、目の前で冷ややかな視線を向けてくる彼女たちに見覚えはない。
宮女たちは顔を見合わせ頷くと、突然蓮花の両腕をとった。
「ちょ、ちょっと何?」
「景貴妃さまがお呼びです」
一気に血の気が引く。
景貴妃? それってさっきの意地の悪い人? 皇后の次に偉いっていう。
いったいその人があたしに何の用だっていうの!
景貴妃の侍女たちは押さえ込まれ、連れられてきた所は、夏延(かえん)宮。景貴妃が住まう宮殿であった。
宮女たちに引きずられ、突き飛ばされるように床に転がされた。
「痛いじゃない、何するのよ!」
怒りもあらわに彼女たちをかえりみたところへ、次の間から一人の女がやって来た。
「おまえが皇后に仕える新しい侍女か?」
隣室からゆったりとした足取りで、お付きの侍女に手を添え現れたのは景貴妃であった。
目の覚めるような青色の絹の衣装には、銀糸金糸の見事な刺繍が施されている。
腕には極上の翡翠の腕輪。耳飾りも腕輪とお揃いの翡翠。髪にも見事な装飾品が飾られていた。
皇后の次の権力者である景貴妃は、圧倒的な威圧感と堂々とした風格で、周りの者を制している。
蓮花はごくりと唾を飲み込んだ。
景貴妃は椅子に座ると、侍女が差し出した茶を受け取り、優雅な仕草で飲む。
さすがは皇帝陛下の寵妃。
美しい女性は後宮にはたくさんいるが、彼女の美しさは格別だと思った。
だが、美しさの中に、禍々しいほどの毒気が孕んでいる。そして、どこか残酷な匂いを感じさせた。
景貴妃の身体から不穏な気配が漂ってくる。
彼女に恨みを持つ者や嫉妬する者たちが取り憑いているのだ。
瘴気といってもいい。
うわ、ヤバいよ、この人、まじでヤバい。
何の用でここに連れてこられたか知らないけれど、早く帰りたい。あの瘴気にあてられたら、こちらもただではすまない。
「おまえは霊能者だと聞いた。未来を視ることもできるというのは本当か?」
「え?」
「景貴妃さまが尋ねられている。答えなさい」
お付きの侍女が、アホのように口を開けている蓮花を叱責する。
「あ……い、いいえ、霊能力なんてそれほどの力は」
景貴妃はふふ、と笑った。
「謙遜しなくてもよい。新入りのおまえを皇后が大切にするのだから、よほど優れた力を持っているのだろう。おまえのその力で私の未来を視てみよ。この先の私にどのような運命が待ち受けているのか。今より高い位につけるか。望む答えをくれたら褒美を与えよう。ただし、嘘を言えば罰を与える」
さあっと血の気が引いていくのを感じた。
景貴妃が言う今よりも高い位とは、皇后の地位だ。
確かに、後宮のあちこちでは景貴妃が皇后の座を狙っていると聞いた。
景貴妃の望む未来を伝えなければ殺される。
だが、命が惜しいからと言って嘘を言っても、いずれその通りにならなければ殺される。
どっちにしても危険なことに変わりはない。
いや、自分はいずれ後宮を出て行く身。ここは嘘をついてこの場をしのげばいい。だが、それは今仕えている皇后の地位が危うくなると言ってしまうようなもの。
皇后を貶めるような発言はできない。
つまり、すべてにおいて蓮花にとって不利なことでしかない。
「ムカつく奴?」
「顔は悪くはないんだけど、偉そうな物言いでこちらを見下した感じがするっていうか、とにかく嫌な男。おまけに手の早いやらしい男だった」
「やらしい男? 侍衛か?」
「そんな雰囲気じゃなかった」
「なら太監か。位の高い妃につく太監はそれなりに権力もある。下手に出つつも舐められないよう、うまく立ち回れ。おまえは皇后の侍女だ」
「あたりまえよ。いきなりあたしの口に触れてくるから頬を引っぱたいてやったけど」
蓮花はふんと鼻息を荒くする。
「相変わらず威勢がいいな。ほどほどにしておけ」
「ふん、今度あんな真似をしたら池に突き落としてやる! あっ、あたし皇后さまの元に戻るから。次こそはいい報告を持ってきなさいよ。お菓子はいつでも大歓迎」
じゃあ、と言って蓮花は勢いよく走って行く。
どうやら、少し話し込んでしまった。
まさか、一颯まで現れるとは予想もしなかった。それにしても、あの無礼な男はなんだったのか。
腹が立つったらありゃしない!
走って皇后と凜妃に追いつこうと思ったが、二人はすでに陛下が待つ慈桂宮へと向かったようだ。
簪は後でこっそり凜妃に届けよう。
そう思った蓮花は簪を袖にいれた。
落とさないよう、しっかり袖の中におさめたことを確認し、皇后の宮へ戻る。
永明宮へと向かう通路を小走りに歩く蓮花の前を、突然、脇道から数名の宮女が現れた。
「え、なに?」
知らない顔ぶれであった。
今度はいったいなんの難癖をつけてこようというのだろう。
突然後宮にやって来て、皇后付きとなった蓮花のことを妬む者は多い。
陰で悪口を言われるのはよくあることだし、皇后の見ていないところで嫌がらせは毎日のようにある。しかし、蓮花は首を傾げた。
同じ皇后に仕える宮女たちにやっかみを受けるならともかく、目の前で冷ややかな視線を向けてくる彼女たちに見覚えはない。
宮女たちは顔を見合わせ頷くと、突然蓮花の両腕をとった。
「ちょ、ちょっと何?」
「景貴妃さまがお呼びです」
一気に血の気が引く。
景貴妃? それってさっきの意地の悪い人? 皇后の次に偉いっていう。
いったいその人があたしに何の用だっていうの!
景貴妃の侍女たちは押さえ込まれ、連れられてきた所は、夏延(かえん)宮。景貴妃が住まう宮殿であった。
宮女たちに引きずられ、突き飛ばされるように床に転がされた。
「痛いじゃない、何するのよ!」
怒りもあらわに彼女たちをかえりみたところへ、次の間から一人の女がやって来た。
「おまえが皇后に仕える新しい侍女か?」
隣室からゆったりとした足取りで、お付きの侍女に手を添え現れたのは景貴妃であった。
目の覚めるような青色の絹の衣装には、銀糸金糸の見事な刺繍が施されている。
腕には極上の翡翠の腕輪。耳飾りも腕輪とお揃いの翡翠。髪にも見事な装飾品が飾られていた。
皇后の次の権力者である景貴妃は、圧倒的な威圧感と堂々とした風格で、周りの者を制している。
蓮花はごくりと唾を飲み込んだ。
景貴妃は椅子に座ると、侍女が差し出した茶を受け取り、優雅な仕草で飲む。
さすがは皇帝陛下の寵妃。
美しい女性は後宮にはたくさんいるが、彼女の美しさは格別だと思った。
だが、美しさの中に、禍々しいほどの毒気が孕んでいる。そして、どこか残酷な匂いを感じさせた。
景貴妃の身体から不穏な気配が漂ってくる。
彼女に恨みを持つ者や嫉妬する者たちが取り憑いているのだ。
瘴気といってもいい。
うわ、ヤバいよ、この人、まじでヤバい。
何の用でここに連れてこられたか知らないけれど、早く帰りたい。あの瘴気にあてられたら、こちらもただではすまない。
「おまえは霊能者だと聞いた。未来を視ることもできるというのは本当か?」
「え?」
「景貴妃さまが尋ねられている。答えなさい」
お付きの侍女が、アホのように口を開けている蓮花を叱責する。
「あ……い、いいえ、霊能力なんてそれほどの力は」
景貴妃はふふ、と笑った。
「謙遜しなくてもよい。新入りのおまえを皇后が大切にするのだから、よほど優れた力を持っているのだろう。おまえのその力で私の未来を視てみよ。この先の私にどのような運命が待ち受けているのか。今より高い位につけるか。望む答えをくれたら褒美を与えよう。ただし、嘘を言えば罰を与える」
さあっと血の気が引いていくのを感じた。
景貴妃が言う今よりも高い位とは、皇后の地位だ。
確かに、後宮のあちこちでは景貴妃が皇后の座を狙っていると聞いた。
景貴妃の望む未来を伝えなければ殺される。
だが、命が惜しいからと言って嘘を言っても、いずれその通りにならなければ殺される。
どっちにしても危険なことに変わりはない。
いや、自分はいずれ後宮を出て行く身。ここは嘘をついてこの場をしのげばいい。だが、それは今仕えている皇后の地位が危うくなると言ってしまうようなもの。
皇后を貶めるような発言はできない。
つまり、すべてにおいて蓮花にとって不利なことでしかない。
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