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第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!

8 皇后の心遣い

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「皇后さま……」
 凜妃は言葉をつまらせ涙ぐむ。
「凜妃さま、どなたかお亡くなりになったんですか? え、いつですか?」
 こうして毎日のように永明宮に足を運ぶ凜妃であったのに、悲しむ様子は少しも見せなかった。
 おそらく、皇后や周りの者に心配をさせまいと気遣ったのだろう。
「ええ、従兄弟が突然、辰月の満月の夜に」
 辰月とは先月だ。
 詳しく話を聞くと、それまで病気などしたこともなかった従兄弟が、突然、心臓麻痺を起こしそのまま倒れて亡くなったらしい。
 当初は疫病ではないかと恐れたが、結局、死因は分からずじまいだったとか。
 凜妃の実家はあまり裕福ではなく、お金の工面も厳しいため十分な葬儀も行えていないと知り、皇后が気を遣ったのだ。
 凜妃は目に浮かんだ涙を手巾で拭う。
「皇后さまのご温情に感謝いたします」
「何を言ってるの。あなたは私にとって妹のような存在なのだから、あたりまえのことをしたまでよ。それから蓮花、こちらにいらっしゃい」
 皇后に呼ばれ蓮花は側に近寄った。
「蓮花にはこの黄緑色が似合いそうね。新しい衣を仕立てるといいわ」
「いえ、あたしは今ある服でじゅうぶんです」
 毎日薬草を探して山を駆け土を掘り、父の育てる薬草畑を手伝うためにいつも泥まみれになっていた蓮花にはきれいな衣など無用なものであった。
 そもそもこんなお洒落など興味がない。
 くれるなら、おいしい点心の方が嬉しい。
 戸惑う蓮花に、皇后のもっとも古い侍女である暁蕾シャオレイは言う。
「皇后さまのお心です。ありがたく頂戴して衣を新調なさい。おまえも年頃なのだから」
 蓮花は恐縮して贈り物を受け取った。
 暁蕾の言葉の裏には、皇后の侍女をやるのなら、もう少しまともな格好をしろと暗に仄めかしているのだ。
 まあ、家に戻ったら売ればいい。
 けっこうな銀子になる。
 後宮を出たら一人で生きていかなければならないのだから、より多くの銀子が必要となる。
「ありがとうございます、皇后さま」
 慈愛に満ちた皇后の笑みは、さすが国母。まるで天女か菩薩のような微笑みだと思った。
 だが、事情を知らない周りの者は、いきなりやってきた田舎娘の新人が皇后のお気に入りとして側にいることで、やっかみの対象になるのは当然のこと。
 それに、女子たちに人気の一颯将軍と親しいとなれば、言わずもがなだ。
 しばらく皇后と会話を楽しんだ凜妃が自分の宮に戻るということで、蓮花は門まで見送った。さっそく宮女たちのひそひそ話が始まる。
「一颯将軍が連れてきたあの子がまたひいきされたみたい」
「だいたい、なんであんなブサイクな田舎娘が一颯将軍のお気に入りなの」
 蓮花は眉間にしわを寄せ、辺りを見渡した。
 宮女たちは慌ててしっと口元に指をたて、声をひそめる。
「聞こえるわ」
「ちょっとやだ、こっちを睨んでる」
「こんなに離れてるんだから聞こえやしないわよ」
 しかし、蓮花が険しい目つきをしていたのは別の理由であった。
 蓮花には今の宮女の悪口は聞こえていない。
 聞こえたのはあちこちから耳に入ってくる死人の声。その死人を睨みつけたのだ。
 今日もうじゃうじゃいるなあ。
 さすが後宮だ。
 女の執念、欲望、嫉妬、そんな感情が渦巻いていた。
 それどころか、無念を残して死んだ女たちの霊があちこちにいて、普通に生活をしている。
 おまけに、どうみても生霊もいる。
 さらに、女の園を覗こうとする、不埒な男どもの霊もだ。
 とりあえず、生きている者の顔と名前はしっかり覚えておこう。でないと、うっかり死人に話しかけてしまいそうだ。
 やばいやばい。気をつけなくては。
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