16 / 76
第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!
8 皇后の心遣い
しおりを挟む
「皇后さま……」
凜妃は言葉をつまらせ涙ぐむ。
「凜妃さま、どなたかお亡くなりになったんですか? え、いつですか?」
こうして毎日のように永明宮に足を運ぶ凜妃であったのに、悲しむ様子は少しも見せなかった。
おそらく、皇后や周りの者に心配をさせまいと気遣ったのだろう。
「ええ、従兄弟が突然、辰月の満月の夜に」
辰月とは先月だ。
詳しく話を聞くと、それまで病気などしたこともなかった従兄弟が、突然、心臓麻痺を起こしそのまま倒れて亡くなったらしい。
当初は疫病ではないかと恐れたが、結局、死因は分からずじまいだったとか。
凜妃の実家はあまり裕福ではなく、お金の工面も厳しいため十分な葬儀も行えていないと知り、皇后が気を遣ったのだ。
凜妃は目に浮かんだ涙を手巾で拭う。
「皇后さまのご温情に感謝いたします」
「何を言ってるの。あなたは私にとって妹のような存在なのだから、あたりまえのことをしたまでよ。それから蓮花、こちらにいらっしゃい」
皇后に呼ばれ蓮花は側に近寄った。
「蓮花にはこの黄緑色が似合いそうね。新しい衣を仕立てるといいわ」
「いえ、あたしは今ある服でじゅうぶんです」
毎日薬草を探して山を駆け土を掘り、父の育てる薬草畑を手伝うためにいつも泥まみれになっていた蓮花にはきれいな衣など無用なものであった。
そもそもこんなお洒落など興味がない。
くれるなら、おいしい点心の方が嬉しい。
戸惑う蓮花に、皇后のもっとも古い侍女である暁蕾は言う。
「皇后さまのお心です。ありがたく頂戴して衣を新調なさい。おまえも年頃なのだから」
蓮花は恐縮して贈り物を受け取った。
暁蕾の言葉の裏には、皇后の侍女をやるのなら、もう少しまともな格好をしろと暗に仄めかしているのだ。
まあ、家に戻ったら売ればいい。
けっこうな銀子になる。
後宮を出たら一人で生きていかなければならないのだから、より多くの銀子が必要となる。
「ありがとうございます、皇后さま」
慈愛に満ちた皇后の笑みは、さすが国母。まるで天女か菩薩のような微笑みだと思った。
だが、事情を知らない周りの者は、いきなりやってきた田舎娘の新人が皇后のお気に入りとして側にいることで、やっかみの対象になるのは当然のこと。
それに、女子たちに人気の一颯将軍と親しいとなれば、言わずもがなだ。
しばらく皇后と会話を楽しんだ凜妃が自分の宮に戻るということで、蓮花は門まで見送った。さっそく宮女たちのひそひそ話が始まる。
「一颯将軍が連れてきたあの子がまたひいきされたみたい」
「だいたい、なんであんなブサイクな田舎娘が一颯将軍のお気に入りなの」
蓮花は眉間にしわを寄せ、辺りを見渡した。
宮女たちは慌ててしっと口元に指をたて、声をひそめる。
「聞こえるわ」
「ちょっとやだ、こっちを睨んでる」
「こんなに離れてるんだから聞こえやしないわよ」
しかし、蓮花が険しい目つきをしていたのは別の理由であった。
蓮花には今の宮女の悪口は聞こえていない。
聞こえたのはあちこちから耳に入ってくる死人の声。その死人を睨みつけたのだ。
今日もうじゃうじゃいるなあ。
さすが後宮だ。
女の執念、欲望、嫉妬、そんな感情が渦巻いていた。
それどころか、無念を残して死んだ女たちの霊があちこちにいて、普通に生活をしている。
おまけに、どうみても生霊もいる。
さらに、女の園を覗こうとする、不埒な男どもの霊もだ。
とりあえず、生きている者の顔と名前はしっかり覚えておこう。でないと、うっかり死人に話しかけてしまいそうだ。
やばいやばい。気をつけなくては。
凜妃は言葉をつまらせ涙ぐむ。
「凜妃さま、どなたかお亡くなりになったんですか? え、いつですか?」
こうして毎日のように永明宮に足を運ぶ凜妃であったのに、悲しむ様子は少しも見せなかった。
おそらく、皇后や周りの者に心配をさせまいと気遣ったのだろう。
「ええ、従兄弟が突然、辰月の満月の夜に」
辰月とは先月だ。
詳しく話を聞くと、それまで病気などしたこともなかった従兄弟が、突然、心臓麻痺を起こしそのまま倒れて亡くなったらしい。
当初は疫病ではないかと恐れたが、結局、死因は分からずじまいだったとか。
凜妃の実家はあまり裕福ではなく、お金の工面も厳しいため十分な葬儀も行えていないと知り、皇后が気を遣ったのだ。
凜妃は目に浮かんだ涙を手巾で拭う。
「皇后さまのご温情に感謝いたします」
「何を言ってるの。あなたは私にとって妹のような存在なのだから、あたりまえのことをしたまでよ。それから蓮花、こちらにいらっしゃい」
皇后に呼ばれ蓮花は側に近寄った。
「蓮花にはこの黄緑色が似合いそうね。新しい衣を仕立てるといいわ」
「いえ、あたしは今ある服でじゅうぶんです」
毎日薬草を探して山を駆け土を掘り、父の育てる薬草畑を手伝うためにいつも泥まみれになっていた蓮花にはきれいな衣など無用なものであった。
そもそもこんなお洒落など興味がない。
くれるなら、おいしい点心の方が嬉しい。
戸惑う蓮花に、皇后のもっとも古い侍女である暁蕾は言う。
「皇后さまのお心です。ありがたく頂戴して衣を新調なさい。おまえも年頃なのだから」
蓮花は恐縮して贈り物を受け取った。
暁蕾の言葉の裏には、皇后の侍女をやるのなら、もう少しまともな格好をしろと暗に仄めかしているのだ。
まあ、家に戻ったら売ればいい。
けっこうな銀子になる。
後宮を出たら一人で生きていかなければならないのだから、より多くの銀子が必要となる。
「ありがとうございます、皇后さま」
慈愛に満ちた皇后の笑みは、さすが国母。まるで天女か菩薩のような微笑みだと思った。
だが、事情を知らない周りの者は、いきなりやってきた田舎娘の新人が皇后のお気に入りとして側にいることで、やっかみの対象になるのは当然のこと。
それに、女子たちに人気の一颯将軍と親しいとなれば、言わずもがなだ。
しばらく皇后と会話を楽しんだ凜妃が自分の宮に戻るということで、蓮花は門まで見送った。さっそく宮女たちのひそひそ話が始まる。
「一颯将軍が連れてきたあの子がまたひいきされたみたい」
「だいたい、なんであんなブサイクな田舎娘が一颯将軍のお気に入りなの」
蓮花は眉間にしわを寄せ、辺りを見渡した。
宮女たちは慌ててしっと口元に指をたて、声をひそめる。
「聞こえるわ」
「ちょっとやだ、こっちを睨んでる」
「こんなに離れてるんだから聞こえやしないわよ」
しかし、蓮花が険しい目つきをしていたのは別の理由であった。
蓮花には今の宮女の悪口は聞こえていない。
聞こえたのはあちこちから耳に入ってくる死人の声。その死人を睨みつけたのだ。
今日もうじゃうじゃいるなあ。
さすが後宮だ。
女の執念、欲望、嫉妬、そんな感情が渦巻いていた。
それどころか、無念を残して死んだ女たちの霊があちこちにいて、普通に生活をしている。
おまけに、どうみても生霊もいる。
さらに、女の園を覗こうとする、不埒な男どもの霊もだ。
とりあえず、生きている者の顔と名前はしっかり覚えておこう。でないと、うっかり死人に話しかけてしまいそうだ。
やばいやばい。気をつけなくては。
16
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる