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第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!

4 村に帰りたい

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 それからさらに二日が経った。
 その間も蓮花は養生に徹することにした。
 そろそろ村に帰りたい。
 帰れるだろうか。
 家がどうなっているのか、町の人たちはどうしているのか気がかりだ。
 体力も戻ってきたからそろそろ動けるだろうと思い寝台から立ち上がった瞬間、めまいに襲われ足元がふらついた。
「元気になったとはいえ、まだ貧血があるようですね。四物血行散しもつけっこうさんを煎じましょう。血液の循環を整え、低血圧や、女性特有の症状を改善させます」
「これでも、恵医師のおかげでだいぶ良くなったよ。ずっとあたしのことを診てくれてありがとう」
 薬箱を片付けながら恵医師はいいえ、と首を振る。
「私はただ、医師としての勤めをはたしているだけです」
 恵医師は腕のいい医師だ。
 少々ぶっきらぼうなところがあるが、親身になって蓮花の身体を気遣い、世話をしてくれた優しい医師である。
「手のひらも、だいぶよくなりましたね」
 言われて蓮花は右手に視線を落とす。
 賊に反撃するため、小刀を振り回していた時に誤って傷つけてしまったが、傷口も元通りになってきた。さらに、傷口に附子が付着した可能性もあったはず。
「附子は健康な皮膚や粘膜からも毒を吸収します。直接触れてはいけません。気をつけてください」
「うん、分かっていたんだけど」
 あの時は必死だったから。
「とにかく、大事にならなくてよかったです」
 恵医師は、それ以上踏み込んだことは聞いてこなかった。
「本当にお世話になったわ。そろそろ村に帰るね。これ以上甘えるわけにはいかないから。薬は自分で手に入れて煎じるから大丈夫」
「ご自分で、ですか?」
「四物血行散よね。血行障害を改善する〝四物湯〟をベースにした地黄ジオウ当帰トウキ芍薬シャクヤク川芎センキュウに、血行不良の人は水分代謝異常を伴うから茯苓ブクリョウ白朮ビャクジュツを加えて胃腸への負担も軽減させるお薬よね。配合も分かるから大丈夫」
 薬の名前をすらすらと口にする蓮花に、恵医師はずいっと詰め寄ってきた。目の輝きも違う。
 え? いきなり食いついてきた? てか、距離が近いんだけど。
「素晴らしい! 蓮花さんは薬に詳しいのですか?」
「詳しいってほどじゃないけど、父が医師だったの。子どもの頃から父の手伝いをしてきたから自然と覚えたって程度。そうそう、あたしのことより鈴鈴を気遣って欲しいの。体調がよくないみたいで、薬を処方してあげて欲しいんだけど、いい?」
「もちろんです。どういった薬を?」
 若い男とはいえ相手は医師。
 恥ずかしがるのもおかしいと思い、蓮花ははっきりと言う。
瘀血おけつ体質で月のものが重いみたい。気と血の流れを良くする桃仁トウニンを処方してあげて」
「分かりました。では、桃仁の他に、桂皮ケイヒ大黄ダイオウ芒硝ボウショウ、甘草を配合して桃核承気湯とうかくじょうきとうを煎じましょう。これで鈴鈴さんの悩みも解消されるはず」
「そう、それそれ!」
「鈴鈴さんは冷え性でしょうか」
「いつも頬が上気して、暑がりだから〝熱証〟かも」
「後で鈴鈴さんに直接聞いてみますが、冷えの強い〝寒証〟でなければ先程の薬で症状が改善されるはずです」
 なにこれ。話が弾んで超楽しい。
「蓮花さんのお父上は立派な医師だったのですね。蓮花さんをみれば分かります」
 父のことを褒められ、蓮花は嬉しそうに笑った。
 思えば、父はいつも病気で苦しみ悩んでいる人のために親身になって尽くしていた。そして、たくさんの人が父に頼ってきた。
 蓮花はそんな父が誇らしいと思った。
 だけど、その父もこの世にはいない。
「蓮花さん、もしよろしければ、お父上の名前を伺っても……」
 恵医師の言葉が途切れた。
「楽しそうな会話が廊下の向こうからも聞こえてきたぞ。お? だいぶ、顔色がよくなったようだな。元気もありそうで安心した。よかったよかった」
 突如、一颯がふらりと部屋にやって来たのだ。
 蓮花は唇を尖らせる。
「なに? また来たの? 一日に何回訪れたら気がすむわけ。実は暇だとか」
 心配してくれるのはありがたいが、何度も部屋に来られてはかえって落ち着かない。
 助けられた手前、邪険にするわけにもいかず、少々迷惑をしていたのだ。とはいえ、こちらだって一颯たち一行を亡霊から救ってやったのだから貸し借りなしなのだが。
 うーん、でもあたしの方が借りは大きいかな。
「まさか。おまえを助けて連れ帰ってきた手前、気にかけるのは当然だろう。ほら」
 と、一颯は突き出すようにして蓮花に皿を手渡した。
 皿の上にはおいしそうな点心が積み上げられている。
 蓮花の目は皿に乗っている、淡い黄色のおやつに釘付けだ。
 ごくりと生唾を飲み込む。
豌豆黄ワンドゥホアンだ。食べてみたいと言ってだろ」
 上質な白エンドウ豆を柔らかくなるまでとろ火でじっくり煮込み、砂糖とキンモクセイを加えた後、冷まして適当な大きさに切り、その上に山査子のゼリーをのせたものだ。
 蓮花は無言で皿を受け取り、豌豆黄を一つ手に取ると、ぱくりと口に放り込む。
 甘くて滑らかな口当たりと、山査子のすっきりした甘さが口の中で広がっていく。
「おいしい!」
 一颯はうざいが、こうして食べたことのない菓子を持ってきてくれるのは嬉しい。
 いつものごとく、後で茶をいれて鈴鈴と一緒に食べよう。あ、恵医師もどうかな。勉強のためにも生薬の話をもっと聞きたい。
 なんだかんだでここにいるのは楽しかったな。
 でも、それももう終わり。
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