王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた

島崎 紗都子

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終章

2 押しつけられた新しい杖

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 エーファは眉根を寄せ、ついっとイェンに顔を近づける。

「こんなゲス男の何がいいのか私にはさっぱり分からんが、どうやら貴様には女たちをひきつける何かがあるらしいからな」

 イェンが怪我で療養中、絶えず押しかけてくる女性の見舞客を退けるのに苦労したエーファであった。
 時には夜中にこっそり窓から侵入しようとする者もいたから、油断も隙もあったものではない。が、今になって思えば、なぜ私がそんなことをしなければいけなかったのだ? と思わないでもないが。

「まあ俺って、この通り見た目がいいし、俺とつき合いたい、抱かれたいっていう女はたくさんいるから」
「黙れっ。自分で言うな! というか、そんな付き合い方をして虚しくならないのか」
「別に? お互い割り切っての遊びの関係だし」

 エーファはため息をつく。

「貴様はほんとうに最低クズ男だな。だが、それも今日までだ」
「なに!」
「貴様に一つ忠告をしよう」

 エーファはぴしりと、イェンに指を突きつけた。

「あ?」
「よいか? ヴルカーンベルクの宮廷にあがったら、絶対に宮女には手を出すな。いや、宮女と口をきくのも、目を合わせるのも、同じ空気を吸うのもいっさい禁止だ。いいな?」

 イェンは肩をすくめた。

「そうは言ってもなあ、向こうから俺と親しくなりたいって近寄ってくるから、無理じゃね?」
「ふふ貴様、宮女に手を出したことがバレたらどうなるか分かっているか?」

 エーファはニタリと笑い、指をパキパキと鳴らした。

「ひっ!」

 引きつった悲鳴をあげ、イェンは咄嗟に両手で股間を押さえ込んだ。

「貴様っ! どこ触っている!」
「て、てっきり、俺の大事なところを握りつぶされると思って……」
「バカ者! どうして私が貴様のこ、こ、股間なんぞに触れなければならない!」
「まあまあ、安心してください姐さん。兄きが宮女さんに手を出さないよう、俺がしっかり見張りますんで」
「うむ、頼んだぞ」
「任せてください!」
「ほほ! おまえさんも難儀じゃのう」

 しみじみと言いながら、パンプーヤはイェンの手にさりげなく杖を握らせた。
 すかさずイェンはその杖を地面に投げ捨てる。

「おい! どさくさにまぎれて押しつけるな」
「なんてことを!」
「だいたい、あの杖がなくなってせいせいしてんだ。それに何なんだよ、その杖! 先端の灯籠みたいな飾りは!」
「さすが目のつけどころが違うようじゃな。ちなみに、この先端部分は回って七色に光る仕掛けになっておる」
「ふざけんな!」
「そういうおまえこそふざけるんじゃない! おまえの頭の上のニワトリは何じゃ!」
「ニワトリじゃねえ!」
「コケーッ!」

 二人と一羽はしばし、睨み合う。

「ふむ。では、おまえさん専用の次元に送っておいてやろう」
「おい、勝手なこと……!」

 杖の押しつけ合いをする二人を横目に、イヴンはリプリーと向き合った。

「ここでお別れね」

  にこりと笑い、右手を差し出してきたリプリーの手に視線を落とす。

「イヴンに会えて本当によかった。大変なこともあったけれど、楽しかった」

 ためらった後、リプリーの手を握り返す。
 イヴンの胸につきんと、痛みが突き抜けていった。
 結局、リプリーたちは別の手段で、ヴルカーンベルクへ行くと言い出した。
 ずっと旅をして、アイザカーンの国の問題にもつき合ってくれて、本当に大変だったけれど、楽しかった。
 いつか来る別れのことも忘れてしまうくらい。

「僕も……リプリーに会えてよかった」

 それだけを言うのが精一杯だった。
 ちゃんと笑って、ありがとうと言ってお別れをしなければいけないのに。
 イヴンはきつく口を引き結ぶ。
 ふいにリプリーはイヴンの首に手を回し、頬に軽く唇を寄せた。そして、顔を赤らめながら、一歩二歩と後ろへさがる。

「イヴン、また会いましょう」

 胸の辺りで手を振り、リプリーはくるりと背を向け歩き出す。
 あっさりと去っていくリプリーの背中をじっと見つめ、イヴンは口元を震わせた。
 ぽろりと、大粒の涙がこぼれ落ちる。
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