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第7章 戦闘編

9 魔獣召喚 とんでもないもの喚ぶなよ!

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『我が願いに答えよ
 我が思いを叶えよ』

 完成した魔法陣から、黒い霧が吹き出した。

「逃げろ! この霧はヤバい!」

 瞬時に杖をかまえ、防壁の結界を張る。
 イェンの叫びを聞いた人々は、悲鳴を上げ走り逃げまどう。
 広場は狂乱と混乱に入り乱れた。
 不用意にかき乱しちまったか、とイェンは舌打ちをする。

 喉に違和感を覚え、軽く咳き込む。
 この黒い霧は瘴気。
 吸い込み続けたら、どうなるか分からない。

 魔法陣が歪み、吹き出す黒い霧とともに手が現れた。人間の手に似ているが、大きさは人ひとり握り潰すなどわけもない巨大な手。
 陣から伸びたその手は地面を掻き、地上に這い上がろうともがいている。

「元の世界へ還れ!」

 魔法陣から這い出ようとするそれを、魔力で押さえつけるが、見えない強い力に押し返される。
 イェンは後方へと片足を引き、力を入れて踏み支える。
 身体に負担がかかり、傷口から流れ落ちる血が地面に赤いシミを作っていることにさえ気づいていない。

 防壁の結界にひずみが生じる。
 さらに魔法陣からもう片方の手が現れ、イェンの魔力を押し返しは完全に姿を現した。
 異形のものだった。
 例えるなら躰は黒い体毛に覆われた人の形のよう。頭は狼に似て、背には黒い翼を有し剥き出し牙は鋭い。

「くそっ! とんでもないものを喚びだしやがって……」

 現れたのは魔界の王でも、悪魔でも何でもない。
 ただの低級魔獣だ。
 イェンは目の端でレギナルトの姿を捕らえる。
 魔獣を呼びだした本人は地面に座り込み、両手を天にかかげたまま高笑いを上げていた。
 魔獣を制御することに失敗したのはあきらかだ。
 もはや、レギナルトとしての自我が残っているのかも怪しい。
 それが悪魔召喚というもの。

 魔獣は首を振り、空に向かって吠え猛る。
 大地を震わせるその咆吼に、誰もが肩をすぼめ耳をふさぐ。
 何かを探して首を巡らす魔獣の双眸が、ぴたりとレギナルトへと止まる。
 まずは喚びだした術者の肉体を喰らわんと、長いかぎ爪を伸ばし、レギナルトを捕らえようとする。
 舌打ち一つ、イェンは杖を振り上げ、振り下ろした。

「人でなければ、遠慮はいらねえな!」

 虚空を切ったその場から、ヒュンと、風の刃が音をたて、一直線に魔獣の腕に放たれる。
 刃は魔獣の腕を断ち切り、さらに勢いを止めることなく、その先の空にかかる雲をも散らした。

「イェンさんの攻撃、何て破壊力……」

 うわずったリプリーの声に、側にいたイヴンはうん、と頷く。

「……僕も初めて見たよ」
「あのバカが攻撃を仕掛けなかったのも、分かる気がする……」

 エーファは渋い顔だ。

「確かに人様に向かって放つ技ではない」

 頭は腕を組みうむ、と頷く。

「でもですよ。今の攻撃を立て続けにあの化け物に放てばどうです?」
「ちりぢりっスね!」
「勝てる……」

 と、一筋の希望を胸に抱くが、それもあっけなく打ち砕かれる。
 切断された魔獣の腕は黒い霧となり、再び本体へと集まり再生する。
 魔獣は天を振り仰ぎ息を吸い込み、ため込んだ気を一気に地上に向かって炎を吐き出した。

 地面を這う炎がアイザカーンの町を直撃する。
 イェンは呪縛の術を魔獣に放つ。
 見えない鎖が魔獣を捕らえ絡め取る。
 その呪縛を振り切らんと魔獣は暴れ、さらに炎を吐いて両翼を広げ黒い霧をまき散らす。
 町を焼き尽くし、飲み込まんばかりに炎はその手を伸ばし、黒い霧が空をおおいつくす。

「ち、魔獣こいつだけでも手一杯だってのによ!」

 イェンは高笑いを続けるレギナルトを一瞥して舌打ちをする。
 さらに、勢いよく燃えあがるアイザカーンの町を見渡し、眉を寄せた。
 このままでは、たちどころに小さな町は焼きつくされる。
 レギナルトの身も危ない。

 どうすればいい。
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