王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた

島崎 紗都子

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第5章 本領発揮編

8 過去の罪 囚われのイェン

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 いろいろ真実もあきらかになり、へっぽこ魔道士の汚名も返上できた。
 もっとも、へっぽこだろうが何だろうが、誰にどう思われようと、気にもしていなかったが。
 宿の部屋に戻ったイェンは、窓辺に腰を下ろして片膝をたて、ぼんやりと外の景色に視線を向けていた。

 今日は早々に眠ってしまおうとシャツを脱ぎかけたが、やはり、どうにも眠れる様子でもない。
 いつの間にか雪もやみ、空には凍える月。
 淡い月明かりが、どこか憂いに沈むイェンの端整な顔を照らす。
 手にした酒瓶をじかに口をつけぐいっとあおると、イェンは静かにまぶたを閉じた。


 ◇・◇・◇・◇


 陽の光が一切射し込むことのない暗い地下牢の一角に、イェンは囚われていた。
 〝灯〟のどこかに罪を犯した魔道士を捕らえるための牢があると噂には聞いていたが、本当に存在したのだと、人ごとのように感心する。
 よく悪戯をして反省室に入れられたことは何度かあったが、ここはそんな生やさしいところではないと、足を踏み入れて理解する。

 身体中にぴりぴりと突き刺す痛みはおそらく魔術を抑制する術が辺りに張り巡らされているのだろう。
 地下牢へと続く入り口は、厳重な術をかけて封印されているに違いない。
 誰も近寄れないよう、そして、罪人を逃さないため。
 きっと、もう陽の光を見ることはできないだろう。そう思っていた。

 イヴンのやつ、どうしってかな。
 めそめそ泣いてなきゃいいけど。
 あいつ、泣き虫だし甘えん坊だし。
 赤ん坊の時から面倒みてきたけど、少し甘やかしすぎたかもしれないな。

 もう、側にいてやることはできない。
 何があっても、守ってあげることも。
 だけど、弟たちがいるから寂しくないよな。
 俺がいなくても、これからは。

「イェン、おまえのおかげでこのアイザカーン国は危機から救われた。多くの者の命がおまえの術で救われた」

 ふと、父の言葉が耳に飛び込み我に返る。
 父の手にくしゃりと頭をなでられ、くすぐったい気持ちになる。

「父親として、おまえを誇りに思う」

 父の褒め言葉が素直に嬉しいと思った。だが、手放しに喜んでいい状況でないのはわかっている。

「しかし、おまえは魔道士として、もっともやってはいけないことをした。死者を……」

 そこまで言い、いや、と父が首を振る。

「分かっているね、イェン」

 父がしゃがみ込み目線をあわせて、覗き込んできた。
 その目はなぜ、あんなことをしたのだと、問いつめる目であった。
 悲しそうな父の目を見るのが辛くて、イェンは視線をそらし、自分の足下をじっと見つめた。
 沈黙がしんとした空間に落ちる。

「あいつを、失いたくなかったから。それだけ」

 イェンはぽつりと父の問いに答えた。
 左右に垂らしていた手を父につかみとられ、両手首を握りしめられる。反射的に手を引っ込めかけたが、父はそれを許してはくれなかった。
 一瞬、イェンの顔に悲痛な色が浮かんだ。

「イェン、私は〝灯〟の長として、おまえを罰しなければならない」

 そう告げる父の表情はすでに父の顔ではなく、それは〝灯〟の最高責任者である長のものであった。
 痛切な父の声とともに、つかまれた手首に魔術でほどこされた手錠がかけられた。
 締めつけられる強い痛みにイェンは顔をゆがめた。
 視線を落としたまま、ぎりっと奥歯をかむ。

 〝灯〟の禁忌に触れ、大罪を犯した魔道士は〝灯〟の厳しい掟によって罰せられる。
 一生、陽のあたることのない暗いこの地下牢に囚われ続けるか、最悪の場合、存在そのものを消されてしまう。
 それが普通の人間と違う能力を身につけたがための宿命だ。

 イェンはかけられた手錠に視線を落とす。
 本当は、こんなものなど簡単に解除できた。
 多分、その気になればここから逃げ出すことも可能だ。けれど、そうしなかったのは、きちんと自分のとった行動に対し、罪を償うつもりでいたから。

 覚悟はしていた。
 後悔はしていない。
 立ち上がった父につられて顔を上げるが、厳しい目で見下ろされイェンは再びうつむく。

「最悪の結果にだけはならないよう、努力はしてみるつもりだよ」

 それは気休めの言葉にすぎない。
 もう、自分の運命は決まっているようなものだ。
 頷きかけたその時、遠くから自分の名を呼ぶイヴンの声が牢中に反響した。
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