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第4章 雪山編

7 強行突破! あの雪山を越えろ!

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 物好きでもない限り、地元の人でもこの時期滅多に踏み入れない小雪山に、一行が登り始めてから3時間が過ぎた。
 とりあえずは何も問題はなく順調に歩を進めていたが、みなの後ろを遅れて歩くイェンが、突然ばたりと倒れる。

「俺……もう限界」
「何だ? だらしがない。登り始めてからまだいくらも経っていないぞ」

 振り返るエーファの目が冷たい。

「俺はおまえみたいに化け物じみた体力はねえんだよ!」
「イヴンやリプリーですら、文句一つ言わずついてきているぞ」
「みんな……俺のことにはかまわず……」
「では、そうさせてもらおう」

 イェンの言葉を最後まで聞かず、すんなり背を向けエーファたちは歩き出す。

「ちょ、ちょっと待った!」
「何だ、騒々しい」
「イェン、もうちょっと頑張って。日が沈むまでには登山者用の山小屋に辿り着かなければいけないんだ。ほら、僕の肩につかまっていいから」

 イェンの肩に手を回し立たせる。

「イヤだ! おぶってくれなきゃイヤだ!」
「僕じゃ、イェンをおぶえないよ。お願いだから歩いて」

 だだをこね始めたイェンに、エーファはやれやれとため息をついてリプリーに向き直る。

「リプリー、そいつの口の中にモエモエ草をねじ込んでやれ。葉っぱ三枚ほどな。そうすれば元気も出るだろう」
「三万馬力ってところね」

 リプリーもばか正直に袋からモエモエ草を取り出し、イェンの口に近づける。

「食べて」
「や、やめて……それだけは。お願い」

 よみがえる、いつかの日の悪夢。
 こんなところで腹をくだしたら、それはもう最悪の一言だ。

「なら、歩け」
「……頑張ります」

 うなだれるイェンを先頭に歩かせ、一行は再び雪山を登り始めた。しかし、山の天気は変わりやすい。
 歩き出して間もなく風が増し、それが猛吹雪へと変わった。

「これ以上進むのは危険だ。下手をすると道を見失う」

 防寒用の上着を胸の前でかきあわせ、エーファは叫んだ。叫ばなければ、吹雪で声をかき消されてしまいそうだったから。
 開いた口の中や目に雪が入り込む。
 視界が真っ白で、少しでも仲間と離れてしまえば見失ってしまう危険もあった。
 飛んでしまいそうになるフードを片手で押さえ、イヴンは磁石の針の計器にこびりついた雪を手で拭って方角を確かめる。

「少しそれてしまうけど、近くに避難小屋があるはずです。いったん、そこへ向かいましょう」

 厚手の手袋をしていても指先が凍え、もはや感覚がない。何度も手袋の上から指先に息を吹きかけるリプリーに、イヴンは手を差し出した。

「はぐれてしまうと大変だから。もう少しだからね。がんばって」

 励ますイヴンの言葉に、リプリーはうなずき、差し出されたイヴンの手をしっかりと握り返す。

「気をつけて、この辺り左右が崖になっているから」

 と注意する側でイェンが叫び声を上げた。

「それを早く言えっ!」

 足を滑らせ崖から落ち、かろうじて縁にへばりついている状態であった。

「た、たすけ……」

 エーファは慌てて駆けつけ、必死に救いを求めるイェンに向かい両手を伸ばした。けれど、つかんだのはイェンの頭の上のヤンだった。と、同時にイェンの手が崖から離れる。

「コケーッ」
「俺はどうすんだよーっ!」

 悲痛な声を上げ、イェンは崖の下へと真っ逆さまに落ちていく。
 遠のいていくイェンの悲鳴が、崖下から響き、やがてその声もとうとう聞こえなくなった。

「……イェンさん、落ちちゃったわ」
「うん、落ちちゃった。で、でも、イェンなら大丈夫だよ。多分……。僕たちは一足先に小屋に向かおう」
「そうだな。落ちたものは仕方がない」

 エーファはそっと胸の辺りで十字を切った。


「部屋、暖めておいてやったぞ」


 ところが、イヴンたちがやっとの思いで小屋に到着した頃。すでにイェンは暖炉の前でぬくぬくと暖まり、持参した酒でご機嫌に一杯やっていた。
 などと、思いもかけない出来事もあったが、それでもその後、雪山越えは順調に進んだ。

 肉体の疲れは精神の気力で補った。
 この時ばかりはイェンのおかげと感謝するべきかもしれない。
 歩き疲れて無口になっても、イェンが何かしらアホなことをしでかしてくれたからだ。
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