王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた

島崎 紗都子

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第3章 転職編

2 初仕事を終えて

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「イェン、お帰りなさい、お疲れさま。お仕事どうだった?」

 声を発することもできず足をよろめかせ、イェンは両腕を前に伸ばしベッドの上にばたりと倒れ込んでしまった。

「大丈夫?」

 心配顔でイヴンが駈け寄ってくる。

「うう……なんで俺がこんな肉体労働を……仕事はキツいし、人間関係は辛いし。俺泣きそう」

 枕に突っ伏しイェンは泣き言をこぼす。

「頑張って。慣れないお仕事で大変かもしれないけれど、通行券ができるまでの辛抱だから」

 こうなったのも、元はといえば自分のせいだと責任を感じているイヴンは疲れきっているイェンを気遣い、けなげに身体を揉み始めた。

「おまえ、ちゃんと腹一杯飯食わせてもらったか?」
「うん、新鮮なお魚たくさん食べさせてもらったよ。もうお腹いっぱい」

 イヴンの声は満足そうだ。

「仕事は? 俺が見ていないところで嫌がらせとかされてないか?」
「全然! みんな親切に仕事を教えてくれて、いい人たちばかりだよ」
「変わったことは?」

 パンプーヤの剣を狙う奴がイヴンに接触してないか。

「何もなかったよ」

 その声に嘘はないと感じとって、そうか、とイェンはほっとした声をもらす。
 何だかんだ言いながらもイヴンのことが心配なのだ。

「イェン心配しすぎ。僕は大丈夫だから。ああ、それとね、通行券はやっぱり、一ヶ月ちょっとはかかるって」

 結局、イヴンはイェンの弟のノイということで、役所に通行券の再発行届けを出した。
 そんなんで通るの? と心配していたイヴンだが特に疑われることもなく、すんなりと通ってしまったから拍子抜けだ。

 なのに何故、発行されるのが一ヶ月もかかるのかは不思議だったが、嘘をついているという後ろめたさもあり、ここは文句を言わずおとなしく待った方が賢明だとイヴンは判断した。

「一ヶ月ちょっと? そのちょっとって曖昧さは何だよ」
「分かんないよ。とにかく、一ヶ月ちょっとしたら発行されるから、また来てくださいねって」
「てことは何? 俺にあと一ヶ月以上も、漁師をやれってこと?」
「ごめんね」

 本当なら〝灯〟の魔道士なら特別に通行券も即時に再発行できるということをイヴンは役所の人からちらっと聞いた。
 イェンの同行者である自分の分も手に入れられたのかもしれない。けれど、イェンがそうしなかったのは、イヴンを気遣ってのこと。

『俺がエレレザレレの〝灯〟に行けば、間違いなくアイザカーンの〝灯〟にも話がいく。そうなれば、必然とヨアンの耳にも入る』

 ということだ。
 イェンに大変なことをさせて申し訳ないと思っているのか、ごめんね、ともう一度呟いてイヴンは一生懸命、肩、腰、足を丁寧にもみほぐす。

「ねえ、イェン」

 と、遠慮がちに呼びかけたものの、そのままイヴンは黙り込んでしまった。

「何だよ。やっぱり何かあったのか?」
「ううん……そんなんじゃないんだ」

 沈んだような、元気がないような、イヴンの表情はどこか浮かない。

「別れ際にリプリーが泣き出した時、僕、ほんとにどうしたらいいのか分からなくて、気の利いた言葉をかけることもできなかったし、抱きつかれた時は頭の中が真っ白になっちゃって……僕、だめだね。リプリー、呆れてないかな」

 嫌われちゃったりしてないかな、とぽそっとこぼし、イヴンはため息をつく。

「安心しろ。あれは呆れたって態度じゃなかったろ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「だといいけれど……」
「しかし、おまえが女のことで悩み事を言い出すようになったとはな、ま、いずれ女を泣かせるようになったら、おまえも一人前の男だな。はは」

 イヴンはきょとんとした目で首を傾げる。

「何それ? 全然、意味が分からないよ。女の子は泣かせてはいけないんでしょう?」
「違う意味で泣かせんだよ」
「分かんない」
「やれやれだな。俺がおまえの年頃にはすでにいろんな女と、深ーい関係でつき合ってたぞ」
「イェンはもてるから。何もしなくても女の人の方が寄ってくるし。それに、優しいし。でもイェン、エーファさんにはちょっと意地悪だよね。怒らせるようなことばかり言って。どうして?」
「あのリンゴ女、からかってやると真面目に反応してきておもしろいだろ?」

 これまでのことをいろいろ思いだしているのか、イェンは肩を揺らして笑う。

「からかうなんて悪いよ」
「いいんだよ。ほんとに嫌ならとっくに俺たちから離れてる。まあ、向こうも何やら思惑があるようだけどな」
「思惑?」
「おまえ……まあ、いいや」
「ねえ、思惑って何のこと?」

 再度問いかけるイヴンに、イェンはさあな、と意味ありげに笑って答えるだけ。

「ああ……俺このまま寝ちゃいそう」

 その思惑とやらをイェンは話すつもりはないようだ。
 イヴンも気にはなったが、疲れているイェンのことを思って、それ以上は聞かなかった。

「うん、いいよ。イェンが寝つくまでこうして揉んでいてあげるから」

 と、言ったそばから、よほど疲れていたのか、ものの数分も経たないうちに、イェンはすうっと深い眠りに落ちてしまった。
 静かな寝息がイェンの唇からもれる。

 イヴンは手をとめ、ほつれてしまったイェンの三つ編みを解く。
 すっかりくせのついたイェンの長い髪が背に広がりシーツへと落ちる。
 イェンが目覚める気配はない。
 そのイェンの顔をのぞき込み。

「ありがとう、イェン」

 と、言ってイェンの頭をなでなでする。

「今日はゆっくり休ん……っ!」
「おーい、新入り! 風呂があいたぜ。おまえも今日一日の疲れと汗を流せよ」
「さっぱりするっスよ」

 そこへ、前触れもなく扉が開き四人組が部屋に現れた。
 男たちの声に驚いたイェンは、びくりと身体を跳ねて飛び起きる。

「あれー? 新人、いきなりダウンですか?」

 ちびが目を細め、ぷぷぷっと笑っている。

「意外に……情けない……」
「てめえら……」

 イヴンに肩腰を揉まれ、気持ちよく眠りに落ちていったと思った瞬間、四人組に叩き起こされたイェンはかなりご機嫌斜めであった。

「うるせえよっ!」
「ひーっ!」
「あれ? あなたたち、確かパレポレポーヤの街で」
「あ、いつぞやの坊や。そうそう、自己紹介がまだだったな。俺の名前は……」
「いい! 自己紹介はいい! あっちいけ。おまえも、いちいちそんな奴ら相手にするな」
「え、でも」

 イェンはしっしと、四人組を手で追い払う。
 船の上で話を聞くに、何があったか知らないが、彼らはこそ泥家業から足を洗い、地道に働くことを決意したらしい。
 そんな話、イェンにとってはどうでもいいことだが、どうも彼らの方が先輩風を吹かして、妙に懐いてくるのだ。

「あにきぃー、この人何かアレですよ」
「何、初めての仕事で気疲れしてんだ」
「なら、明日は一緒に風呂に入るっス」
「そうだな。男同士背中を流し合えば」
「芽生える友情……」
「だからうるせえって言ってんだろ! てめえらと馴れあうつもりはねえんだよ! てか、人が気持ちよく眠りかけたところに何なんだよ……部屋から出て行きやがれ!」

 イェンの一喝に、四人組は脅えてそろりと後ずさる。

「何か、たち悪いっスよ、この人……」
「な、何、慣れない仕事でちょっとナーヴァスになっているだけだ。誰にでもよくあるだろ?」
「あるあるですよ! おれっちも最初はそうだったですからねー」
「と、とにかく、さっさと風呂入って寝ろよ」
「寝ろよ……」
「明日も早いっスよ」

 と、四人組はイェンの怒りを恐れて、そそくさと逃げるように部屋から退散した。
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