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第1章 旅立ち編
1 王子様と落ちこぼれ魔道士
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アイザカーン国という、いつ他国から侵略されてもおかしくない小さな国がある。
どれだけ小さいかは、高い丘から見下ろせば、国の端から端までが見渡せるという小ささだ。
なのに、今まで侵略という憂き目を見なかったのは、アイザカーン国が肥沃な土地でもなく、特産物があるわけでもない。
おまけに美女もいない。
どうしても手に入れたいと思うものなど何一つない、という国だから。
それはさておき。
その国の外れにある、一軒の食事処。
店の名は『焼き肉亭エルデ』特性秘伝のタレが自慢の焼き肉店だ。
店がまえはお世辞にもきれいとはいえないが、料理は最高と評判。
おまけに、格安料金の宿泊部屋もあって、とりあえずその店は繁盛していた。
仕事帰りの男たちの汗と煙草の煙と、肉を焼く匂いで充満した店の片隅に、この場にはそぐわない二人の男性客がいた。
一人は、まだあどけなさを残した顔立ちの少年。
短髪の亜麻色の髪につるりとした白い肌、ほんのり赤く染まる頬。肉の焼き加減に注意を向ける理知的な茶色の瞳。
少年の名前はイヴン。小柄な身体にシャツとベストとズボン、一般的な庶民の格好が違和感なく馴染んでいるが、彼はこのアイザカーン国、王位継承者二十六番目の王子であった。
一方、その少年の向かい側、椅子の上に行儀悪く片膝を組み酒をあおっている二十五前後の青年。
容貌は悪くない。むしろ、整った顔立ちの色男だ。
女を迷わす魅力と危険さを孕んでいる。
首の後ろで束ねられた長い黒髪。長身のしなやかな細身の身体にゆったりとしたシャツを着て、胸元をだらしがなく広げ肌を見せているところが色っぽい。
左手首には、不思議な紋様が彫られた腕輪をはめている。
よく見れば、その腕輪は〝灯〟に属する魔道士の証。
真面目でお堅いという印象の魔道士とはかけ離れた雰囲気だ。
悪く言えば、軽薄という言葉があてはまる。
その証拠に、男の黒い瞳に宿る光は鋭く、隙のない視線が絶えず通りすがる女性給仕の尻ばかりを追いかけていた。
ひとしきり女の尻を眺めていた男は、向かいに座る少年に視線を戻す。
「しかし、おまえもつくづく哀れだな。その年で政略結婚のだしにされちまうんだもんな。いったい、おまえに何番目の王女があてがわれっか知らねえが、おまえの結婚相手ってのは、もらい手のなかったあまりものの、すっげえブスでデブの女に違いねえ」
哀れむというより、半分からかう調子で男は言う。
態度も悪ければ口も悪い。
おまけに王子である少年を、おまえ呼ばわりだ。
「別にいいよ……僕。外見は気にしないし」
「おまえなあ、どうせ抱くなら綺麗な女の方がいいに決まってんだろ」
ふーん、とイヴンは肉を焼くのに夢中で、素っ気ない返事をする。
相手の口の悪さも慣れているのか、気にする様子もない。
こまめに肉を裏返し、いい感じに焼けた肉を一切れ取り、たっぷりとタレに絡ませ、口に入れ頬を緩ませた。
甘辛さ加減が絶妙のタレだと、この店を訪れる客は必ずそう絶賛する。
お手頃の値段のわりには肉の質も良く、脂身は口の中でとろけていく。
格安料金でこの味なら店が繁盛するのも頷ける。
そこへ、追加した白濁色の酒を手に、給仕の女性がやって来た。
すかさず男の目が娘へと向けられる。
地味な顔立ちだが、シャツのボタンがはちきれんばかりに大きく揺れる胸はかなり魅力的、というのが男の感想だ。
「この店、繁盛してるね。酒も美味いし、とくにこのタレ、最高じゃん」
遠慮なく娘の胸の谷間に視線を据え、男は上機嫌に言う。
「ありがとうございます。みなさん、そう言ってくださるのですが……」
給士の娘は視線を斜めにそらして、表情をかげらせる。
「もうじきこのお店も閉めなければ……」
「何で? こんなに客がいんのに?」
「ええ……ですが、祖父の代から受け継がれてきた秘伝のタレがもう……父は三年前に他界……タレの調合を引き継いだのは兄だけ」
どうやら娘はこの焼き肉店の娘らしい。
「一子相伝のタレってやつか……」
「はい、その兄も二年前、自分探しの旅に出ると飛び出したきり、行方がしれず……」
「へえ……」
何となくかける言葉を見失い、食事の手がとまったイヴンと目が合う。
途切れた会話に気まずい雰囲気。
さてこの場をどうしたものかと思ったちょうどその時、後ろのテーブルから麦酒のおかわりを要求する客の声に娘は我に返った。
「や、やだ。あたしったら、こんな話。ごめんなさい。どうぞごゆっくり」
二度、三度おじぎをして、慌てて厨房へと駆け込んでいってしまった。
「いい尻してんのに、もったいねえな」
「イェン」
口をへの字に曲げ睨んでくるイヴンに、イェンと呼ばれた男は苦笑してグラスに手を伸ばす。ふと、テーブル二つ分離れた先から、こちらをじっと見つめてくる女性給士と目が合った。
女であることを強調させる赤い口紅が、なまめかしく浮き立ち目立った。
女は客に呼び止められ注文を聞く間も、媚びを持った視線をこちらへ向けてくる。
酒を一口含み、イェンは意味ありげな笑いを女に返した。
どれだけ小さいかは、高い丘から見下ろせば、国の端から端までが見渡せるという小ささだ。
なのに、今まで侵略という憂き目を見なかったのは、アイザカーン国が肥沃な土地でもなく、特産物があるわけでもない。
おまけに美女もいない。
どうしても手に入れたいと思うものなど何一つない、という国だから。
それはさておき。
その国の外れにある、一軒の食事処。
店の名は『焼き肉亭エルデ』特性秘伝のタレが自慢の焼き肉店だ。
店がまえはお世辞にもきれいとはいえないが、料理は最高と評判。
おまけに、格安料金の宿泊部屋もあって、とりあえずその店は繁盛していた。
仕事帰りの男たちの汗と煙草の煙と、肉を焼く匂いで充満した店の片隅に、この場にはそぐわない二人の男性客がいた。
一人は、まだあどけなさを残した顔立ちの少年。
短髪の亜麻色の髪につるりとした白い肌、ほんのり赤く染まる頬。肉の焼き加減に注意を向ける理知的な茶色の瞳。
少年の名前はイヴン。小柄な身体にシャツとベストとズボン、一般的な庶民の格好が違和感なく馴染んでいるが、彼はこのアイザカーン国、王位継承者二十六番目の王子であった。
一方、その少年の向かい側、椅子の上に行儀悪く片膝を組み酒をあおっている二十五前後の青年。
容貌は悪くない。むしろ、整った顔立ちの色男だ。
女を迷わす魅力と危険さを孕んでいる。
首の後ろで束ねられた長い黒髪。長身のしなやかな細身の身体にゆったりとしたシャツを着て、胸元をだらしがなく広げ肌を見せているところが色っぽい。
左手首には、不思議な紋様が彫られた腕輪をはめている。
よく見れば、その腕輪は〝灯〟に属する魔道士の証。
真面目でお堅いという印象の魔道士とはかけ離れた雰囲気だ。
悪く言えば、軽薄という言葉があてはまる。
その証拠に、男の黒い瞳に宿る光は鋭く、隙のない視線が絶えず通りすがる女性給仕の尻ばかりを追いかけていた。
ひとしきり女の尻を眺めていた男は、向かいに座る少年に視線を戻す。
「しかし、おまえもつくづく哀れだな。その年で政略結婚のだしにされちまうんだもんな。いったい、おまえに何番目の王女があてがわれっか知らねえが、おまえの結婚相手ってのは、もらい手のなかったあまりものの、すっげえブスでデブの女に違いねえ」
哀れむというより、半分からかう調子で男は言う。
態度も悪ければ口も悪い。
おまけに王子である少年を、おまえ呼ばわりだ。
「別にいいよ……僕。外見は気にしないし」
「おまえなあ、どうせ抱くなら綺麗な女の方がいいに決まってんだろ」
ふーん、とイヴンは肉を焼くのに夢中で、素っ気ない返事をする。
相手の口の悪さも慣れているのか、気にする様子もない。
こまめに肉を裏返し、いい感じに焼けた肉を一切れ取り、たっぷりとタレに絡ませ、口に入れ頬を緩ませた。
甘辛さ加減が絶妙のタレだと、この店を訪れる客は必ずそう絶賛する。
お手頃の値段のわりには肉の質も良く、脂身は口の中でとろけていく。
格安料金でこの味なら店が繁盛するのも頷ける。
そこへ、追加した白濁色の酒を手に、給仕の女性がやって来た。
すかさず男の目が娘へと向けられる。
地味な顔立ちだが、シャツのボタンがはちきれんばかりに大きく揺れる胸はかなり魅力的、というのが男の感想だ。
「この店、繁盛してるね。酒も美味いし、とくにこのタレ、最高じゃん」
遠慮なく娘の胸の谷間に視線を据え、男は上機嫌に言う。
「ありがとうございます。みなさん、そう言ってくださるのですが……」
給士の娘は視線を斜めにそらして、表情をかげらせる。
「もうじきこのお店も閉めなければ……」
「何で? こんなに客がいんのに?」
「ええ……ですが、祖父の代から受け継がれてきた秘伝のタレがもう……父は三年前に他界……タレの調合を引き継いだのは兄だけ」
どうやら娘はこの焼き肉店の娘らしい。
「一子相伝のタレってやつか……」
「はい、その兄も二年前、自分探しの旅に出ると飛び出したきり、行方がしれず……」
「へえ……」
何となくかける言葉を見失い、食事の手がとまったイヴンと目が合う。
途切れた会話に気まずい雰囲気。
さてこの場をどうしたものかと思ったちょうどその時、後ろのテーブルから麦酒のおかわりを要求する客の声に娘は我に返った。
「や、やだ。あたしったら、こんな話。ごめんなさい。どうぞごゆっくり」
二度、三度おじぎをして、慌てて厨房へと駆け込んでいってしまった。
「いい尻してんのに、もったいねえな」
「イェン」
口をへの字に曲げ睨んでくるイヴンに、イェンと呼ばれた男は苦笑してグラスに手を伸ばす。ふと、テーブル二つ分離れた先から、こちらをじっと見つめてくる女性給士と目が合った。
女であることを強調させる赤い口紅が、なまめかしく浮き立ち目立った。
女は客に呼び止められ注文を聞く間も、媚びを持った視線をこちらへ向けてくる。
酒を一口含み、イェンは意味ありげな笑いを女に返した。
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