この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

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第7章 誰も私たちの知らない場所へ

5 僕のものにしたかった

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 そう、とクレイは声を落とす。
「なのに、君は記憶を取り戻しても、僕のことを思い出してはくれない。ずっと側にいたのに。僕がアップルパイが大好物だと言っても、気づいてくれなかった。寂しかったよ、ファンローゼ」
 クレイの碧い瞳が悲しげに揺れる。だがそれも瞬時のこと。
 再びクレイの目に狂気の影が走る。
「それでコンツェット、君はいつ僕のことに気づいた?」
「ああ、ファンローゼからクレイという男の話を聞き、いろいろ不可解な点があったことに引っかかった。そして、なぜキャリーが本部に捕らえられたファンローゼの身柄を引き渡せと要求してきたのか」
「本部にいれば、捕らえられた組織の奴らと同様、彼女は殺される可能性がある。たとえ殺されるのを免れたとしても、拷問を受ける場合も。だから、僕の権限で諜報部に呼び寄せ、保護しようと思った」
 エスツェリア軍に捕らえられた彼女の身柄を〝キャリー〟が引き取ると言ったのは、このためであった。
 クレイはファンローゼに微笑む。
「忠告したよね。アジトに戻ってはいけないと。まあ、予想はしていたが」
「そして俺はおまえの経歴書に書かれていた名前を見て気づいた。名前の綴りに。それで確信した」
 ロイから、クレイの経歴書を受け取ったコンツェットが、肩を震わせながら笑っていたのはそういう理由であった。
 クレイはくつりと笑い、コンツェットはこぶしを震わせる。
「なぜだ。クルト・ウェンデルを殺害し、その娘であるファンローゼを軍に引き渡すかと思えば、実際はそうはしない。けれど彼女を翻弄する。おまえはいったいファンローゼをどうしようとしている。いや、どうしたいんだ」
 クレイは戯けた仕草で肩をすくめた。
「そんなこと聞くまでもないよ。彼女を僕のものにしたい。ただそれだけ」
 ファンローゼはコンツェットの腕にしがみついた。
 大丈夫だよ、というようにその手にコンツェットの手が重ねられる。
「幼い頃からずっと彼女だけを見てきた。いつかこの手で抱きしめ、僕だけのものにしたいと思い続けていた。それが望みだ」
「幼い頃から?」
 ファンローゼは声を震わせた。
 長話になるね、とクレイは銃を持つ手をいったん降ろす。
「クルト・ウェンデルの読書会で初めて出会ったその時から僕は一目で可愛らしい君を大好きになった。子どもたちの輪に入ろうとしない僕を、君は気にかけ一生懸命みんなと打ち解けさせようと心を砕いてくれた。そんな君が可愛らしく微笑ましかった。だけど君にはコンツェットという幼なじみがいる。邪魔な男だと思ったよ」
 クレイはコンツェットを睨みつける。
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