この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

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第6章 もう君を離さない

11 解きあかされていく真実

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 頭がぼうっとする。
 目を開けると、見慣れない光景が目に映った。
 どこかの部屋であった。
 いったい誰の部屋?
 自分の身に何が起きたのか思い出そうとしたが、思考がうまく働かなかった。
 身体を動かそうにも、気怠さが全身に絡みつき、思うように動けない。
「お目覚めかしら」
 ファンローゼは声が聞こえた方に視線を傾けた。
「あなたは」
 誰? と言いかけて口をつぐむ。
 ようやく焦点の結び始めたファンローゼの目が、目の前に立つ女性の姿を確認し、見開かれた。
 見覚えのある顔であった。
 緩やかに流れる見事なブロンドの髪。陶器のように滑らかで白い肌。
 大佐のパーティで見かけた女性。コンツェットの婚約者、エスツェリア軍大佐の娘エリスであった。
「ここは……」
 さらにファンローゼは表情を強ばらせる。
 身体が動かなかったのは、椅子に後ろ手で縛られているせいであることに気づく。そこでようやく思い出す。
 アパートにやって来た、エスツェリア軍の男たちに突然連れ去られたことを。
「あなた、先日のパーティーで歌をうたった子ね。よく覚えてるわ」
 歩み寄ってきたエリスの手にあごをきつく掴まれ、上向かせられた。
「よくも、私のコンツェットを横取りしたわね。この泥棒っ!」
 振り上げられたエリスの手が、思いっきりファンローゼの頬へ打ち下ろされた。
 じんと、頬に痺れるような痛みが走る。
 視線をあげようとして目眩を引き起こし、吐き気に襲われた。
 連れ去られる時に何かの薬品を嗅がされ、まだ意識が朦朧とする。
「彼はね、私と婚約したの。私のものなの! 彼は私を愛してると言った。それなのに、おまえが横取りした!」
 両腕を組むエリスは、側にいる軍の男にあごで示した。
 男は無表情な顔で手にしていた小さなケースから注射器を取り出す。針の先に透明色の薬品の入った小瓶を突き刺す。注射器の中にその薬品が吸い込まれていく。
「……何をするの」
「ちょっとしたお薬よ。そんなに怯えなくても、別に命までとったりしないわ。ほんの少し気持ちよくさせてあげるだけ」
 エリスは口角を吊り上げ、目を細めファンローゼを見下ろした。
「お願い……やめて……」
 男の手がファンローゼの腕を掴むと、持っていた注射器の針の先端を腕にあてた。
「や、めて……」
「安心なさい。廃人にならない程度の量だから。でも、それ以上暴れるなら、もう一本打たなければいけなくなるわ。そうなったら、正気でいられるかどうか保証できないけど」
 エリスは唇を歪めくすくすと笑う。
 助けて、とファンローゼの目がエリスに訴えかける。
「本当に好きにしていいんですか? エリスお嬢様」
「かまわないわ。滅茶苦茶にしてしまいなさい。私から大切なコンツェットを奪った罪をこの女にじっくりと教えてあげるといいわ」
 エリスは悠然と、ソファーに腰をおろし足を組んだ。
「ここでおまえが男たちに遊ばれるところを見ていてあげる。ふん! いい気味」
 注射器の針が皮膚に沈む。ちくりとした痛みが走った。
 もう、だめ……と目をきつく閉じたその時。
「おふざけになるのも大概になさったらどうですか、エリスお嬢様」
 その声にファンローゼは目を開いた。
 そして、驚愕する。
「何よ、私に指図するつもり? ていうか、あんた誰!」
 いつの間に部屋に現れたのか、一人の男が扉に背をあずけ腕を組んで立っていた。
 その男の姿に、エスツェリア軍は強ばった顔で背筋を伸ばし硬直する。
 ファンローゼに注射を打とうとした男も、現れた男が自分よりも階級が上だと知り、ファンローゼから離れ、直立で敬礼をする。
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