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第6章 もう君を離さない
5 氷の如き青い瞳で
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ファンローゼの尋問を担当していた男は緩く首を振り、気の毒な目でファンローゼを見つめ小声で呟く。
「さっき僕が言った、拷問上手な上官だよ」
「後は俺がやる。おまえはもう行っていい」
「いえ、必ず自分がこの者から情報を引き出してみせますので、もうしばらく」
しかし、コンツェットの無言の圧力と厳しい眼差しに射すくめられ、男はもはや退くしかないとあきらめたようだ。
「悪いことは言わないよ。お嬢さん、強情をはらない方が身のためだ」
部屋を退出する間際、男の手が肩にかけられ、言い含められる。
コンツェットは今まで男が座っていた席に腰をかけた。
机の上に両肘をつき、組んだ手にあごを乗せ、氷の如き青い瞳で容赦なくファンローゼを貫く。
一呼吸置き、コンツェットは切り出した。
「組織のリーダーのことを喋ってもらおうか。いったい何者だ?」
突き放したその声も瞳と同じく、温かみの欠片もない凍えたもの。
目の前にいるコンツェットは、自分の知っているコンツェットではない。
ファンローゼが知っている彼は、雲一つない晴れ渡った空を写しとったかのような、澄んだ瞳と優しい笑顔を持っている人だった。
「無理矢理という方法もある」
コンツェットの唇に、酷薄な笑みが刻まれる。
ファンローゼは挑むような目で、相手を真っ直ぐに見つめ返す。
しばし見つめ合った後、コンツェットは深いため息を吐き出し、組んだ手にひたいを乗せる。
「なぜあんなところにいた。もう組織とはかかわるなと言ったはずだ」
ファンローゼは唇を引き結んだまま、コンツェットを見つめるだけであった。
「組織にかかわることが、どういうことか知らなかったわけではないだろう。エスツェリア国を批判していた君の父親はどうなった? 軍に目をつけられ殺された。さらに、その妻という理由だけで君の母親も。君もそうなりたいのか」
「そうね。あなたたちエスツェリア軍がお父様やお母様を殺した」
あなたたちエスツェリア軍と、棘のある言葉を向けても、コンツェットは表情ひとつ変えることはなかった。
「コンツェット……何があったの? あの時、離れ離れになった後、あなたに何が起きたの? なぜ、エスツェリア軍に?」
しかし、コンツェットは答えなかった。けれど、その顔にかすかな苦渋の色が広がるのを見て、ファンローゼは唇を震わせた。
コンツェットの辛そうな表情に、胸の奥に針で刺されたような痛みが走る。
「三年の歳月は人を変えるのにじゅうぶんだ。前にも言ったが、俺は以前の俺ではない」
「嘘よ。コンツェットは変わっていない。あの時屋敷から逃げる時もコンツェットは私を助けてくれた」
何かを言いかけようとして、コンツェットは言葉を飲み込む。
「もう黙れ。もう一度聞く、クレイという男は何者だ」
「おかしな質問だわ。クレイはあなたたちの協力者なのでしょう?」
コンツェットは眉根を寄せる。
「協力者? そんな……」
何かを言いかけようとしたコンツェットの言葉が途切れる。
ロイが部屋に入ってきたからだ。
「まだ尋問中だ」
「いいえ、その必要はなくなりました」
ロイは視線をそらすことなくコンツェットを見据える。
「たった今、彼女の身柄を引き渡すようにとの要求が入りました」
「身柄を? 誰にだ」
ロイは一拍置いて告げる。
「諜報部の〝キャリー〟です」
コンツェットは椅子から勢いよく立ち上がり、テーブルを叩いた。
「馬鹿な! なぜ〝キャリー〟が彼女を!」
「分かりません」
ロイは視線を落とし静かに首を振る。
「彼女は渡さない! 断ると伝えろ!」
「それはできません。これは要請ではなく、要求です」
つまり、命礼だ。
コンツェットは握った手を震わせた。
「さらに〝キャリー〟は、コンツェット自ら彼女を連れて来いとのことです。場所は〝時の祈り〟のアジト。そこでキャリーは彼女を引きとるそうです」
「さっき僕が言った、拷問上手な上官だよ」
「後は俺がやる。おまえはもう行っていい」
「いえ、必ず自分がこの者から情報を引き出してみせますので、もうしばらく」
しかし、コンツェットの無言の圧力と厳しい眼差しに射すくめられ、男はもはや退くしかないとあきらめたようだ。
「悪いことは言わないよ。お嬢さん、強情をはらない方が身のためだ」
部屋を退出する間際、男の手が肩にかけられ、言い含められる。
コンツェットは今まで男が座っていた席に腰をかけた。
机の上に両肘をつき、組んだ手にあごを乗せ、氷の如き青い瞳で容赦なくファンローゼを貫く。
一呼吸置き、コンツェットは切り出した。
「組織のリーダーのことを喋ってもらおうか。いったい何者だ?」
突き放したその声も瞳と同じく、温かみの欠片もない凍えたもの。
目の前にいるコンツェットは、自分の知っているコンツェットではない。
ファンローゼが知っている彼は、雲一つない晴れ渡った空を写しとったかのような、澄んだ瞳と優しい笑顔を持っている人だった。
「無理矢理という方法もある」
コンツェットの唇に、酷薄な笑みが刻まれる。
ファンローゼは挑むような目で、相手を真っ直ぐに見つめ返す。
しばし見つめ合った後、コンツェットは深いため息を吐き出し、組んだ手にひたいを乗せる。
「なぜあんなところにいた。もう組織とはかかわるなと言ったはずだ」
ファンローゼは唇を引き結んだまま、コンツェットを見つめるだけであった。
「組織にかかわることが、どういうことか知らなかったわけではないだろう。エスツェリア国を批判していた君の父親はどうなった? 軍に目をつけられ殺された。さらに、その妻という理由だけで君の母親も。君もそうなりたいのか」
「そうね。あなたたちエスツェリア軍がお父様やお母様を殺した」
あなたたちエスツェリア軍と、棘のある言葉を向けても、コンツェットは表情ひとつ変えることはなかった。
「コンツェット……何があったの? あの時、離れ離れになった後、あなたに何が起きたの? なぜ、エスツェリア軍に?」
しかし、コンツェットは答えなかった。けれど、その顔にかすかな苦渋の色が広がるのを見て、ファンローゼは唇を震わせた。
コンツェットの辛そうな表情に、胸の奥に針で刺されたような痛みが走る。
「三年の歳月は人を変えるのにじゅうぶんだ。前にも言ったが、俺は以前の俺ではない」
「嘘よ。コンツェットは変わっていない。あの時屋敷から逃げる時もコンツェットは私を助けてくれた」
何かを言いかけようとして、コンツェットは言葉を飲み込む。
「もう黙れ。もう一度聞く、クレイという男は何者だ」
「おかしな質問だわ。クレイはあなたたちの協力者なのでしょう?」
コンツェットは眉根を寄せる。
「協力者? そんな……」
何かを言いかけようとしたコンツェットの言葉が途切れる。
ロイが部屋に入ってきたからだ。
「まだ尋問中だ」
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