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第6章 もう君を離さない

2 アジトの危機

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 コートの前をかき合わせ、下を向きながらファンローゼは一人、町を歩いていた。
 行くあてもなく、頼る者もいない。
 時折、我が物顔で町を歩くエスツェリア軍を見かけては物陰に隠れ、彼らが通りすぎていくのをやり過ごす。
 町はしんとしていた。
 この町に住むエティカリア人も、エスツェリア軍に怯え、息を殺すようにして暮らしている。
 ここはエティカリア、自分たちの国であるというのに。
 三年前スヴェリアの町で出会い、親切に接してくれたクレイは、実は敵軍に関わりのある者だった。
 彼はクルト・ウェンデルの存在をつきとめるため、クルトの娘である自分を利用しようとして近づいてきた。
 あんなに優しく頼りになると思っていたクレイが、裏切り者だったなんて。
 彼を疑うことなく信頼し、みすみす相手の罠にはまるとはなんと愚かだったのか。
 思えばスヴェリアを出る直前。

『僕が裏切り者ではないと言いきれる? そう簡単に僕を信じてしまっていいの?』

 と言ったクレイのあの言葉は、最初の警告だったのか。
 考えてみれば、クレイに対する不審な点も、今なら納得できる。
 このエティカリアに入国するときも、拍子抜けするくらい、国境を通過できた。
 夫婦であることを装っていれば、敵の疑いをそらせると言ったクレイの言葉を真に受け、信じたがそれは、クレイがエスツェリア軍と結託していたから。
 軍の協力者であるクレイなら、国境を行き来するなどわけもない。
 だがあの時、あの状況で疑問を抱いたとしても、それを見抜くことなどできるわけがなかった。
 まさか、クレイが裏切り者だと思ってもいなかったし、とにかくこの場を切り抜けられますようにと祈ることに精一杯だったから。
 ファンローゼは立ち止まり、暮れゆく空を見上げた。
 もうじき夜が訪れる。
 今夜はどこに身を寄せようか。
 組織に帰れるわけもなく、当然のことながら、クレイに頼るなどあり得ない。さらに、エスツェリア軍に見つかれば、捕まる恐れもある。
 自分を利用し、父を死に追いやったクレイを許さないとは言ったものの、彼をどうこうする手だてすら、今のファンローゼは持たない。
 逃げようにも、このエティカリアから出ることすら難しい状況であった。
 自分は何て無力なのだろう。
 生き残るために、同じエティカリア人を裏切り、仲間を敵に売ったクレイに太刀打ちするすべを自分は持たない。
 そこへ、前方からエスツェリア軍紋章をかかげたトラックがやってくるのが目に飛び込んだ。
 ファンローゼは急いで路地裏に身を隠す。
 大きなトラックだった。
 たくさんの人を乗せるのにじゅうぶんな……。
 ふと、嫌な予感が胸に広がっていく。
 彼らがやってきた方向は〝時の祈り〟があった方角。
 まさかと、ファンローゼは急いでアジトに向け駈けだした。組織の人たちに危害が及んでいるのではないかと恐れたからだ。
 何もなければそれでいい。だが、皆が崇拝していたクレイは実は敵軍の協力者だった。組織の人たちを敵に話す可能性は十分にある。
 そのことを伝えなければと思った。
 信じてもらえるだろうか。だが、それでもクレイが裏切り者であったことを知らせなければ多くの人たちが犠牲になる。しかし、アジトであるアパートにたどり着いたファンローゼは愕然とした表情を浮かべる。
 遅かった。

『〝時の祈り〟はもうお終い』

 クレイはこのことを言っていたの?
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