この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

文字の大きさ
上 下
51 / 74
第5章 すべては君を手に入れるための嘘

7 すべては君を手に入れるための嘘

しおりを挟む
「ばれたか。仕方がないね」
「やっぱり、アニタを殺したのはあなた!」
「まあね」
「どうして……」
「アニタは……彼女は余計なことを知りすぎた。自らエスツェリア軍と接触し自分で自分の首を絞めた結果だ」
 どうやら、しらをきり通すつもりはないようだ。
「だから、殺したというの?」
「それ以上に、彼女は僕の大切なファンローゼを陥れようとした。それだけで理由はじゅうぶん」
「本当の裏切り者はあなただった」
「ああ、僕だよ」
 あっさりとクレイは自分が裏切り者であることを認めた。これには少しばかり拍子抜けした。
「どうしてって顔だね。まあ、僕にもいろいろと事情があってね」
「あのパーティーで私たちが仲間を救うために乗り込むという情報を軍に流したのも、あなたなのね?」
「それはアニタが勝手にやったことだよ。おかげで、君がエスツェリア軍に追われ撃たれそうになって焦ったんだ。もし、君に何かあったら、僕はあの場にいた全員皆殺しにするところだった」
 ファンローゼは握っていた手を強く握りしめた。
「嘘つき! あなたは反エスツェリア組織の一員だと言いながら、実は敵軍に情報を流す密告者だった。あのパーティにも、わざわざエスツェリア軍の制服を着て、もぐり込んでいた。軍内部に協力者がいるというのも嘘。それはあなた自身のことだった」
 クレイはため息を一つこぼす。
「まさか、こんな指輪一つでばれるとは思いもしなかったよ。おっとりしているようで意外に鋭いんだね」
「あなたは私や仲間を利用したのね。報酬欲しさに軍に情報を流した」
「まあ、そういうことになるかな。報酬はいっさい貰っていないけど」
 そこでファンローゼははっとなる。
 クレイがエスツェリア軍に通じていたというのなら。
「お父様の居場所を軍に流したのもあなた? 私とお父様が話をしている時、あなたは途中でいなくなった。それは軍にお父様の居場所を伝えるため」
「そういうこと」
「どうして!」
「それが僕の仕事だからさ」
「仕事……私がクルトの娘だと知って、あなたはクルトの居場所を突き止めるため、私を利用し、このエティカリアに連れてきた。そういうことなのね」
 クレイはくつくつと肩を震わせて笑った。
「僕はね、ファンローゼ。君がスヴェリアのあの老夫婦の元にいることを最初から知っていながら君に近づいた」
 クレイはふっと笑ってファンローゼにつめよる。
「ここまで言っても、まだ気づかない?」
 何が? というようにファンローゼは眉間をきつく寄せる。
「まあ、いいか。そう、エティカリアの大学生というのも、大学を休学してエティカリアから一時的に逃れてきたというのも、すべて、君に近づくための嘘。三年間、ゆっくりと君の信頼を得るよう接し、あの老夫婦に気に入られるため好青年を演じてきた。いつか君をこのエティカリアに連れ戻すために」
「だから、エティカリアに入国するときも、簡単に国境を越えられた」
「まあね」
「お父様の書いた小説のファンだと言ったのも嘘?」
「ごめんね。実は読んだことがない」
「クレイが小説を書くと言っていたのも」
「僕にそんな趣味はないよ。君の気を引くための偽り」
「私を好きだと言ったのも嘘だった」
 クレイはああ、と声を落とし、わずかにまぶたを伏せる。クレイの端整な顔に愁いの色が過ぎる。
「それは本当だよ。前にも言ったけれど、僕は初めて君と出会った時から君のことを好きになった。だからこうして君の危機には必ず駆けつけて助けてあげているだろう。パーティーの件だって、ずっと、君に危害が及ばないよう影から見張っていた。だけど、君が一生懸命で可愛かったから、つい悪戯心を起こしてあんなことをした。いや、君が大好きだったコンツェットの再会に嫉妬したというのもあるかな。本気で君をどうこうするつもりはなかった。これは本当さ。だから、あのパーティのことは許してくれるかな」
「許さない」
 押し殺した声がファンローゼの唇からもれる。ふと、ファンローゼの視線が机の上に無造作に置かれている拳銃に向けられる。
「何があっても僕が守ってあげるよ。僕にはそれだけの力がある。いや、君を守る為に僕は力を手に入れたといっても過言ではない」
「いやよ。人殺し!」
 するりとクレイの手から抜け出したファンローゼは、机の上の拳銃をとり、クレイに向かって身がまえた。
「君には撃てない」
 クレイがふっと嘲るような笑みを刻みながら近づいてくる。
「近寄らないで! 撃つわ」
「ファンローゼ、いい子だからその銃を返すんだ。危ないよ。怪我でもしたら大変だ」
「来ないで!」
「それに、そんな震えた手で撃つことはできないよ」
 クレイの目がすっと細められた。
「それにねファンローゼ、僕が本気になれば君が引き金をひく前に君から銃を奪い、ねじ伏せることなど簡単なんだよ。僕を甘くみてはいけない」
 さらにクレイは足を踏み出した。
 ファンローゼはぎゅっと目をつむり、引き金をひいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...