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第5章 すべては君を手に入れるための嘘
5 裏切り者の末路
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翌朝。
まだ夜が明けきらない薄闇の中、組織内を漂う異様な気配に、ファンローゼは浅い眠りから目を覚ました。
扉の向こうから伝わる殺伐とした、張りつめたような空気。すると、若い女の死体が発見されたという騒ぎが耳に飛び込んできた。
おそるおそる扉を開け、外の様子をうかがう。
廊下では通路を行ったり来たりしながら大勢の人が騒いでいた。どうやら女性の死体は町の広間の噴水で発見されたらしい。
また横暴なエスツェリア軍がエティカリアの民を殺したのか。
しかし、次の言葉にファンローゼは愕然とする。
「大変だ! アニタが殺された!」
アニタが殺された?
昨晩、クレイの部屋にいたアニタの姿が過ぎる。
「何だって? アニタが殺されただと!」
噴水で発見された死体というのは、どうやらアニタだということを知る。
「どういうことだよ!」
「そんなこと知るかよ!」
本当にアニタが殺されたのか。
確かな情報を得ようと部屋から飛び出し、皆が集まっている広場へと向かった。部屋に入った瞬間、皆の視線がいっせいにこちらに向けられる。
冷ややかな眼差しにためらい、足が地に縫いつけられたように止まった。
「ねえ、やっぱりこの子がアニタを殺したんじゃないの?」
一人の女のその一言に、場の空気が一瞬にして凍え、殺伐としたものが満ちていく。
「まさか」
「だって、アニタがこの子のことを疑ったから。だから、口封じのために殺したのよ」
「ばかを言うな。だいいち、こんな子に人殺しなんてできるわけがないだろう?」
「そうね。この子にできるわけがないわね。でも、この子はエスツェリア軍と繋がっているってアニタは言っていたじゃない。この子が手を下さずとも、やってくれる人間はいるでしょう?」
「確かに……」
昨夜はクレイによっていったんおさまったものの、誰もがファンローゼに対して抱く疑惑を拭えずにいたのだ。だが、今現在クレイはこの場にはいない。
昨夜の鬱屈とした感情を吐き出すには、まさにうってつけというように、皆それぞれ口を開き始めた。
「やっぱり、怪しいわね」
「間違いなく、エスツェリア軍と繋がっているんだわ」
「待って、私は違う!」
男たちがファンローゼにつめ寄り乱暴に両腕をとる。
助けを求めるようにファンローゼは辺りを見渡した。が、すぐにこの場に味方がいないのだということを思い知らされる羽目となる。
「無駄よ。あんたをかばってくれるクレイは朝から出かけていてここにはいない」
「事と次第によっては、おまえを許さない!」
「仲間を裏切った者には制裁を与える」
「本当に私は違うわ!」
手を後ろにねじり上げられ、縛られる。
無理矢理、顔を上向かせられるように髪を掴まれた。
「痛いっ……」
「仲間を裏切ったらどうなるか分かっているわよね」
何度も違うと首を振るが、誰もファンローゼの言葉に耳を貸そうとする者はいなかった。縛られたまま乱暴に床に転がされる。
「裏切り者!」
「エスツェリア軍の薄汚い雌犬!」
女たちは代わる代わる、足でファンローゼの身体を蹴り、頬を張った。
さらに別の女がナイフを手に近寄ってくる。
「カリナ、その女をやっちまいな!」
カリナと呼ばれた女は、凶器をちらつかせ、じりじりと距離をつめてくる。
「や、やめて……」
カリナはにやにや笑い、ファンローゼの髪を掴み、その一房をナイフで切り取った。
「や……!」
髪の毛を握るカリナの手から、はらりと切られた毛先が床に散らばる。
「きれいな髪がだいなしね。ああ、売ったらいくらかにでもなったかしら」
「ふん! 敵軍と通じている雌犬の髪なんて売れやしないよ!」
「それもそうね。じゃあ、次はその白くてきれいな顔を切り裂いてやる」
「いい見せしめになるな」
「助けて……」
床にうずくまるファンローゼのあごに、別の女のつま先がかけられた。
「ほら! 犬らしくあたしの靴を舐めな」
その時だった。
「何をしている」
静かな問いかけに皆が扉の方を振り返る。扉に背をあずけ腕を組んで立っているクレイの姿があった。
「クレイ! ちょうどいいところへ来てくれたぜ。この女、やっぱり裏切り者だったんだ」
違う。
私ではない。
ファンローゼの唇から、言葉にならない弱々しい声がもれる。
「証拠があるのか?」
「証拠? だって、アニタがそう言っていたじゃないか」
「それに、この女を疑ったアニタは殺された。どう考えてもおかしいだろう!」
クレイが大股で、ナイフを持っているカリナに近寄っていく。
クレイの厳しい形相に怯えたカリナは、怯えた表情で後ずさる。
「待って……あたしは……っ」
カリナの手から捻るようにナイフを奪い取り、返した手の甲で頬を張り倒した。
容赦ないその力に頬を叩かれたカリナの身体が後方に飛び、側にあったテーブルもろともなぎ倒して床に派手に転がる。
頭を強く打ったのか、カリナは床にうずくまったまま数回身体を痙攣させた。唇を切ったせいで、流れる血が床に点々としみを作る。
それまで混沌とした場内に、畏怖をともなった静寂が落ちる。
カリナはまだ起き上がれず、床にうずくまったまま。
この場の空気が凍えた。
「僕に許可なく、こんな真似は許さない」
「しかし!」
「文句があるのか」
今まで見せたこともない威圧的なクレイの態度に、周りの者は萎縮して声を発することもできないでいる。
もはや、誰もクレイに逆らう者はいなかった。
クレイはぐったりと、半ば気を失っているファンローゼを、まるでこわれ物を扱うかのように抱きかかえた。
「ファンローゼ、もう大丈夫だよ」
耳元に落ちるその声は、いつもとかわらない優しくて穏やかな声。安心したのか、クレイの腕の中でファンローゼは意識を手放した。
まだ夜が明けきらない薄闇の中、組織内を漂う異様な気配に、ファンローゼは浅い眠りから目を覚ました。
扉の向こうから伝わる殺伐とした、張りつめたような空気。すると、若い女の死体が発見されたという騒ぎが耳に飛び込んできた。
おそるおそる扉を開け、外の様子をうかがう。
廊下では通路を行ったり来たりしながら大勢の人が騒いでいた。どうやら女性の死体は町の広間の噴水で発見されたらしい。
また横暴なエスツェリア軍がエティカリアの民を殺したのか。
しかし、次の言葉にファンローゼは愕然とする。
「大変だ! アニタが殺された!」
アニタが殺された?
昨晩、クレイの部屋にいたアニタの姿が過ぎる。
「何だって? アニタが殺されただと!」
噴水で発見された死体というのは、どうやらアニタだということを知る。
「どういうことだよ!」
「そんなこと知るかよ!」
本当にアニタが殺されたのか。
確かな情報を得ようと部屋から飛び出し、皆が集まっている広場へと向かった。部屋に入った瞬間、皆の視線がいっせいにこちらに向けられる。
冷ややかな眼差しにためらい、足が地に縫いつけられたように止まった。
「ねえ、やっぱりこの子がアニタを殺したんじゃないの?」
一人の女のその一言に、場の空気が一瞬にして凍え、殺伐としたものが満ちていく。
「まさか」
「だって、アニタがこの子のことを疑ったから。だから、口封じのために殺したのよ」
「ばかを言うな。だいいち、こんな子に人殺しなんてできるわけがないだろう?」
「そうね。この子にできるわけがないわね。でも、この子はエスツェリア軍と繋がっているってアニタは言っていたじゃない。この子が手を下さずとも、やってくれる人間はいるでしょう?」
「確かに……」
昨夜はクレイによっていったんおさまったものの、誰もがファンローゼに対して抱く疑惑を拭えずにいたのだ。だが、今現在クレイはこの場にはいない。
昨夜の鬱屈とした感情を吐き出すには、まさにうってつけというように、皆それぞれ口を開き始めた。
「やっぱり、怪しいわね」
「間違いなく、エスツェリア軍と繋がっているんだわ」
「待って、私は違う!」
男たちがファンローゼにつめ寄り乱暴に両腕をとる。
助けを求めるようにファンローゼは辺りを見渡した。が、すぐにこの場に味方がいないのだということを思い知らされる羽目となる。
「無駄よ。あんたをかばってくれるクレイは朝から出かけていてここにはいない」
「事と次第によっては、おまえを許さない!」
「仲間を裏切った者には制裁を与える」
「本当に私は違うわ!」
手を後ろにねじり上げられ、縛られる。
無理矢理、顔を上向かせられるように髪を掴まれた。
「痛いっ……」
「仲間を裏切ったらどうなるか分かっているわよね」
何度も違うと首を振るが、誰もファンローゼの言葉に耳を貸そうとする者はいなかった。縛られたまま乱暴に床に転がされる。
「裏切り者!」
「エスツェリア軍の薄汚い雌犬!」
女たちは代わる代わる、足でファンローゼの身体を蹴り、頬を張った。
さらに別の女がナイフを手に近寄ってくる。
「カリナ、その女をやっちまいな!」
カリナと呼ばれた女は、凶器をちらつかせ、じりじりと距離をつめてくる。
「や、やめて……」
カリナはにやにや笑い、ファンローゼの髪を掴み、その一房をナイフで切り取った。
「や……!」
髪の毛を握るカリナの手から、はらりと切られた毛先が床に散らばる。
「きれいな髪がだいなしね。ああ、売ったらいくらかにでもなったかしら」
「ふん! 敵軍と通じている雌犬の髪なんて売れやしないよ!」
「それもそうね。じゃあ、次はその白くてきれいな顔を切り裂いてやる」
「いい見せしめになるな」
「助けて……」
床にうずくまるファンローゼのあごに、別の女のつま先がかけられた。
「ほら! 犬らしくあたしの靴を舐めな」
その時だった。
「何をしている」
静かな問いかけに皆が扉の方を振り返る。扉に背をあずけ腕を組んで立っているクレイの姿があった。
「クレイ! ちょうどいいところへ来てくれたぜ。この女、やっぱり裏切り者だったんだ」
違う。
私ではない。
ファンローゼの唇から、言葉にならない弱々しい声がもれる。
「証拠があるのか?」
「証拠? だって、アニタがそう言っていたじゃないか」
「それに、この女を疑ったアニタは殺された。どう考えてもおかしいだろう!」
クレイが大股で、ナイフを持っているカリナに近寄っていく。
クレイの厳しい形相に怯えたカリナは、怯えた表情で後ずさる。
「待って……あたしは……っ」
カリナの手から捻るようにナイフを奪い取り、返した手の甲で頬を張り倒した。
容赦ないその力に頬を叩かれたカリナの身体が後方に飛び、側にあったテーブルもろともなぎ倒して床に派手に転がる。
頭を強く打ったのか、カリナは床にうずくまったまま数回身体を痙攣させた。唇を切ったせいで、流れる血が床に点々としみを作る。
それまで混沌とした場内に、畏怖をともなった静寂が落ちる。
カリナはまだ起き上がれず、床にうずくまったまま。
この場の空気が凍えた。
「僕に許可なく、こんな真似は許さない」
「しかし!」
「文句があるのか」
今まで見せたこともない威圧的なクレイの態度に、周りの者は萎縮して声を発することもできないでいる。
もはや、誰もクレイに逆らう者はいなかった。
クレイはぐったりと、半ば気を失っているファンローゼを、まるでこわれ物を扱うかのように抱きかかえた。
「ファンローゼ、もう大丈夫だよ」
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